第3話
不意を食らったベアトリーチェとマルコは口をつぐむ。
アンナはくるりとベアトリーチェに背を向け、マルコの前に立った。
まさかのそっち?とベアトリーチェは目を丸くする。
アンナはいつになく真剣な顔でマルコを見上げた。
「マルコ、さすがにそれはベアトリーチェさんを馬鹿にしすぎよ。あからさまな嘘を吐いて、泣き落としてまで許してもらおうなんて……。マルコにも自分の立場があるだろうから、この場ではそう言うしかないっていう気持ちもわかるけど……。私達がベアトリーチェさんを裏切ったっていう事実は変わらないんだから」
「もう潔く非を認めて、二人で謝ろう。ね?」とアンナがマルコを説得しにかかる。けれど、その説得はマルコには逆効果だったようだ。顔を真っ赤に染め、アンナに向かって吠える。
「違う! 俺はベアトリーチェを決して裏切ってなどいない! 確かに一度過ちを起こしてしまったが、アレはおまえをベアトリーチェと間違ってしまったがゆえに起きたこと。無かったも同然のことだ! だいたいおまえ如きが俺の気持ちを勝手に代弁するな! ベアトリーチェに誤解されたらおまえのせいだぞ!」
いったいどの口が言うのかと呆れるベアトリーチェ。
一方で、アンナは初めて見るマルコの一面に怯えていた。今までマルコからこんな憎しみがこもった目を向けられたことは一度もない。いつだってマルコはアンナに優しかった。それこそ、ベアトリーチェに対する時よりも。
そして、それはアンナだけではなく国王陛下も、マルコの実母である側妃も、興味津々で成り行きを見守っていた人々も一緒だった。
マルコの本性を知っていたベアトリーチェとしては特別驚くことでもないのだが……さすがにアンナが可哀相だとは思う。
ちらりとアンナの様子を窺えば、アンナはマルコの言葉に傷ついたのか身体を震わせ俯いていた。
――――声をかけた方がいいかしら。
そう思ったタイミングでアンナが顔を上げた。その顔には何かを決心したような表情が浮かんでいる。
ベアトリーチェは黙ってアンナがどう動くのかを黙って見守ることにした。
「マルコが、マルコがそこまで言うなら……これは言わないつもりだったけど……」
「は? おまえが何を言うっていうんだ?」
『どうせたいした内容じゃないんだろう』という目でマルコがアンナを見据える。アンナは一度ちらりとベアトリーチェを見てから視線をマルコへと戻した。
「あの日、確かにマルコは酷く酔っぱらっていたわ」
アンナの発言にマルコが「ほらな!」という顔をする。アンナは「でも……」と言葉を続けた。
「マルコは私の名前を呼んだわ。ベアトリーチェさんの名ではなく、私の名前を。そして、私に身体を求めてきた。……正直、私も迷ったわ。マルコが既婚者だということは知っていたから。でも……それでも私はマルコの気持ちに応えたかった。その時には私ももうマルコを愛していたから。もし、その時マルコが一度でもベアトリーチェさんの名前を呼んだり、間違えているような素振りを見せていたのなら私は絶対に断っていた。いくらマルコを愛しているといっても他の人の代わりに抱かれるなんて絶対に嫌だものっ。私はマルコだから初めてを捧げたの……それなのにっ今更なんでそんなことを言うの?!」
アンナの目から涙が零れ、頬を伝って落ちる。アンナの泣き顔に同情する声が集まった。マルコは絶句したまま動かない。
そんな中、最初に動いたのはベアトリーチェだった。
ベアトリーチェはハンカチを取り出すとそっとアンナに手渡す。アンナはそのハンカチを受け取りそっと目元にあてた。系統は違えど、美少女二人のやり取りに皆修羅場だということを忘れ見惚れる。
いつのまにかベアトリーチェVSアンナ&マルコの構図からベアトリーチェ&アンナVSマルコの構図に変わっていた。会場にいるほとんどの人がマルコへ非難の視線を向けている。
ベアトリーチェはハンカチを目に当て下を向いたままのアンナをじっと見つめた。
――――なかなかやるじゃない。でも……ちょっとやりすぎね。
あまりマルコにヘイトを集められても困るのだ。ベアトリーチェがというよりは王家が。
ほら、国王陛下と王妃陛下の顔がすごいことになっている。
ベアトリーチェはどうしたものかと、マルコに視線を向けた。アンナの発言はマルコにとってよほど衝撃的だったのだろう。可哀相なくらい狼狽えている。「そんな馬鹿な。ありえない」としきりに呟いているだけで、弁解しようとする気配はない。黙っているのは愚策だというのに。
