第21話 夜の森
辺りはもうすっかり暗くなっていた。
唯一の灯りはロミオンとリベリウスが囲む焚き火。しんとした森に、薪の爆ぜる音が響く。
火にかけていた鍋が、グツグツと沸騰し始めた。
「そろそろですね」
ロミオンは深い器に煮込み料理をよそい、リベリウスに渡す。
ゴツゴツした手で受け取ると、リベリウスは豪快に具をすくって頬張った。
「うまい! 料理が出来るなんて意外だな!」
「小さい頃から料理はやってますから」
照れ臭そうにするロミオン。
「大変だったんだな……」
見た目から、ロミオンを亡国の貴族の子息だと考えるのは当然だ。高貴な身分から没落し、苦労をしてきたのだろうとリベリウスは目を細める。
ロミオンは自分の器にも煮込みをすくい、冷ましながら食べ始めた。
「リベリウスさんはいつから剣の道を志したんですか?」
「うん? そーだなぁ。物心ついた時には木剣を握っていたな。父親も冒険者だったから、親の真似事をしていたんだろうな」
「親」と聞いてロミオンは遠い目をする。
「ロミオンはいつから、強くなりたいって思うようになったんだ?」
リベリウスは軽い調子で探りを入れた。
「多分、五歳ぐらいの時です。自分が何者であるのか気が付いて、それから修行を始めました」
「なるほど……」
深く頷き、リベリウスは焚き火に照らされるロミオンを見た。
きっと、五歳の時に【勇者の紋】を身体の何処かに授かったのだろう。英雄職を得た者はそれに相応しい行動を取るようになる。「強くなりたい」と修行を始めるのは自然な流れに思えた。
「ロミオンはどんな存在になりたいんだ?」
「……あらゆる困難に立ち向かい、解決出来るように、ならなければならない。と思っています」
何故なら、自分はエルフの末裔なのだから。と心の中で付け加える。
「立派だなぁ。俺なんて剣の道を極めることしか考えていないのに」
「それはリベリウスさんが【剣聖】だから仕方がないでしょ」
二人は談笑しながら食事を終えると、森で夜を越す準備を始める。
「交代で見張りをしながら、仮眠を取ろう。ロミオンから先に休んでくれ」
「わかりました」
剣の師匠としてリベリウスを慕うロミオンは素直に指示を聞いて、テントへと入っていった。
#
「うーん。夕方に強力な魔力反応があったのは、この辺りの筈なんだけど……」
アリエルは板状の魔道具を片手に待って唸る。その横でマレーゼは心配そうな顔をして、辺りを見回していた。
「もしかして、野営せずに帝都に戻ったのでは?」
「それもあるかもだけど、もうちょっと探してみましょう」
二人は筒状の形をした灯の魔道具を手に持ち、闇深い森を慎重な足取りで進む。
マレーゼが地面の枝を踏みしめるとパキンと高い音がした。
それに反応し、暗闇に幾つか赤い瞳が浮かぶ。モンスターだ。
アリエルが素早く手を翳し、「ストーンバレット」と呟いた。
回転しながら進む岩の弾丸は正確にモンスターを射貫いたようで、すぐに赤い瞳は闇に沈んだ。マレーゼがふっと息を吐く。
「すみません……。不注意でした」
「いいのよ。防音結界を張って進みましょう。私から離れないでね」
「はい」
眉を下げるマレーゼ。一方のアリエルは淡々と結界を張り、森の奥を目指す。
しばらく進んだところで、ぼんやりと灯が見えた。
徐々に近付くと、それが焚火だと分かる。すぐ近くにはこじんまりとした天幕が張ってあった。大人であれば二人で眠るのが限界であろう。
アリエルが指差すと、マレーゼは深く頷いた。
防音結界により、二人は物音一つ立てずに天幕へと忍びよる。
そして入口を捲った。
#
リベリウスは焚火の前に座り、揺れる炎をじっと眺めていた。
ホーホーホーと鳥の鳴き声の合間に、寝息が響き始める。
ロミオンは疲れていたらしく、仮眠といいながらもぐっすり眠っているようだ。
リベリウスは顎に手を当てて、思考を廻らせる。
もし、ロミオンが本当に勇者であれば、あらゆる国や宗教、組織が自分達の陣営に取り込もうとして争奪戦が始まるだろう。
勇者を担いだ勢力が繁栄するのは歴史が証明しているのだ。
しかも、それだけではない。魔人、そして邪神に勇者であることを知られた場合、命を狙われることになるだろう。
確かにロミオンは強い。しかし、隙はいくらでもある。今だって、剣の稽古に疲れてすっかり眠ってしまっている。結局、ロミオンはまだ子供だ。
本当に【勇者】であるのならば、独り立ち出来るまでの間、誰かが面倒を看る必要があるのだ。
「確かめるか……。本当に勇者の紋があるのかどうか……」
リベリウスは立ち上がり、灯の魔道具を持って天幕へと近づいた。入口の布を捲り、静かに中に入る。
ロミオンは起きている時と変わらず、フードを被ったまま眠っている。
リベリウスが灯の魔道具で軽く顔を照らすが、全く反応はない。ぐっすり眠っている。
ロミオンの身体の横に屈み、リベリウスは浅く息を吐いた。そして、ゆっくりと手を伸ばす。
ローブを剥がすと、チュニックが見えた。その裾を掴み、少し捲り上げる。魔道具で照らすと、ロミオンの白い肌が光を反射した。
まだ起きる様子はない。リベリウスは大胆になり、チュニックを胸元まで一気に捲った。
そして舐めるような視線をロミオンの身体に這わせて、【勇者の紋】を探す。その時――。
「リベリウス様……!? 無理矢理は駄目ですよ……!! それは『尊く』ありません!」
俄かに天幕の入り口から女の声がした。慌てて振り返ると、顔が二つある。穴熊亭でロミオンと一緒に食事をしていた二人。アリエルとマレーゼだ。
「いや、違うんだ……!! 完全に誤解だ!!」
「誤解って言っても、服を脱がそうとしているじゃない……?」
アリエルは強い口調で問い詰める。ここで、流石にロミオンも瞼を開いた。
「……うん? リベリウスさん? アリエルとマレーゼ? なんで二人がここに?」
白い肌を晒したまま、ロミオンは寝ぼけた様子で疑問を口にした。
「ロミオン君が学園を休んでまでモンスター狩りをしているって聞いて、ちょっと心配になって学園長と探しにきたの。そしたら、リベリウスさんが夜這いを……」
「いや、違う! 夜這いではない! ちょっと確かめようとしただけだ!」
「そんな味見みたいに言わないでください! ロミオン君はまだ子供なんですよ?」
マレーゼの剣幕に目が覚めたロミオンは自分が半裸になっていることに気が付き、勢いよく跳ね起きる。
「リベリウスさん! 貴方は一体なにを!?」
「いや、本当に違うんだ!」
ここでロミオンはおとぎ話の一幕を思い出した。エルフの英雄はその美貌により、女性だけでなく、男性までも魅了してしまったという挿話だ。
「リベリウスさん。残念ですが俺、男性には興味はありません」
「だから違うって!!」
リベリウスの必死の弁解に、女二人は冷ややかな視線を送り始める。
「フラれたわね。リベリウス」
「フラれましたね。リベリウス様」
「本当に違うんだ! 話を聞いてくれ!」
結局リベリウスの言葉が通じることはなく、ロミオンとの子弟関係はあっさりと終わりを迎えるのだった。
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