一流シェフの私が生まれ変わった世界は料理と言う概念がない世界でした。

トマト天津飯

プロローグ

成澤由紀の人生(プロローグ)

【中国料理、フランス料理、トルコ料理、日本料理、イタリア料理、スペイン料理、アメリカ料理、メキシコ料理、韓国料理...etr】


世界各区国にはそれぞれの文化、特徴で発展した料理が存在する。その総数は一万以上とも言われている。


そんな料理を作り人に振る舞う事を幸福に思う人がいる


それが料理人。


料理人の幸福とは料理を作る事、

そしてそれを人々に振舞う事にある。

彼らはその為に日々研鑽を欠かさないでいる。

それはこの彼女も例外ではない。


「本日、この厨房を仕切らせてもらう成澤由紀なるさわゆきよ、今日は私のルセット通り仕事をこなしてもらうわ。私の本質に添えない者はここから出ていってもらうから皆んな死ぬ気で私の調理器具となりなさい。」

「「「We Chefウィ シェフ」」」


ここは豪華客船タルサロッサ号の中に付属するレストラン【ダイニングテーブル】このレストランで調理が出来る者は限られており、世界的に有名なシェフか将来的にトップクラスのシェフになる素質がある者しか厨房には立てない。


そんな場所で豪胆と立ち一人一人に的確に指示をする者がいた。

彼女の名前は成澤由紀。

世界のトップシェフ10に入る程に実力者であり。日本国内にコンテストでは何度も優勝しおり周りからはその名と立ち振る舞いから【雪の女王】と呼んでいた。


「そうよ、その部位は58℃で3時間45分間じっくりと火を通して旨みを内部に閉じ込めて。」

「その野菜は1ミリ未満でスライスして頂戴。薄すぎても厚すぎても駄目、バラバラなのは論外よ。」

「そこ、パスタの茹で上がりが近いわよ。1秒でも湯上げを遅れるとその瞬間から麺が死ぬわ。緊張感もってやって頂戴。」

「「「We Chefウィ シェフ」」」


食材を刻む包丁の音、鍋で食材を煮込む音、鉄鍋で肉を焼き上げる音、調理器具がぶつかり合おう音、全ての音が重なり合い。今この場所はオーケストラ会場と化していた。


そんな幻想的な場所で指示を出す彼女は正しく指揮者の如し。


彼女の指示で料理という名の構想曲が響き奏でられる・・・そんな中1人の女性が彼女の中立を乱し、不協和音とか。


ガシャっと大きな音が厨房内を響き始める。


「ちょっとアナタ、何してるの?」

「ひぃぃぃ!!ごめんなさぁぁい!」


彼女の名前は川島美柑かわしまみかんこの料理世界に入ったばかりの新人であった。

皆が順調に調理を進行する中、彼女は足を躓き持っていた鍋をドバーンと勢い良く溢してしまう。


「どうするのこれ?折角順調に作業が進んでいたと言うのに。」

「ごめんなさい、直ぐに作り直します。」


彼女は取り返しの付かない失敗に頭を真っ白になりひたすら謝罪をする。

しかし、謝罪をした所で失敗は無かったことにはならないと気付き自分で何とか失敗を取り返そうと再び料理を始める美柑だったが包丁で食材を刻んでる中で焦る気持ちのあまり誤って自分の手切ってしまった。


「痛っ!」

「貴女は・・・あああ!ちょっとこっち来なさい。」


美柑は由紀に手を惹かれ、厨房の外へと出て行った。

その際の由紀の顔は険しく苦難な表情をしていたのは厨房にいた全ての料理人達は気づいていた。


「おっかねぇ〜、あれが雪の女王。」

「ヤバい迫力ですね。あの新人は大丈夫か?」

「もしかしたら、厨房追放だけでは事足りず、ブイヨンにされてるんじゃないか?」

「ふはは、なんだよそれ!でも確かにそれはあり得るな。」


厨房内で数名にシェフたちが笑い始めた。そんな中で1人の男がその空気を入れ替え様に話し始めた。


「君達は成澤由紀の事を何も知らないね。」

「何も知らない?一体どう言う事ですか?副料理長。」

「成澤由紀。彼女は料理バカな普通の女性さ。」


シェフ達の談笑が終わるとバーンと厨房のドアが開き先ほど去った2人が中へと戻ってきた。


「時間もないし、今から私が直々に調理を始めるわ。美柑ちゃんは隣で見てなさい。」

「はい!」


なぜ由紀が料理を始めるのか?なぜ、

厨房で足手纏いでこの場において邪魔な存在になっている美柑を厨房に戻したのか?