ベアトリーチェが話しかけた所で今は冷静に会話もできないだろう。
それなら、とベアトリーチェはアンナにターゲットを変えた。
「アンナ様」
「はい?」
名前を呼ばれ、アンナはハンカチを外し、顔を上げた。
ベアトリーチェは距離を詰め、アンナの手を両手で優しく包み込んだ。アンナがきょとんとした顔でベアトリーチェを見上げる。
ベアトリーチェは目を輝かせ、アンナに微笑みかけた。
「私、アンナ様の愛情の深さに大変感動致しました。アンナ様はマルコ様にあのような態度を取られても尚お慕いし続けられるのですね。さすがですわ。……安心なさって。先程のセリフはマルコ様の本心ではありませんから」
「え?」
そんなまさかという素の視線がアンナから返ってくるが気づかないフリをする。
「マルコ様には少々天邪鬼なところがありますの。例えば、ある日は「イチゴが好きだ」と言ったかと思えば、別の日にはいきなり「嫌いだ」なんて言いだしたりするのです。でも、根は正直なので「嫌い」と言いながらしっかりおかわりするのですが」
ベアトリーチェは困ったように笑う。そして、アンナの手を握る手に力を込めた。
「ですから! マルコ様が本当はアンナ様に惹かれていることは間違いありません。そうでなければいくら酔っていたとはいえ一線は越えないでしょう。マルコ様も王太子としてそこはきちんと理解しているはずですから。……
ボソリと付け加えればアンナが目を剥く。顔色を変えたアンナを放置してベアトリーチェは野次馬の方を振り向いた。
「今になって思えば、アンナ様がマルコ様の前に現れたのも運命だったのでしょう。私はマルコ様にふさわしい方は落ち人のアンナ様しかいないと思いますわ。皆様はどうでしょう?」
ベアトリーチェの問いかけに応えるように誰かが拍手をした。それを皮切りに一人、また一人と拍手する人が増えていく。ベアトリーチェは満面の笑みを浮かべた。
「アンナ様、ほら見てください。皆さま、お二人のことを祝福していますわ」
くるりと振り向けば、アンナがその場に座り込んでいた。
「あらあら嬉しすぎて腰を抜かしたのかしら?」
ベアトリーチェが笑みを浮かべたまま首を傾げる。アンナにはその笑顔がまるで悪魔の微笑みのように見えた。
ベアトリーチェはすっかり戦意を喪失したマルコとアンナから視線を逸らし、国王陛下……ではなく王妃陛下に視線を送った。
心得ていたかのように王妃陛下が手を上げ護衛騎士に合図を送る。護衛騎士はすぐにマルコとアンナを回収し、二人を会場から連れ出した。王妃陛下に促され、国王陛下が重い口を開く。
「コホン。あー……
国王陛下が楽団に指示を出すとすぐに音楽が流れ始める。最初は戸惑っていた野次馬もすぐに散り散りになって各々パーティーを楽しみ出した。
そんな中、ベアトリーチェは王妃陛下からの言伝を伝えられ、こっそりとパーティー会場を抜け出す。
しかし、会場を出てすぐに歩みを止めた。会場のすぐ側にまだマルコとアンナがいたからだ。二人ともまるで罪人のように護衛騎士に取り押さえられている。おそらく暴れたのだろう。パーティー会場も近いというのに何をしているのか。
誰かに見られる前に早く二人を連れて行ってもらいたいところだが、ベアトリーチェが声をかけたら二人はさらに暴れる可能性が高い。
迷った末、ベアトリーチェは素知らぬ顔でその場をさっさと通り過ぎることにした。
「ベアトリーチェッ」
が、残念ながらマルコにバレたらしい。仕方なく振り向く。
「ベアトリーチェ待ってくれ。話があるんだ。俺の話を聞いてくれ。君に話さないといけないことがたくさんあるんだっ」
マルコは膝立ちのままベアトリーチェに必死に近づこうとして護衛騎士に止められていた。隣で完全に押さえつけられているアンナは口を開く余裕もないようだが、恨みのこもった目でマルコを睨みつけている。
――――この二人、これから夫婦としてやっていかないといけないのに大丈夫かしら。
ベアトリーチェが気にすることではないが、少し心配になった。
「私にはマルコ様と話すことなど特にありませんわ。
「そんなことって……ベアトリーチェッ」
「それでは私は急いでいるので、お先に失礼しますね」
マルコの話を遮ってその場を後にする。後ろで騒ぎ立てる声が聞こえたが全て無視した。
――――急がないと、きっと待ちくたびれているはずだわ。
ベアトリーチェは早足で王妃陛下の私室を目指した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます