第9話
目の前の角を曲がれば会議室。というところでカルロが止まった。カルロに追いついたベアトリーチェが横に並ぶ。
「カルロ様? どうしました?」
「一つ、確認しておきたいことがあったのを思い出した」
「それは、どのような?」
今確かめないといけないことなのかと言外に含めれば、カルロが顔を上げベアトリーチェを見つめる。
「ベアトリーチェは、いいの?」
「何が、ですか?」
不意に覚える既視感。カルロは苦痛に耐えるような表情を浮かべている。
「嫌だという気持ちがあるなら正直に言って欲しい。後は僕が何とかするから。……もう、二度と後悔はしたくないんだ」
あの日のことを言っているのだとすぐに気づいた。その一言で『あの日少なからず傷ついたベアトリーチェの心』が救われた気がした。
「……それで、今度はカルロ様が犠牲になると言うのですか?」
「『犠牲』、そうだね。でも、これは元々
ベアトリーチェは見開く。――――今までカルロ以外にこんなことを言ってくれた人はいただろうか。皆、ベアトリーチェにその責務を当たり前に押し付けてきたというのに。
今から
黙り込んだベアトリーチェを見て何を思ったのか、カルロが苦笑した。
「先に裏切ったのは僕だ。だから、気にせず断ってくれていいよ」
その言葉を聞いて、ベアトリーチェの仮面が剥がれた。キッとカルロを睨みつける。
「カルロ、私がどういう性格か忘れてしまったようね? 私にその気がないんだったら最初から断ってるわよ。……もしかしなくても、
「っ、そ、それはその」
「私は嬉しかったのにっ」
「え? あ、えっと、ごめっ。いや、あ、ありがとう。僕も、僕も同じ気持ちだから」
「本当に?」
「本当に!」
「なら、許す」
カルロがホッと息を吐く。そして、二人は顔を合わせて微笑んだ。
うん。きっと上手くいく。そんな気がする。
ノックし、返事を待ってから会議室の扉を開く。二人揃っての入室に室内で待っていた人々が各々意味深な視線を向ける。
中には殺意のこもった視線を向ける者もいた。ベアトリーチェは決してそちらを見ないようにして、カルロへの視線を遮るようにして歩く。
二人が座り、国王が口を開いた。
「皆、そろったな。それでは始めよう」
ぐるりと見渡した限り、全員見知った顔だ。国の重責を担う家臣達を集めたのだから当たり前と言えば当たり前だが。もし、場違いな者がいるとしたら……それは空気を読まずにカルロを睨みつけているマルコくらいだろう。アンナと
国王が最初に決定事項を告げる。
「マルコとベアトリーチェは離縁とし、新たにマルコとアンナの婚姻を認める」
「ちょっと待ってください!」
突然立ち上がるマルコに皆顔を顰めるが、本人は気づいていない。
「俺はベアトリーチェと離縁するつもりはない!」
国王陛下の目がすっと細くなる。
「それでは、アンナのことはどうするつもりだ?」
「それは……アンナを側妃とすればいい。母上と同じように。ほら、俺とベアトリーチェの間には子供がまだいないしちょうどいいじゃないか」
その言葉に女性達が眉根を寄せた。
国王が口を開くよりも先に、ベアトリーチェが手を挙げる。
「発言をよろしいでしょうか」
「ああ」
「側妃殿下と同じように、とマルコ様はおっしゃいましたがそれは無理だと思います」
「何故だ?」
マルコが不服そうに言う。
「どちらか一人だけならともかく、王家の血を継いでいる
確かにと国王が頷く。けれど、またしてもマルコが声を上げた。
「それならアンナを切り捨てるしかないな! なにしろ、アンナでは王太子妃の仕事は到底務まらない。ベアトリーチェがいなかったら王太子妃の仕事どころか王太子の仕事も回らなくなるんだからな!」
いったいどの口が言っているのかとこの場にいる全員が思っていることだろう。でも、実際皆が懸念しているのもその点だった。家臣の一人が挙手をする。
「マルコ様の発言はもっともだと思います。私達としましても適切な判断を下せる方にお任せするのが安心と言いますか……」
胃を押さえながら言う。おそらくマルコが王太子になったばかりの頃にやらかした出来事が脳裏に蘇ったのだろう。
かなり失礼な物言いなのだが、他の家臣達も頷いている。国王も唸り声を上げた。
パンッと両手を叩いて注目を集めたのはビアンカ。年齢不相応の可愛らしいドレスに身を包み、少女然とした笑みを浮かべ、小首を傾げる。
「でしたらマルコの言う通り、ベアトリーチェは王太子妃のままで、アンナ様に側妃になっていただくのが最善ではないかしら?」
発言した後、ビアンカはマルコにウインクを送った。マルコが嬉しそうに頷く。