シェフ達は疑問に思った・・その理由は遡る事数分前のこと。


「貴女。手を見せなさい!」


美柑は世界トップレベルの料理人の前で緊張し怯えながら指示に従う。

その手はカクカクと小刻みに震えその仕草からは由紀に対する恐怖と申し訳なさが読み取れた。


そんな怯える美柑に対して由紀は厨房にいた時とは真逆の優しく穏やかな顔で美柑に話しかける。


「よかった。あまり深く切ってない見たいね。女の子に傷を残したらどうしようかと思ったわ。」

「へぇ?」


先程までの険しく厳しい雰囲気とのギャップに驚きまさに彼女は鳩が豆鉄砲をくらった様な顔をする。

その表情を見た由紀は莞爾として笑う。


由紀は男が多い料理の世界で生き残る為に厨房の中では皆が言うような【雪の女王】の性格を作り出し、生き残ってきた。

そのため厨房を出ると素の性格である。優しく温厚な面が出てくる。

この状況を知っている物は【雪解け状態】と親しみ呼んでいた。



「あはは、何その腑抜けた声は?厨房で出したらただでは済まないわよ。」

「す、すいません。」

「でも、そうね。厨房の私とは全然雰囲気が違うから戸惑うわよね。・・ごめんなさいね。」

「いえ、そんな事は・・・へ?なんで私の名前を?」


美柑は驚愕する。なぜ自分の名前を彼女に様なトップクラスの料理人が知っているのか?

腕が立つシェフでもない・・むしろその逆、新人で足手纏いな自分の事を知っているのか疑問を持つ。


「あら、なんとも不思議そうな顔をしてるわね・・理由は簡単よ。私、一緒に料理をする仲間は全員覚えるようにしてるの。川島美柑今年で19歳になったばかりだったかしら?得意なのはフランス料理。特に魚料理が得意ね。・・合ってるかしら?」

「はい。」


美柑の中で雪に対する印象が大きく変わった。彼女は一人一人の特性を知り個人に適した工程を割り振り作業を進めていた。彼女の凄さは独創的な料理だけではなく。人々を動かすその統率力が彼女をトップクラスの料理人に成し遂げたと実感した。


「でも、ごめんなさいね。美柑ちゃんが赤面症だとは理解していたのに私の高圧的な雰囲気を出したせいでいつもの様な仕事を出来なくて・・これは私のミスよ。」

「いえ!、それは無いです。先程のミスは私の問題で・・・やっぱり厨房に戻って責任を。」


責任を取るべく厨房に戻ろうとする美柑の手を掴み止めた。

由紀は美柑の顔を見ると惨めさと不甲斐なさに押し潰され両目から涙をポロポロと流し始める。

そんな彼女を見た由紀は優しく抱きしめてあげた。


「全く、泣かないでもいいのよ、その涙は美柑ちゃんの強い責任感から来るものよ。責任感ある料理人は将来的上に行くわ。でも、手を怪我した美柑ちゃんにもう料理はさせられない。それは貴女も分かるわよね?」


手を怪我をしたら料理が出来ない。それは怪我が悪化するからと言う訳ではない。

食中毒に繋がってしまうからである。

黄色ブドウ球菌と言う菌は人の皮膚などにあり傷口から増殖する可能性極めて高い。

なので手に傷がある状態で調理を進めると食中毒になるリスクが高い。

一般的には手に傷口があればゴム手袋などを着用して食材に食中毒菌を付けないようにするが由紀が仕切る厨房では食材にゴムの香りが付くと言い、ゴム手袋の着用を禁じていた。

その為に衛生管理を徹底的にしている。


以上の理由により手を怪我した蜜柑にはもう調理をする許可が出ることはない。


「ぐすっ、はい。」


啜り泣く美柑は自分の不甲斐なさを受け止める事しか出来なかった。

由紀の様な偉大な人に迷惑をかけた自分を呪う事しかできない。


「だから、今日の美柑ちゃんの仕事は私の技術を見る事。」

「え?」


てっきり役に立たなくなった自分は厨房を追い出されると予想をしていた彼女とは逆の回答が帰ってくる。


「お、追い出さないんですか?」

「あ〜、あれは私の指示に従わない人を厨房から出すって意味で言ったのよ。

美柑ちゃん見たいに真面目で真剣に仕事をこなそうとしてミスしただけでは厨房からは追い出さないわ。でも、美柑ちゃんが私の指示に従わなければこのまま厨房には入れないわ。いい料理長の指示は絶対。・・返事は?」

