第24話 ダークエルフ(人間)とエルフ(人間)

 最近のロミオンは剣の腕を磨く為、宿にも帰らず、ずっと森に篭って修行をしていた。ラランと一緒に。


 今日も早朝からモンスターを求めて森の探索を続けていた。そして、獲物を見付けると、剣を構える。


「破ッ!」

「キャン」


 ロミオンの振り下ろした短剣が、フォレストウルフの首を断ち切った。くすんだ灰色の胴体が地面に転がり、ドクドクと赤い血が流れる。


 ローブを纏い、フードを被ったラランがフォレストウルフの死体に近づいて検分した。ちなみにラランの恰好はロミオンを真似たものとなっていた。


 ロミオンの「まだ表に出る時ではない」という言葉に従い、素性を隠すムーブをラランも取り始めたのだ。


「切り口がガタガタ。まだ鋭さが足りない。手本を見せる」


 ラランは剣帯から短剣を抜き、静かに構えた。


 フォレストウルフは群れで行動することが多い。はぐれた一頭の断末魔を聞いて、仲間が集まってくる可能性は非常に高かった。


 ロミオンは剣を下げると、ラランから距離を取って観察を始めた。「一挙手一投足を見逃さない」という意気込みがその瞳からは感じられる。


 少しして、辺りが騒々しくなる。地面を蹴る音が幾つも連なり、周囲の空気が俄かに熱を含んだ。フォレストウルフの群れがやってきたのだ


 フォレストウルフは獲物を狩るとき、群れで標的をグルリと囲み、四方八方から攻撃を仕掛ける。


 一撃は浅くとも、傷が重なれば獲物の動きは鈍り、やがては力尽きる。


 オークやオーガのように個体としてはフォレストウルフより遥かに強いモンスターでも、群れで囲まれると一溜まりもない。


 今、その標的はラランだった。


 フォレストウルフは十二頭。徐々に輪を縮めてラランに襲い掛かるタイミングを見計らっている。


 ラランの背後を取った一頭が地面を蹴って飛び掛かる。しかし――。


 空気の動きで察したのか、ラランはクルリと振り返り、そのまま短剣をしならせる。剣身がフォレストウルフの体に触れる瞬間、斬撃は加速してスッとその身に線が走った。血が噴き出ることはなく、ただ絶命して地面に転がる。


