第9話 謎の巨人
帝都近くの草原にはアクラム魔法学園、第一学年の生徒が集結していた。
ことの発端は伯爵令息ビクトル。「草原に現れる謎の巨人を討ってみせる!」という威勢良い発言だ。
マレーゼ・ブルボンの気を引こうとしての啖呵だったが、それを聞き流すほどクラスメイト達は年老いていない。
一つのイベントとして盛り上がっていた。
学園の寮で夕食を終えた生徒達はアレコレ理由をつけて外出した。曰く「母親が危篤だ!」「飼い犬が出産するのだ!」「月が綺麗だから!」と。
実際、届けさえ出せば外出は自由であった。アクラム魔法学園の目的は人格形成ではない。魔法を使える人材の育成だ。学園長からして、細かいことは気にしない。
「まだ現れないか……。謎の巨人は……」
月光が草原に立つビクトルを照らしていた。腕組みをして、じっと虚空を睨みつけている。
その背後ではクラスメイト達が敷物を敷いて野次馬をしている。マレーゼとキキもその中にいた。
流石に伯爵家嫡男の面子を潰せなかったのだ。
「私に恐れをなして、現れないようだな!」
ビクトルはマントを翻し、草原から帝都に向かって歩こうとする。その時──。
「出た……!!」
それは誰の声だったか。草原に座る生徒の内の誰かが叫んだ。
ビクトルが慌てて振り返ると、闇夜に浮かび上がる巨大な人型の輪郭。
現れたのは土の巨人であった。噂よりも遥かに大きく、背丈は百メルを超えているように見える。
「お、おぅ……」
ビクトルは巨人の威容に圧倒されていた。さっきまでの威勢は何処にもない。
「どうしたビクトル! やっちまえよ!」
誰かが煽った。
ビクトルはクラスメイト達の方を振り返る。マレーゼが不安そうな表情をしていた。
「マレーゼ嬢! 私の戦いをみていてくれよ!」
愛しの君の顔をみて勇気が出たのか、ビクトルは巨人に向かって走り出す。
そして、対峙した。右手を突き出し、魔力を練る。
「フレイムランス!!」
ビクトルが放った炎の槍が巨人に突き刺さる。が……。
「効いていないだと……!?」
表面が少し黒くなっただけで、巨人にダメージはなさそうだった。
「クソォォォ!! フレイムランス! フレイムランス! フレイムランス!!」
ビクトルは得意の火魔法を連続するが、巨人の肌を軽く焦がすのみ。魔力を使い果たしたのか、ヘナヘナと座り込んでしまう。
「巨人が動くぞ……!!」
圧倒的な質量が一歩踏み出し、地面を踏みしめる。隕石でも落ちたような衝撃。草原の生き物が一斉に逃げ出す。それは学園の生徒達も同じだった。
悲鳴をあげることすら忘れ、帝都に向かって走り始める。
「マレーゼ! 何してるの! 逃げるわよ!」
キキはマレーゼの腕を引いて走ろうとする。
「でも、ビクトル君が……」
ビクトルは腰を抜かし、動けなくなっていた。
巨人は大気を揺らしながら、一歩また一歩と歩く。そして、ビクトルを踏み潰そうと──。
「全く、世話がやける」
凛とした女性の声とともに、ドーム状の結界ができ、ビクトルを覆った。巨人の足が無造作に踏みつぶそうとする。が……。
「跳ね返した……!!」
マレーゼが思わず叫んだ。その声と同時に巨人は大きく仰け反り、背中から地面に倒れる。
反射属性をもった結界。そんな高度な魔法を使えるのは──。
「アリエル学園長!!」
ビクトルの危機を救ったのは帝国随一の魔法使いであり、アクラム魔法学園の長、アリエル・ルーベルグだった。
動けないビクトルをひょいと担ぐと、逃げ遅れたマレーゼとキキのところに走ってくる。
「なにをグズグズしてるの! 逃げるわよ!」
「はい!」
四人は帝都に向かってひたすら走る。
途中で何度か振り返るが、不思議と巨人は追ってはこなかった。
「どうやら大丈夫なようね」
帝都が近くなったところでビクトルを降ろし、アリエルはほっと息を吐く。
「ありがとうございました! 学園長がいなかったら、どうなっていたことか……」
マレーゼとキキは勢いよく頭を下げた。その横で、ビクトルは相変わらず呆けている。
「久しぶりに帝都に戻ってきたら、馬鹿げた魔力反応があったの。それで慌てて来てみたら、ビクトルが踏みつぶされる寸前だったってわけ。貴方、自分の力量をわきまえなさい?」
アリエルに言われ、ビクトルは下を向く。
「私はちょっと用事があるから、ここからは三人で帰ってちょうだい」
「はい! お世話になりました!」
ようやく立てるようになったビクトルを連れ、マレーゼとキキは歩き始める。
その姿を見送ると、アリエルは再び草原に向かって走り出した。
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