「はい、勉強させて下さい。」


事の顛末は以上であった。


こうして美柑は厨房に戻り、由紀が代わりに調理をする事になったのであった。


「ゲストのコース進捗はどうなっている?」

「はい。ただいまからオードブルを提供するところです。」


由紀は今の状況で最善の料理を提供出来るようにルセット(メニュー)を構成し直す。


(美柑ちゃんが駄目にしたのは魚料理ポワソン今日の料理の構成では

3番目に提供する予定だから、今から早くても30・・いや提供の時間を考えると25分で完成させないといけないわね。

ゲストの数は32名。手伝えるのは副料理長のみ。コース全体を考えると今日のポワソンは少しさっぱりとさせたいわね。・・・となるとアレしかないわ。)

「ギリギリね。・・・今から指示をするわ。今日のポワソンを鯛のポワレ 春の香味野菜とキノコのデュクセルにするわ。時間がないから過ぎに取り掛かるわ。」


由紀は副料理長と共に調理を開始する。

ポワレとは魚の皮を下に焼き身に油をかけ身をふっくらと仕上げてかつ魚の皮をパリッと仕上げる技法である。


由紀は鯛を取り出し捌き始めた。

鮮烈された包丁技術で魚を寸分の狂いもなく人数分の切り身を準備した。


「すごい、速い上に綺麗・・人間技には見えません。」

「ふふ、美柑ちゃんも頑張ればこれぐらい出来るわ。頑張ろうね。」

「はい!」


不安や恐怖を消えた、美柑は由紀の教えを真摯に受け止めて学びへと変えた。


デュクセル。

キノコ・エシャロット・香味野菜などを細かく刻み、バターでソテーペースト状にした物を言う。


由紀がポワレを準備してる間に副料理長がデュクセルの準備をする。


雪は鯛のポワレを完成させると彩りの野菜の仕込みを始める。

野菜の仕込みが終了する頃には副料理長がさらに出来たデュクセルを皿の中心に盛り付ける。

その上に先ほど焼いたポワレを盛り付けレモングラスなどで作ったさっぱりした柑橘系ソースをかけて彩りの野菜を盛り付けて完成した。


25分という短時間で彼女は32人分の料理を完成させた。

辺りにいたシェフ達は圧倒的な技術力の差に圧巻であった。


こうして少しのトラブルはあったが無事に完遂した。


◆◇◆◇◆◇◆


至高の品を出し、周りが求めた品を遥かに超えゲスト達を堪能させた。


そんな誰もが認める史上最高級の仕事を完遂した由紀は船のデッキで1人夜の波風にあたり、晩酌をしながら今日の反省点をまとめていた。

周りが興善的な意見を集めようとも自分の中では本日の仕事に納得していない。


そんな自分の時間を過ごす由紀に1人の女性が近づいてくる。

美柑であった。


「成澤料理長・・隣いいですか?」

「あら、美柑ちゃん! いいわ。・・美柑ちゃんもお酒飲む」

「私まだ未成年ですよ。・・それより、今日は迷惑お掛けしてすいません。」


美柑は今日の仕事での失敗について謝罪をする。

由紀自身はそれ程気にしていない様子だがそれでも美柑にとっては今回の失敗は下っ端とは言えプロの料理人が決してしてはいけない失敗であると理解していたのでケジメをつける為にも謝罪をしたのであった。


そんな美柑の謝罪を由紀は心良く受け入れる。

その上、今回の美柑の失敗は料理長である自分にも非があると謝罪もした。


「料理長は悪くありません。私があがり症なのがダメなんです。」

「それを踏まえても私の振る舞いが美柑ちゃんを緊張させてしまったのも事実。料理はね・・恣意的では思考の皿は出来ない。人との繋がりも大切なのよ。今回はお互いに反省点が出来たわね。」


