第22話 皇帝への報告と新たな師匠

「ロミオンが何を求めているのか、分かったと申すのだな?」

「はい」


 帝城皇帝の間。皇帝デオドロの前で膝をついているのはアリエル。頭を下げたまま恭しく答える。


「楽にせよ。そして、話せ」

「はっ!」


 アリエルは立ち上がると、デオドロを真っ直ぐ見据えて話し始めた。


「ロミオンが求めているのは剣の腕です」

「剣……? 金でも名誉でも女でもなく……?」

「はい。彼は剣と魔法、両方で高みを目指しています」


 デオドロは不思議そうな顔をして、念を押す。


「間違いないのか?」

「はい。つい最近までロミオンは剣聖リベリウスに師事していました。事情があり、子弟関係は終わってしまいましたが……。ロミオンが剣の師匠を求めていることは間違いありません」


 顎に手をやって髭をしごくデオドロ。視線が鋭くなる。


「ロミオンとリベリウスの間に何があった?」

「リベリウスがロミオンに夜這いをかけました」


 デオドロは大きく目を見開き、近衛騎士の方を見た。騎士も同じように大きく目を見開いている。


「なんと……。剣聖リベリウスは男色家であったか……」

「はい……。私達が止めなければ、手籠めにされていたでしょう。二人の関係は完全に破綻しました。ロミオンには新たな剣の師が必要と考えます」


「うーん」とデオドロは唸る。


「リベリウスに匹敵するような剣の師匠か……。誰か適任はおらんか……?」


 首を捻って近衛騎士に問い掛けると、すぐに応えが返ってきた。


「ラランはどうでしょう? 女なので、ロミオンのトラウマを刺激することもないでしょうし」

「あの変人を……?」


 デオドロは顔を顰めた。


「剣の腕は確かです。近衛騎士団でも奴と模擬戦をして勝てるものはおりません」

「しかしなぁ……」


 二人のやり取りを見て、アリエルは不安そうな顔をする。


「あの~、ラランというのは一体何者なのでしょうか?」

「中央大陸の最西にあった蛮族の国で剣奴をやっていた女だ。我が帝国軍がその国に攻め入った際、隙を見て脱走し、蛮族の国王を単独で討った女傑でもある。今は近衛騎士団に所属している」

「単独で国王を……」

「そうだ。剣の腕は間違いない。ただ、少々性格が変わっておってな……」


 デオドロは表情を苦くする。


「一度会わせてみるのは如何ですか? 意外と馬が合うかもしれません」

「そうだなぁ。試してみるしかあるまい。他に候補はおらんだろうし」


 近衛騎士の提案に、デオドロは「仕方ない」と頷いた。


「アリエルよ。ラランを紹介する。ロミオンと引き合わせるのだ」

「はっ! 仰せのままに」


 こうして、ロミオンは新たな剣の師匠を得ることとなった。



#



 下着姿のラランはその長身を縮め、部屋の隅に座ってぼんやりしていた。部屋自体はそれなりに広いのに、彼女が必要とするのは座れる場所だけだ。


 一応ベッドもあるのだが、鎧置き場となっている。ラランはいつも床に座って眠るのだ。


 ラランは身じろぎもせず、ただ座ったまま時が過ぎるのを待っている。

 

 徐々に窓の外の陽は落ち、褐色の肌をしたラランは闇に溶けるように目立たなくなる。その銀髪と赤い瞳だけが、暗い部屋の中で浮かんで見えた。



 ラランは元々孤児だった。帝国の外れにある街の孤児院で十歳まで育った。


 ある時、その街は蛮族に襲われ、多くの住人が攫われた。ラランもその内の一人だった。


 それからは蛮族の国で奴隷としての日々を送ることになった。


 最初は小間使いをやらされていたが、気の利かないラランは主人の怒りを買い、その身を剣奴に落とされた。彼女が十三歳の時のことだ。


 剣奴に与えられるのは粗末な皮鎧となまくらの剣、そしてその日をギリギリ生きられるだけの食料。


 見世物として闘技場で戦い、勝者だけが翌日、陽の光をみることが出来る。


 そんな環境でラランは五年間、生き抜いた。


 どんなに腕が立つ剣奴でも、三年も続けていれば怪我を負い、動きに精彩を欠き、命を落とす。


 しかし、ラランはかすり傷すら負うことなく、全ての戦いに勝利した。


 ラランは剣の天才であった。


 剣聖の斬撃のように山を割るようなことは出来ないが、人間同士の戦いであれば、無類の強さを発揮した。


 いつしかラランは蛮族の国で剣姫と呼ばれるようになっていた。


 しかし、奴隷は奴隷。自由はない。


 独房のような狭い部屋で座って眠り、目が覚めると食事をとる。そして闘技場に立って人を斬る。ただ、それだけの毎日を送っていた。


 そんな中、彼女の唯一の楽しみは妄想に浸ることだった。


 その妄想とは孤児院で暮らしていた頃に聞かされた、あるおとぎ話に関するものだ。


 そのおとぎ話の主人公はロミオンといった。ロミオンは架空の種族エルフの英雄という設定で、魔法と剣術によって様々な種族間の問題を解決した。


 ラランはそのおとぎ話が大好きで、孤児院の院長にねだって何度も聞かせてもらっていた。


 その内に、ラランはある登場人物と自分を重ねるようになった。その人物はロミオンとは違い、ダークエルフという種族だった。


 エルフは白い肌に金髪、青い瞳を持つのに対し、ダークエルフは褐色の肌に銀髪、赤い瞳、そして豊満な肉体を持つ。共通しているのは尖った耳だ。


 成長し、大人になったラランは誰もが振り返るような蠱惑的で豊かな身体付きになっていた。また、毎日闘技場に立っていたせいで肌は日焼けし、褐色になっていた。見た目はまさに、おとぎ話に登場するダークエルフそのもの。


 ラランが自分のことを「ダークエルフの末裔」と考えるようになったのは仕方のないことだった。


 真っ暗になった部屋の中で瞼を瞑り、ラランは深く妄想に浸っていく。


 おとぎ話の中のダークエルフは英雄ロミオンに想いを寄せていた。


 ラランはいつの日か自分の前にエルフの英雄が現れることを願いながら、眠りに落ちていった。

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