 それを合図に森の狼は次々とラランに飛び掛かる。が、悉くラランの剣に餌食となった。


 十二頭を屠るのに要した時間は十数えるよりも短かっただろう。


 ラランの周りには体に線が走ったフォレストウルフが静かに横たわっている。


 ロミオンが足音を忍ばせながらやってきて、血も流さず、元の姿のまま動かない狼たちの死体を興味深そうに見る。


 ラランはその様子に口元を緩め、悪戯っぽい笑みを浮かべながら右足を大きく上げる。そして地面をドン! と踏みしめた。


 途端、地面に横たわっていたフォレストウルフの死体が、ズルリと横滑りを始めて血がドクドクと流れる。


「どういう仕掛けだ?」


 ロミオンが呆れた様子で尋ねると、ラランはその豊満な胸を仰け反らせて得意げに話始めた。


「本当に綺麗に斬ると、生き物の体はその断面同士がくっつく。だから血も吹き出ない。環境にもやさしい。ただ、命を奪うのみ。なのです」


 地面に屈み、ラランに斬られたフォレストウルフをロミオンは見つめる。組織が破壊された様子はなく、ただ斬られていた。


「どうやったらこんな風に?」

「ロミオンはずっと力が入っているのです。だから、斬れない。力で引きちぎっているだけ。斬るはちがう。必要な時だけ、力を入れて加速するのです」


 ロミオンは「うーん」と唸って、難しい顔をした。


「剣の質も関係あるんじゃないか? 俺のはその辺の武具店で買った数打ちだ」

「確かめるのです」


 そういってラランは自分の短剣をロミオンに渡す。受け取ると、剣身に指の爪を滑らせた。


「刃引きしているのか?」

「うん。普通の剣だと斬れ過ぎるのです」


 自分の発言を省みて、ロミオンは頭を掻く。


「修行するのです」

「あぁ。そうだな。やってやる」


 ラランに促されると、ロミオンはモンスターを探して歩き始めた。



#



 夜に活動するモンスターとの戦いを終えると、ロミオンとラランは野営の準備に取り掛かる。


 二人とも魔力を眼に集中させ、夜目を効かせてテキパキと動く。


 ロミオンほどではなかったが、ラランの魔力量も人並み外れたものがあった。「ダークエルフの魔力量は人間の比ではない」という思い込みの結果だ。


 暗闇に青い瞳と赤い瞳が輝く。


 少しして、焚き火の灯が加わった。


 ロミオンは崩した薪の上にフライパンを置き、オークの脂をのせる。


 温度が上がってきたところで、塩と香辛料が振られたオーク肉を二枚、フライパンに並べた。


 ジュウと音がして、香ばしいかおりが辺りに広がる。ロミオンは火加減を調整しながら、ナイフで肉を一口大に切っていく。


 その横ではラランが小鍋を赤く熱せられた薪の上に置き、手を翳して魔力を込める。


 魔法で生み出された熱湯が小鍋を満たし、直ぐに沸騰を始めた。


 森で集めたキノコや山菜をちぎって放り込み、適当に塩と香辛料を振る。


 ロミオンの慣れた手つきに比べると、ラランの調理は大雑把に見えた。


 しかしロミオンが気にする様子はない。おとぎ話の中でもロミオンを慕うダークエルフの女は大雑把な性格をしていたからだ。


 フライパンと小鍋を薪から下ろし、オークステーキとパン、山菜スープをそれぞれの器に取り分ける。


 二人で焚火を囲みながらの遅い夕食が始まる。


 肉汁滴るステーキを頬張り、ゴクリと飲み下す。少し硬くなったパンをスープに浸し、柔らかくして咀嚼する。よほど空腹だったのか、二人はしばらく無言で食事を進めた。そして器を空にしてから、ようやく話始める。


「そういえば、おとぎ話にもこんな場面があったな」

「あったのです。邪龍討伐に行く途中のシーン」


 ロミオンの問いに、ラランはすぐさま答えた。


「……ラランはいつから自分がダークエルフの末裔だと気が付いたんだ?」

「んー。子供の頃からぼんやりとそんな気がしていたけど、明確に自覚したのは十三歳を過ぎた頃なのです。成長してた自分の身体を見て、確信したのです。私はダークエルフの子孫だったんだって。ロミオンは?」


 焚火が揺れて、二人の影が躍る。薪の爆ぜる音が連続し、やっと落ち着く。


「五歳の時、はじめてエルフの英雄の物語を聞かせてもらった。その時、はっきりと自覚したよ。俺はエルフの末裔だってね。そして『ロミオン』の名前に恥じない人物になるよう、努力を始めた」


 ロミオンの語りをラランは熱っぽい瞳をして聞いている。


「剣の修行を終えたら、ロミオンはどうするつもりなのです?」

「とりあえず魔法学園の第二学年には進む。第一学年では学べなかった特殊な属性付与や運動性付与についての講義があるからな。俺はまだ魔法を極めたわけではない」


 当分は帝都を離れるつもりがないと知り、ラランはホッと胸を撫でおろす。ただラランとしては、もしロミオンが帝国を離れるのなら自分も付いていくつもりでいた。


 ラング帝国に恩義はある。しかし、ダークエルフの末裔(褐色肌の人間)としてエルフの英雄ロミオンの生まれ変わり(人間)に付き従うことは、何よりも優先すべきだと考えていた。


「さて、そろそろ休もう。俺が寝ながら【テリトリー】を維持するから、安心して眠ってくれ」


 ロミオンは立ち上がり、二つ並べて張られた天幕の方に歩いていく。振り返ることなく天幕の入り口を捲り、中に入るロミオンの姿を見て、ラランは急に寂しくなった。


 慌てて立ち上がり、ロミオンの天幕へと身体を忍ばせる。既に横になっていたロミオンが不思議そうな顔をしていた。


「ん? こっちは俺の天幕だぞ? もう寝ぼけたか?」

「今晩はとても冷えそうなのです! 一緒に寝た方が体調を崩さないのです!」


 そう言って、ラランはロミオンの横に寝転ぶ。


「毛布もあるから大丈夫だと思うけど……」

「いいのです! それに、物語でも同じような場面があったのです! ちゃんと再現しないとなのです!」


「そんな場面あったかなぁ」と呟きながらも、ロミオンはラランの提案を受け入れる。


 疲れていたのか、ロミオンは【テリトリー】を維持したまま、ストンと眠りに落ちた。


 ラランは少しずつロミオンに近付くと、初めて会った時と同じように胸元に抱き寄せた。少し息苦しそうにするが、ロミオンは目を覚まさない。やがて、ラランも寝息を立て始める。


 その夜以降、ラランは座って眠ることはなくなり、代わりにロミオンを抱きしめて眠るようになった。

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