その由紀の優しさに美柑は安堵する。

自分自身が悪いのにそれでも自分の非を認めて謝罪する様に感激を受けいつしか美柑の中で由紀言う存在は恐怖から尊敬に変わっていた。

そして今日の出来事で彼女は由紀の元で学びたいと思うようになった。

これは決して由紀が優しいからと言う訳ではない。

彼女の人柄と技術それと料理に対する熱量に惹かれたからである。


「成瀬料理長、私を弟子にして下さい。」


駄目で元々、

こんな自分が世界トップクラスの料理人に弟子入りなど無礼であると分かっていた。

でも、ここで弟子入りを申し出なければ自分は一生後悔すると思った。

その彼女の勇気ある行為に対し由紀は弟子入りを認めた。


「そうですよねダメで・・え?いいんですか?」


弟子入りは却下去れると思っていた美柑はまさかの状況に戸惑いを隠せないでいた。


「あら、断られると思った? 実を言うと私も美柑ちゃんを弟子にしたいと思っていたの。」


由紀は美柑を弟子にしたかった。


なぜ、由紀はそう思ったのか?

川島美柑は由紀も認める天才であった。

美柑が料理の世界に入ったのは18歳の時、たった一年ちょっとで世界最高峰のキッチンに立つ程の実力を身に付けていた。

彼女に強いメンタルがあればもっと素晴らしい動きをすると由紀は分かっていた。

彼女があがり症を克服し技術をもっと付ければ蜜柑は数年で由紀の右腕になれる。


「そんな、・・私にはそんな実力は。」

「傲慢は人を駄目にすると言うけど、その逆もしかり。美柑ちゃんの場合は卑屈になり過ぎて自分の力を出せていないわ。だから私の元で研鑽を積めば必ず立派な料理人になるわ。・・でも私は弟子には厳しいわよ。それでもいいなら私の元で数年技術を磨かせてあげるわよ。」

「はい、よろしくお願いします。」


美柑は由紀に弟子になれた事に歓喜を隠さずに喜ぶ。

その姿を見た由紀は心の中で「可愛らしい弟子が出来ちゃったわね。」と

微笑んだ。

由紀には弟子が5人いたが美柑の様な若い子は初めてであった。

もはや由紀は弟子というより娘を愛でる気分であった。


「あら、お酒無くなっちゃた。」

「あ、じゃあ私が注ぎますよ。」

「あら、ありがとう、初めての弟子の仕事ね」

「えへへ、そうですね。私もお酒を飲めたら料理ちょ・・師匠とお付き合い出来るのに」

「あはは、嬉しい事を言ってくれるわね・・だったら20歳になったら一緒にお酒を飲み行こか?」

「えぇ!いいんですか!じゃあ、約束の指切りしましょう。」

「指切り、懐かしいわね。いいわよ。」


美柑との約束に胸が踊った。近い未来出来たばかりの可愛い弟子と2人でお酒を呑む事を想像しながら、美柑の指を取ろうとしたその時・・


由紀達が乗る船がドゴーンと大きな音と共に船が揺れた。

異常な状態に2人は恐怖した。

その恐怖を駆り立てるように全内にアナウンスの声が響き渡った。


(只今、当船は暗礁と接触致しました。損傷確認作業を進めております。予期しない場合に備え、お客様方は部屋に備え付けの救命胴衣の着用後、船内従業員に指示に従い避難をお願いします。また、部屋に居られないお客様は近くに従業員より救命胴衣を受け取り下さい。繰り返します、ただい・・・)


船内にアナウンスが繰り返し響きわたる。

ただ事ではない状況に2人は避難を急ぐ訳でもなく。

由紀は乗客にご年配の方が多くいる事を知っていたので美柑には先に避難するように言い自分は乗客の避難を手伝う事にした。


「おばあちゃん、肩を貸しますね」

「あら、ありがとうね。」


救命胴着を身に付け。一人一人と避難を進めるが、従業員と避難誘導員の数の天秤が平行では無いために避難遅れていた。

そんな状況の中で最悪のアナウンスが流れる。


(船外の損傷を確認した所、修復困難であり当船が沈没する可能性が極めて高い事がわかりました。従業員が救命ボートの準備を進めております。従業員の指示に従い当船からの脱出をお願いいたします。繰り返します・・)


ご年配の避難が遅れてる中で救命ボートの誘導に従業員を割いてしまったら・・・考えるだけで恐ろしい事態になってしまう。

由紀はそう思い絶句した。


そんな絶望の淵にいる中、美柑が今日由紀と共に仕事をしたシャフと共に駆けつけてくれる。


「美柑ちゃんにみんな・・何してるに?早く避難しなさい。」

「師匠何言ってるんですか?みんなでやった方が早く済むじゃないですか?

