初めての宇宙生活

ちーそに

第1話 異星人

「あー! 死のうかな! やりたいこともなければかわいい彼女も居ないし父さんは借金残して消えたし母さんは病んじゃった! それなのに僕は頭も悪くて運動もできないときたらもうお手上げだ!」


 彼がこの世界に絶望していたその夜、広すぎる宙には満月だけが輝いていた。


「そうだ、学校に忍び込んで屋上から飛び降りよう。小さい頃から一度空を飛んでみたかったんだ、夢を叶えながら死ねるならこれ以上幸せな最後は無いはず!」


 彼は自分の部屋で準備を済ませると——準備と言っても死にに行くだけの彼に荷物は無かった——暗いリビングでテレビを見ながら酒を呑んでいる母に見つからないよう、静かに玄関を出た。心の中でこっそりと別れを告げて。


 運良く廊下の窓が一つだけ開いていて、校舎には難なく忍び込めた。学校も夜は眠っている。屋上へと続く階段を上って重厚感のある重たい扉を開けた。そこでは満月が彼を歓迎しているかのようだった。地面を歩いていた時より少しだけ月と距離が近づいた気がする。


「夜風が気持ちいいな。こんなに気持ちいいと躊躇っちゃうよ。でも、もう決めたんだ。僕は空を飛ぶ。高く、高く!」


 月明かりに照らされた馴染みのある街並みを眺めながら、彼は最後の覚悟を決めた。屋上のへりに立つと両手を翼のように目一杯広げて飛んだ。体はそのまま落ちて――いかない。


 着地したと思ったら何かに乗せられたようで、そのまま眠る校舎が離れて小さくなっていく。それに比例するように彼自身は上昇していった。高く、高く空へと向かって。


「いやぁーっふぅ! はっはぁ! 危なかったな、人間!」


「もう少し慎重に動かせ、サンヴィ。何度言ったらわかるんだ」


 器のような形をした丸い乗り物に、見たことのない生物が二匹? 二人? 乗っている。こちらに話しかけてきたサンヴィと呼ばれている生物を見てみると、なにやら念を送るように三本指の腕を動かしている。背中には小鳥ほどの羽がちょびっと生えている。


「え!? ばけもの! 誰か助けて!」


 四つの目の内、右側の二つだけが彼を見た。


「なあ! 死のうとしてたのに助けてだってよ! こいつおもしれえな!」


「あまり揶揄うな、人間は心が弱いと聞く」


 サンヴィが腕を上に振り上げると、先程まで強く吹いていた風がぴたっと止んだ。乗り物に何か膜が貼られたのかと触ってみたけれど、特に何も感じなかった。


 敵意を感じなかったため少し落ち着こうと試みた。しかし、深呼吸をしても目を閉じてみても、あまりにも現実離れした状況に心臓は全くペースを落とさなかった。


「あの、すみません。あなたたちは誰ですか? 僕はこれからどこへ……?」


「おかしいな、知らないということは無いはずだが。そうか、まだ人間には……」


 独り言を呟くようにしばらく喋ると、改めて彼を見て話した。


「すまない、自己紹介が遅れたようだ。私はシビル。この乗り物を動かしているバカはサンヴィだ。君はジリアだね、よろしく」


 シビルは組んでいた六本のたくましい腕の中で右側の三本を差し出した。二人ともおそらく耳であろう場所に小さな機械が付いているのが見える。三本のどれと握手したらいいのか迷っていると、不安そうな顔をしているように見えた。


「どうした、地球では手を繋いで挨拶を行うと聞いたのだが違ったか?」


「あ、合ってます……」


 とりあえず真ん中の手を握っておいた。シビルも同じく真ん中の手だけに力を込めた。


「いやあ、それにしても地球は重力が強くて疲れちまうな……。よくこんなところで暮らせるもんだぜ。……よし! 大気圏を出た、そろそろ行けるぞシビル!」


 シビルが頷くと慌ただしく動き始めた。掴まっておくといい、と言って乗り物の真ん中を指差すと先程まで無かったはずの手すりが出てきていた。藁にも縋る思いで抱きつくように手すりに掴まった。


「それじゃあいくぜ! サンヴィ様の超絶技巧だ! 気をつけろ!」


 サンヴィが腕を前に突き出すと、乗り物が大きく揺れて周りの景色が歪みだした。周囲の景色も色も絵の具を混ぜたようにぐちゃぐちゃになって最後には色を失った。怖くなって手すりを強く握り、目をつぶると三秒ほど経った後に動きが止まった。恐る恐る目を開けるとそこは宇宙だった。幼い頃に図鑑で読んだような暗闇と、星の微かな明かりがいくつか見えていた。


 太陽系内なのか、それ以外なのか、そもそも宇宙に行ったこともないのでわからない。全貌が見えないほど巨大な建物が黒い宇宙の中に浮いているのが目の前に見える。もしかするとこれ自体が星なのかもしれない。そう思えるほど巨大でスケール感が全く掴めなかった。

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