しかし、王妃は深い溜息を吐き首を横に振った。
「それはなりません。先程ベアトリーチェが説明したでしょう。聞いていなかったのですか?」
ビアンカの頬に朱がさす。
「じゃ、じゃあどうすればいいっていうの?」
その問いに、王妃の目がギラリと光った。
「そうですわね……。国王陛下が最初に発言した通り、マルコとベアトリーチェは離縁し、マルコとアンナが新たに婚姻を結ぶというのには賛成です。二人とも社交が得意のようですから、そちらは二人に任せ、その他の業務についてはカルロとベアトリーチェに任せるというのはどうかしら?」
王妃の提案にざわめきが起こる。
「それはカルロとベアトリーチェを結婚させるということか?」
皆を代表して国王が尋ねる。王妃はそうだと頷いた。
「二人が結婚すれば今まで同様ベアトリーチェに仕事を回しても問題はないでしょう。もちろん、二人が受け入れてくれたらの話にはなりますが」
ビアンカが甲高い声を上げた。
「それではまるでどちらが王太子なのかわからないではないですか! すでに王位継承権を放棄しているカルロに王太子の仕事を任せるなんてっ」
「王太子の仕事をマルコがこなせないのだから仕方あるまい。それについては王位継承権を戻せば問題はないだろう。どうせ形だけの称号だ。それで、二人はどうなのだ?」
ビアンカが絶句する中、他の人々の視線がカルロとベアトリーチェに集まる。
先にカルロが口を開いた。
「受け入れます。ビアンカ殿下、ご安心ください。僕はあくまで『王太子の兄』として
次いでベアトリーチェも口を開く。
「私も受け入れますわ。あの日誓った通り、これからもかわらずコスタ国民を愛し、この先の人生を国に捧げます。もちろん、カルロ様との婚姻についてもよろこんでお受けしますわ」
視線を交わし微笑みあう二人を前に、国王は内心苦笑しながらも頷くしかなかった。
独特の空気感を二人から感じ取った面々がようやく気づく。国の為に二人が今まで何を犠牲にしてきたのか。
でも、一人だけ全く納得できていない人物がいた。
「駄目だ! ベアトリーチェは俺のものだ!」
血走った目でマルコがカルロを睨みつける。
「この国も王太子の地位も、ベアトリーチェも全て俺のものだ!」
独りよがりなマルコの発言に各々表情を一変させる。
特に険しい表情を浮かべたのは国王だ。
「マルコ、勘違いも甚だしいぞ。この国もベアトリーチェもどちらもおまえが好き勝手できるモノではない。おまえにそんな資格はない」
「何故?! 何故父上がそんなことを言う! 兄上ではなく俺の方が王太子に相応しいと判断したのは父上じゃないか?!」
「ああ、そうだ。カルロの他に王太子になれるのがおまえしかいなかったからおまえを王太子にしたんだ。結局、おまえの不実な行いのせいでベアトリーチェとカルロが尻拭いをしなければならなくなったがな。おまえがもっとしっかりしていればこうはならなかっただろうにっ」
自業自得だと吐き捨てるように言う。顔を真っ赤にして口を開こうとしたマルコを遮り、国王が告げる。
「マルコ、これからはせめて表面上だけでも王太子らしく振舞え。その努力を怠るな。……離塔に押し込められたくなければな」
一瞬、マルコが言葉を失う。震え声で呟く。
「そ、それなら、今まで通りベアトリーチェを側においてくれれば」
「ならん。おまえの隣はすでに決まった。すまないなアンナ」
突然話を振られたアンナは動揺もせずに首を横に振った。
「いいえ。こうなった責任は私にもありますから。ベアトリーチェさんのように上手くはできないと思いますけど、それでも私は私なりにできることを見つけて王太子妃として頑張っていきたいと思います」
そう言って微笑むアンナに立派だわとベアトリーチェが拍手する。二人の手首には色違いのブレスレットが揺れていた。家臣達が「もしやこの二人、仲は悪くないのか」と首を傾げる。
その証拠を示すような言葉をベアトリーチェは口にした。
「安心してくださいませ。その為に私がいるのですから。アンナ様はアンナ様が得意なことを活かして頑張ってくださいな」
その言葉にアンナは目を輝かせ頷く。なぜか通じ合っている二人を見て皆もこれなら大丈夫かと納得する雰囲気が流れた。
焦ったマルコがビアンカに視線を向ける。けれど、分が悪いと判断したのか今度はビアンカもマルコの視線にはこたえようとしなかった。さすがに引き際は理解しているらしい。
こうして、あくまで会議をした上での決定という
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