師匠が教えてくれた料理と一緒ですよ。」


絶望が希望に変わった。これだけの人数がいれば全員を救い出す事が出来る。彼女は微笑む。


「生意気な弟子が出来たわね。?いいわ、アントレ・デザート班は客室。ポワソン・スープ班は遊技場。残りの者は2階をお願い。時間はあまり無いわよ。みんな死んでも生きてよ。」

「「「We Chefウィ シェフ」」」


皆が一斉に逃げ遅れる人の避難を誘導する。

美柑は由紀と共に船内の奥から逃げ遅れがないか確認をして回る。


彼女達が避難誘導を初めて30分後。

船も相当傾き初めていよいよ沈没が間近に迫っていた。

由紀達の協力もあり乗客全員の避難が済み、どんどん救命ボートに人が乗せられて行く。

避難誘導を手伝ってくれたシェフ達も救命ボートに乗り込み残す所由紀と美柑の2人のみになった。

彼女達も救命ボートに乗り込む。


「美柑ちゃん。先に乗って。」

「え、でも。」

「いいから師匠の指示は絶対よ。船も相当傾いて来ているから足元に気をつけて乗ってちょうだい。」

「わかりました。」


美柑は由紀と従業員の手を仮無事に救命ボートに乗り込み、それに続き由紀も救命ボートに乗り込む。

傾き思うように進まない足場を必死に駆け上りボートから伸びる美柑の手を掴もうとした・・


その時。

船が大きく揺れ。ボートとは反対の方向に由紀の体は引っ張られる。

そんな危機的な状況に由紀を救う為に美柑は懸命に手を伸ばした。由紀も差し伸ばされた手を取るとするが2人の手は交わる事なく無惨にも由紀は海へと落ちて行った。


◆◇◆◇◆◇

〜名もない島〜


「ここはどこ?・・確か私。」


浜辺で寝そべっていた由紀は目を覚まし辺りを見渡す。

彼女が現在いる場所は名もない無人島。


転覆事件で人命救助に貢献した由紀は逃げるのが遅れ、船の転覆に巻き込まれてしまい海に放り出されてしまう。

救命胴衣を身に付けたい事が功を奏し溺れるなく運良く、島に流れ着く事ができた。


しかし、これは彼女にとって幸な事なのか?

彼女は島全体を見渡す。この無人島には木々の一つもない砂でできた浮島である。

砂しかない浮島では食料になる虫や動物がいなければ水分すら無い・・

すなわち、この島は遭難した者からすると最悪な条件である。


「まずいわね。島に流れ着いたのは良かったけど。寄りにもこんな何もない浮島に漂流するとはね・・って、弱音を吐いていても仕方がない。今の私に出来るのは救助が車で生き残る事ね。

3・3・3の法則でまずは水を確保しましょう。」


3・3・3の法則とはサバイバルにおける生きる上で必要な三つの条件である


【空気】が無ければ人は3分で死ぬ

【水】が無ければ人は3日で死ぬ

【食料】が無ければ人は3週間で死ぬ

以上が全容である。


救助が来るまでに由紀が優先的に取らなければいけない行動は水の確保だ。


この浮島には砂以外、何もなかったが運良く漂流物が沢山流れていた。彼女は使える漂流物をかき集め何かを作り始める。


まず取り出したのは大きめのアルミ缶であるその中に海水を入れ更に真ん中に瓶を入れた。

アルミ缶の上に中央が軽く凹んだ板を蓋するように置き、更に上に海水を置き。アルミ缶に火をかけた。


「簡易的だけど、以外とできるのね。

蒸留装置。」


由紀が制作していたのは蒸留装置であった。


蒸留装置とは

沸点の違いを利用して。混合物から単一成分を取り出すこと装置の事をいい。今回で言うとアルミ缶の中にある海水を沸騰させ立ち上る蒸気を上の蓋の上の海水で冷やしアルミ缶の中にある瓶の中に塩分が取れた水分を取り出す装置である。


