第4話 彼は実力を隠しているわけではない

 アクラム魔法学園の第一学年に編入生が来る。ということを話題にする生徒は一人もいなかった。


 学園への編入は日常茶飯事であり、いちいち気にする者はいない。


 生徒が気にするのは自分の成績であり、学年内での順位であった。


 テスト毎に変動する累計順位の上位を目指すことに心血を注ぐ。それが、アクラム魔法学園の生徒のあり方だった。


 伯爵家令嬢マレーゼ・ブルボンも例外ではない。


 緑髪を揺らしながら誰よりも早く登校し、修練場に向かう。今日のテストに向けて調整する為だ。


 修練場の扉を開けようとした時、中から人の気配がした。マレーゼは少しだけ扉をズラし翠眼で様子を窺う。


 中にいたのはフードを目深く被った少年だった。見慣れない顔だ。編入生だろうか?


 美しい顔に見惚れていると、少年は魔力を身体に纏い始めた。


 全身が蒼光に包まれ、修練場の空気が震え始める。


「……凄い魔力……」


 思わず出たマレーゼの言葉は、少年の耳に届いてしまった。少年は直ちに魔力を霧散させると、修練場の入り口を睨む。


「誰だ!?」


 険しい声にマレーゼは首を引っ込める。勢いよく扉を閉めると、駆け出した。


 顔を見られた? いや、大丈夫な筈。マレーゼは自問しながら学園の校舎に入り、トイレで気分を落ち着けてから教室へと向かった。


 中には既に数人の生徒がいて談笑をしていた。マレーゼはそっと席に着くと、風景の一部に溶け込むように気配を消す。


 そしてじっと、授業が始まるのを待った。



#



 教師イエローマンと一緒に現れたのは、修練場にいた少年だった。相変わらずフードを深くかぶっている。


「今日から第一学年に編入するロミオンだ。皆、仲良くするように」


 八割の生徒はイエローマンの言葉をつまらなさそうに聞いていた。残りの二割は「なんでフードをとらないんだ? 偉そうに」と反発している。


 マレーゼは緊張した面持ちで事の推移を見守っていた。


 ロミオンと呼ばれた編入生はとんでもない魔力を待っているのだ。ここにいる全ての生徒が束になっても敵わないほどの……。


 もし、怒って暴れでもしたら、誰も止められないだろう。消し炭になる生徒の姿を想像し、マレーゼは額に汗を浮かべた。


「ロミオンは教室の一番後、マレーゼの隣の席に座りなさい」

「はい」


 イエローマンが空いている席を指差すと、ロミオンは静かに歩き、マレーゼの隣に座った。


「ロミオンだ。よろしく」

「わ、私はマレーゼ・ブルボンです! よろしくお願いします」


 伯爵令嬢という身分に似合わず、マレーゼは謙虚な性格をしていた。得体のしれない編入生に対しても卑屈な程、丁寧に話す。


「ロミオン君はどこの出身なんですか?」


 ロミオンはフードの奥で遠い目をする。院長の死と同時に廃院となった孤児院のことを思い出していた。


「……今はもうない……」

「ごめんなさい……。変なこときいちゃって」


「出身地がない=帝国に滅ぼされた」とマレーゼは理解した。ロミオンの見た目も含め、「きっと亡国の貴族なのだろう」と予測したのは当然の流れだった。


「今日はどんな授業をやるんだ?」


 話題を変えるようにロミオンは尋ねた。美しい青い瞳に見つめられ、マレーゼは頬を赤らめる。


「……ん? どうした?」

「え? なんでもないです……! 授業の内容ですよね? 今日は攻撃魔法のテストになります」

「……そうか……」


 ロミオンが困った顔をしたのを、マレーゼは見逃さなかった。



#



 生徒達は教室から修練場へと移動していた。イエローマンをはじめとする教師陣が人の形をした的を幾つも運びこんでいる。やけに精巧に人間を模していた。


「あの的を魔法で攻撃するのか?」

「その通りです。人体の急所を的確に攻撃することが求められます 」

「どこから魔法を撃つんだ?」

「あのマークのあるところからです」


 マレーゼが指差した地点から人型の的までは15メルほどある。ロミオンの眉間に皺がよった。


「どうかしたのですか?」

「いや……。なんでもない」


 二人が話しているうちに、テストは始まった。出席番号順に名前を呼ばれ、試技が行われる。


 帝国やその属国から集まった魔法エリート達は目をギラつかせながら魔法を放つ。火の玉や氷の矢、石の弾丸が人型の的を破壊し、その度に教師陣が交換した。


「次、マレーゼ」


 イエローマンが呼ぶと、マレーゼは歩み出てマークの上に立った。的に向けて手を突き出し、集中する。翠眼が鋭くなる。


「ウィンドエッジ!」


 魔力を帯びた真空の刃が、人型の的の首を飛ばした。


 速度、精度、威力。三拍子揃った攻撃魔法に生徒がどよめく。


 マレーゼは少し恥ずかしそうにしながら、ロミオンの隣に戻ってきた。


「……やるな」

「私なんてまだまだです……」


 教師達が人型の的を交換し終えると、イエローマンが口を開いた。


「では最後、ロミオン」


 ロミオンが前に出ると、生徒たちの値踏みするような視線が集まる。青い瞳が的を見据えた。


 手を前に突き出し、じっと構える。


 魔法は……放たれない。


 ロミオンの額に汗が浮かぶ。


 どんな大魔法が放たれるのか、マレーゼは期待に胸を膨らませた。しかし──。


 ポシュ。っと気の抜けた音と共にロミオンの手から出たのは、なんの属性も与えられていないただの魔力の塊だった。込められた魔力の量も少ない。


 薄っすらと青く輝きながら、フラフラと的に向かって飛んでいく。


 ポムッ! と可愛らしい音を立て、魔力の塊は着弾して弾けた。的には傷一つついていない。


 生徒達の間からクスクスと笑い声が聞こえる。格付けは済んだようだ。


「よし。全員終了したな。成績は二日後に張り出す。楽しみに待つように」


 イエローマンがテストを締め括った。生徒達は修練場からパラパラと出て行く。ロミオンもその流れにのり、教室に戻り始めた。


「どうして……?」


 ロミオンが膨大な魔力を持つことを知るマレーゼが疑問を口にするが、誰もその問いに答えることはなかった。

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