第18話 ラング帝国皇帝

 ラング帝国帝都ラングリア。その中央に聳える帝城。皇帝の間の玉座に座るのは当代皇帝デオドロだ。


 その前には恭しく膝を付き、首を垂れるアリエルの姿があった。


「楽にせよ」

「はっ!」


 立ち上がったアリエルの瞳に映るのは四十歳を超えてなお若々しい皇帝の姿だった。


 オールバックに撫で付けた髪と鋭い眼光、そしてなによりその身に纏う覇気によって、その前に立つものは自然と背筋を伸ばしてしまう。


 いつもは猫背がちなアリエルでさえも、ピシッと直立して、デオドロの言葉を待っていた。


「昨晩、いや今朝と言ったほうがよいか。アリエルの活躍により、魔法学園に通う多くの貴族や大商人の子息子女の命が魔人の魔の手から守られたと聞いた。大義であった」

「とんでもございません!」


 これが前振りであることはアリエルにも分かっていた。デオドロの興味は他にあると。


「アリエルの働きはまさに『帝国の盾』に相応しいものであった」

「恐れ多いお言葉です」

「ところで──」


 デオドロが言葉を溜め、じっとアリエルの顔を見る。これから本題に入ると、暗に伝えた。


「『帝国の矛』と呼べる活躍をした仮面の男のことを教えてくれないか? 報告によると、帝都に現れた百体以上の魔人をたった一人で葬り去ったとか。知っておるのだろう?」


 アリエルは皇帝の覇気に耐えながら、ぐっと口をつぐむ。


「どうした? 何故黙っている? 余が本気で調べさせれば分かることだが、いらぬ被害が出る恐れがある。仮面の男はアリエルに向かって『俺は帝都に現れた全ての魔人を始末する』と言い残して消えたそうじゃないか。知らぬ仲ではないのだろう?」

「心配なのです……」


 やっとことでアリエルは声を発することが出来た。


「何が心配なのだ?」

「仮面の男のことを陛下にお伝えすることで、陛下に、帝国に塁が及ぶ恐れがあります」

「そやつは正体を隠したがっていると?」

「その通りです」


 デオドロは伸ばした顎髭をしごき、少し考える。


「深く追求はしない。ただ、仮面の男の名前や年齢、何処にいるのかは把握しておきたい。話せ」


 アリエルは観念して話し始めた。


「……名前はロミオンといいます。年齢は十三ぐらいです。今はアクラム魔法学園の男子寮で暮らしております」

「アリエルは何処で仮面の男と知り合ったのだ?」

「帝都のスラムです。魔道具に凄まじい魔力反応があったので行ってみると、男はいました」

「何処から来たのか聞かなかったのか?」

「聞きました。すると男は悲しそうに『今はもうない』と」


 眉間に皺を寄せ、デオドロが唸った。


「余が滅ぼした国の民ということか……」

「恐らくは……」

「帝国を恨んでいると?」


 アリエルは一瞬考える。


「今のところ、そのような素振りは見せません。魔法の研鑽をすることに集中しています。しかし──」

「下手に刺激すると、いつ牙を剥くかは分からない。と?」


 デオドロの言葉にアリエルは深く頷き返した。再び唸り声。


「ロミオンが何を求めているのか探ってくれ。帝国はそれを与える。何としてでも、手懐けるのだ!」

「仰せのままに」


 その後、二つ三つ言葉を交わして、アリエルは皇帝の間から退出した。


 しばらく、無言の時間が続く。


 散々悩んだ後、デオドロは玉座の後ろに控える近衛騎士に向かって声を掛けた。


「どう思う?」

「どう……とは?」


 騎士は皇帝の考えを探ろうと、あえて無能な振りをして返した。


「ロミオンは何かしら英雄職を授かっているのは間違いないだろう。魔法が得意ということは、賢者。あるいは……」

「勇者だと……!?」


 デオドロは前を向いたまま頷く。


「どの英雄職を授かっているにせよ、その身体には【英雄の紋】がある筈だ。確かめねばならぬ」

「しかし、ロミオンは素性を隠したがっているのでは?」

「問題はそこだ……。悩ましい」


 二人は同時に腕組みをして唸る。


「下手に探りを入れて帝国が不興を買うわけにいきませんからね」

「今はじっと待ち、いずれかの勢力が手を出すのを待つのが良いのかもしれぬ」


 いつになく慎重な皇帝の発言に、近衛騎士はニヤリと笑う。


「ラングリアは仮面の男の噂で持ち切りでしょう。何処かの勢力が必ず『探り』を入れる筈です」

「であろうな」

「帝国が手を出さなくとも、自然と男の正体は浮き出てくるかと」


 近衛騎士が言うと、デオドロは一応納得した顔をして、息を吐いた。

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