有名な話であるので言わずもながら、海水をそのまま飲むことはサバイバル生活に置いてはタブーである。

人の体内水分量は約70%であり塩分量は約0、9%である。

それに比べて海水に含まれる塩分量は約⒊5%である。

その為海水を飲むと体内の塩分量が増え必要以上の水分が必要となってしまう。

ラーメンなどの塩分量が多い食事を摂取した後に喉の乾きを経験した人も大勢いるだろう。それは体内の塩分量を合わせる為に体が水分を欲しているのである。

上記の理由で海水を飲む事は水分が極めて貴重なサバイバル化では決して行っては行けない自殺行為にも似た愚行である。


由紀もそれは承知の上である。その為に蒸留装置を自作したのである。


「さてと・・・もう一つ緊急時用にアレも作りますか。」


由紀は漂流物のペットボトルを取り出しそこに穴を開け注ぎ口を下にし。

下から小石・木炭・砂利・自身の着ていた服の切り端を順に詰め完成した。


「出来たは濾過装置。」


彼女が作ったのは濾過装置。

この装置を何に使うのか・・


「気乗りはしないけど生きるために仕方ないわ。」


彼女は濾過装置の上に放尿した。

そう、この濾過装置は尿を濾過するものであった。

過酷なサバイバルでは我儘は言えず生きる為なら尿すらも飲まなくてはいけない状況もある。

しかし、普通に飲んでしまう訳にもいかず簡易的な濾過装置を自作したのである。


「さて、水分はこんなものね。・・次は食料を探したいけど・・この島に食料になるものなんてあるのかしら?」


〜遭難から28時間後〜


「お腹・・空いたわね。」


由紀は漂流物を組み合わせ、簡易的なテントを建て中で休んでいた。

彼女はこの島に漂流してから彼女は水以外の物を口にしていなかった。

蒸留装置のおかげで水分には困ることはなかったが反対に食料は芳しく無く食べる物が何もない状況である。


「海にいる魚を釣りたいけど・・餌がないから魚を釣ることもできない・・」


近くに食料になる魚が沢山泳いでいると言うのに釣り上げる為の餌がない。

そんなやるせない気持ちだけが胸を埋め尽くす。


彼女が今できる事は無駄に体力を使わずに体力を温存する事。

救助が後何日で来るかも不明なそんな状況で1日でも長く生き抜く事が彼女にできる事である。


浜辺に書いた大きなSOS信号を頼りに波の風だけを聞きボーっと何も考えずに空を眺める。


〜82時間後〜


「ビーフシチュー、コック・オ・ヴァン、ブイヤベース、ガレット」


頭の中を食べ物で埋め尽くす。

由紀が漂流してから約3日が過ぎた。彼女はこの3日間何も口にしておらず空腹は限界であり1番精神的にも厳しい期間になる。


食事を摂らずにいると体内のブドウ糖が低下しおよそ24時間以内で枯渇。

このブドウ糖が枯渇すると体にブドウ糖を補充する為に脳から食事を摂取しろ命令を出る。


その脳からの命令を無視すると枯渇したブドウ糖を摂取するため。肝臓や脂肪などからブドウ糖を接種する。


〜192時間後〜


由紀が漂流してから約7日が経過した。

この一週間で栄養不足により彼女の肌はあれ。体も痩せ細っており、健康とはお世辞にも言えない体をしていた。


3・3・3の法則では食事をしなければ三週間で死ぬと言われているがこれはあくまでも目安であり、その人の体質や体型。

更には環境により大きく異なり、3週間より長く生きる者もいれば三週間もしない内に亡くなってしまう人も存在する。


一週間で由紀の疲弊具合を見ると後者だと言う事が伺える。

元々細身である由紀は体に十分な栄養素を蓄えていなかった。

その上、この暑さが雪の体力を奪い、何もしないで寝転んでるだけで疲弊する。


救助が来なければ由紀は後一週間もしないうちに亡くなってしまう可能性もある。

そもそも、救助が来る保証もない。

そんな不安感が一層雪の体力を奪う。


〜294時間後〜


漂流して約12日が経ち、彼女はさらに痩せ細り身体中から肉が無くなり文字通り骨と皮しかない様に見えた。


彼女は既に立ち上がる力も残っておらず砂浜に寝転がる事しかできないのであった。


脂肪や肝臓からブドウ糖が吸収できなくなれば次に筋肉からもブドウ糖を接種するその為に全身の筋肉が衰える事に繋がる。


餓死の死因は大きく分けて2つである。

一つ、栄養失調による免疫力低下による感染症などの病気。

2つ、全身の筋肉の衰えによる心配の停止。

上記の二つが餓死による死亡理由である。

もはや立ち上がる水分を接種するほどの力もなく、

救助が来るそんな少しの淡い希望を見ることしかできない。


〜362時間後〜


(悲しいわね・・優れた調理技術、知識を持っていても食料が無ければ、何もできないなんて。)


