第5話 マレーゼの予測とロミオンの思い込み
特別な理由がない限り、アクラム魔法学園の生徒は寮に入ることになっている。伯爵令嬢マレーゼも例外ではない。
食堂で夕食を終えて部屋に戻ると、ルームメイトを捕まえて昼間の出来事について話し始めた。
「ねえ、キキ。ロミオン君のことどう思った?」
マレーゼはベッドに寝転ぶ大商人の娘、キキ・アナスタシアに問い掛けた。
「うーん。まぁ、顔はいいけど、根暗そうだから私はパスかな~。何より、魔法が全然だし。なんで学園に入れたのか謎」
「その、魔法のことなんだけど……」
部屋に二つ並ぶベッドの一つに腰掛け、マレーゼは声を潜める。
「なによー。そんなに勿体ぶって。ロミオンの魔法がどうしたっていうのよ?」
「あれね……。わざと手を抜いてたんじゃないかって……」
キキは跳ね起き、マレーゼと向かい合う。
「なんでそんなことする必要あるの? 単に魔法の才能がないだけじゃない?」
マレーゼは一度周囲を窺ってから、話を続ける。
「私、見たの……。早朝の修練場でロミオン君が膨大な魔力を身に纏っているのを……。アリエル学園長を遥かに超えるほどの力を感じたわ……」
「えっ? じゃあなんで、テストではあんな魔法とも言えない魔力の塊を飛ばしただけだったの?」
キキは眉間に皺を寄せてマレーゼに詰め寄る。
「だから、力を隠そうとしてるのよ。もう一年の半分以上が過ぎた時期に編入してくるのも変だし……。ロミオン君は魔法を学ぶ以外の別の目的があるんじゃないかって……」
「別の目的って?」
マレーゼは首を振る。
「まだそれは分からないわ。でも、周りの生徒から侮られている方が都合がいいんだと思うの。テストの後、ロミオン君は全く悔しそうな顔をしていなかったもん」
「なるほどね~。ちょっと興味出て来たかも!」
キキは茶色の猫目を輝かせる。
「えっ、キキ。何をするつもり?」
「最近、ウチの商会で凄腕の用心棒を雇ったのよね~。そいつをロミオンにぶつけてみると、面白そう! マレーゼだって、ロミオンの本当の力に興味があるでしょ?」
「危なくないの?」
心配そうに眉を下げ、マレーゼはベッドのシーツを掴んだ。
「大丈夫よ! 用心棒は元A級冒険者のベテランだもの。うまいことやってくれるわ」
「うん……」
「よーし、決まりね! 明日授業が終わったら実家にいって頼んでくるから」
キキは「ニヒヒ」と楽しそうに笑いながら再び、ベッドに寝転んだ。マレーゼも同じように身を横たえる。その脳裏にはフードを被った謎の少年の横顔が浮かんでいた。
#
深夜の修練場。本来なら固く施錠がされている時間だが、今日は中に人の気配があった。それも二つ。
「あー、駄目駄目。まだ全然魔力に属性を付与出来てないわ」
ロミオンが右手から放った魔力の塊を見て、アリエルが声を張った。
「魔法を放つ時は属性の付与と運動性の付与。この二つの工程を意識しないと駄目なの! ロミオンが今やったのは、ただ魔力の塊を自分の身体の外に押し出しただけ!」
「……わかっている」
ロミオンが育った孤児院にもスラムにも、魔法を使えるものはいなかった。身体強化魔法だけは感覚で使えていたが、それには属性の付与はない。運動性の付与といっても、自分の身体の中をグルグルと回していただけだった。つまり、全く魔法の技術が身についていなかったのだ。
自分を誇り高き伝説の種族エルフの末裔と信じ込んでいたロミオンにとって、これは受け入れがたい事実だった。「一刻も早く魔法を使えるようになりたい!」という強い思いで、エルフの同胞(人間)であるアリエルに個人指導を頼みこんでいたのだ。
一方のアリエルは「ロミオンと信頼関係を築き、制御する」ために、この個人指導は有効であると考えていた。
「うーん。いきなり二つの工程を意識するのは難しいのかもね。先ずは属性付与に注力してみましょうか。ロミオン。風を出すイメージで魔力を自分の身体から出してみて」
「風?」
「そう。風は一番属性付与が簡単だと言われているの。まずは風魔法を極めましょう」
「極める」と聞いて、ロミオンの瞳に力が籠った。昼間見たマレーゼの「ウィンドエッジ」を思い出し、自分も真空の刃を放てるようになるかも? と意気込んだのだ。
ロミオンは修練場の真ん中に立って瞳を閉じる。そして、自分の身体を中心として、風が渦巻くところを想像した。手から風を出すのではなく、身体強化魔法と同じように全身に魔力を廻らせるイメージで。
変化は……ない。そもそも、ロミオンに魔法の才能などないのだ。ただ、思い込みの力で魔力を得たに過ぎない。しかし、思い込みが強烈過ぎた。
自分はエルフの末裔。エルフに出来ないことはない。魔法だってすぐに使えるようになる。なる。なる……。
「えっ……」
アリエルが驚きの声を上げた。ロミオンの身体の周りに風が吹き始めたのだ。深く被ったフードが捲れ上がる。
「もう、コツを掴んだというの……!?」
ロミオンはアリエルの言葉に応えず、ひたすら目を瞑ったまま、風を生み出し続けた。
「もう今日は遅いわ。これぐらいにしましょう」
「いや、まだだ」
しかし、ロミオンはやめない。初めて掴んだ感覚が離れてしまうのを怖がるように。
結局、ロミオンは空が白んでくるまで自分の身体に風を纏いつづけていた。
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