この無人島に漂流してから約二週間が過ぎた。

髪はパサつき、肌はただれ、腕や足は枝のように細くなり肋骨が浮き出るほどで正しくミイラその者となっていた。

遭難してから何も食事をして来なかった由紀は既に命が尽きようとしていた。

この過酷な環境化で良く持ち堪えた方であるが人には限界があり、身体中の筋肉が衰弱し立ち上がる力が無くなった彼女は水の飲む事が出来ずに既に2日前から水分も摂取できずに脱水状態でもあった。


(私・・死んじゃうのね。折角可愛い弟子が出来て一から私の全てを叩き込んであげようと思っていたのに。美柑ちゃんが20歳になったら一緒にお酒飲むの楽しみにしてたのになぁ。・・私、まだ親に孫の顔も見せてないのに。ここで・・こんな場所で1人で死ぬなんて嫌だなぁ。)


飢餓による心臓を動かす筋肉である心筋の衰弱が脱水状態により加速し、由紀は残り数分で亡くなるだろう


それは彼女自身が自分の心音を聞き理解しているだろう。

亡くなる前に彼女の頭の中に浮かぶのは家族の事、将来の事、新しく出来た弟子の事・・そして。


(まだこれから試したい料理もあったのになぁ。次こそ世界料理ランキングトップ5には入ろうと思っていたのに・・ふふっ、私ったら餓死で亡くなろうとしているのに食べることより料理を作る事を考えるなんて。馬鹿げてるわね。)


料理の事であった。

生まれてこの方。人生すべてを料理に費やしてきた彼女にとっては餓死の状況でも食事をえる事よりもどんな美味しい料理が作れるかが重要の様であった。

これは餓死の影響で正常な判断が出来ていないとかそう言う事ではない。

彼女にとっては腹を膨らませる事より美味なる物を探求する方が重要であり、この考えは彼女が物心着いた時からある事であった。


(まぁ、こんな状況でタラレバを言っても仕方ないわね。)


由紀の脈が更に弱まり、今にも心拍が止まりそうになる。

しかし、彼女は不思議と死に対する恐怖はなかった。

その代わりに悔しさなどの憤りを感じていた。


(悔しいわ、私にはこんなにも料理の技術があると言うのに・・例え猛毒の食材であっても毒抜きの方法を知っているから調理が出来るのにそんな食材すらないなんて。・・何が世界トップクラスの料理人よ。食材が無ければ何もできなじゃないの。)


彼女の憤りは豊富な食の知識を持っていても食材が無いと何も出来ない事にあった。

この時に由紀は運悪くこの島に流れ着いた時点で死は決定づけられていたと理解した。

そして彼女はこの境遇だからこそ出来る願いを一つ天に向かいするのであった。


(もし、この世界に生まれ変わりなんて物があれば・・次はこんな思いがしない。季節や気候関係なく育つ野菜、川や海には食べきれない程の魚の大群。そして美味しい食用の動物達が沢山生息する。そんな夢のような世界に生まれ変わりたいな。)


そんな幻想郷を夢に見て彼女はゆっくり目を閉じそのまま眠りについた。


〜402時間後〜


由紀が息を引き取って約2日後に彼女のいた島の上空に一つの救助用のヘリが鳴響く。

しかし、命尽きた由紀にはその音は聞こえずに無情にも彼女が待ち望んでいた希望の音は聞く事は叶わなかった。


しかし、彼女が無くなる寸前に願った願いは無事に叶う事が出来たのであった。


◆◇◆◇◆◇

〜異世界(ストレジ)〜


ここは地球によく似た世界【ストレジ】。


「ユウリあまり遠くに行かないで。」

「はーい!」


1人の幼い女の子が野原を元気よく走り回る。

肩より少し伸びた淡いピンクの癖毛がにまん丸の目は碧く光る。

見た目からして3歳程の少女の名前はユウリ。


そう、この少女こそが地球と言う惑星で亡くなった成瀬由紀の生まれ変わった姿である。


「あははは、楽しい〜」















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