Episode10 - D3


速度は速い。

予想していた通り、鹿が私の目の前まで来るのにそこまで時間は掛からなかった。

恐らく1秒あれば良い方だっただろう。


角をこちらへと向け、走ってくる鹿に対し、私は両腕を広げ、2つの角、その根本辺りに狙いを付ける。

瞬間、私の掌と角が触れた。


「ぐっ、ぅうううう!!!」


重い。

止めようと思っていないのに、木っ端微塵になるかと思う程の衝撃が身体全身へと駆け巡る。

両の手はおろか、左右の腕どちらからも血が噴き出ているのが見てわかった。

当然、HPは今も尚減っていっている。


その場で止められない程の勢いで、私の身体は後ろへと……ここまで歩いてきた道を戻されていく。

だが、それでもまだ私は死んでいない。

HPが減っていっていても、身体が運ばれていても、まだ身体が動かせるのだから負けてはいない。


視界の隅のHPバーの下には、何やら骨が折れているアイコンやら雫のアイコンやらが出現しているが、それを確認するのは後だ。

……止まった……?

足の裏を削られながらも、暫く運ばれた後、鹿は徐々に失速していき……やがて、前へ進むのを止めた。だが、それで終わりではない。

角を持っている手が、身体が持っていかれそうになるほどの力で頭を振ろうとし始めたからだ。


どうやら、いつまでも角に引っ付いている私が気に入らないのだろう。

振り解こうとする動きに合わせ、私はパッと手を離し、後転の要領で少しだけ距離を取る。


「戻って!」


私の声に応じるように、傷だらけの手の内に手斧が戻ってくる。

当然ながら、きちんと握れはしない。

力が入らず、指で引っ掛けるようにして持っている体を為しているだけだ。

しかし、それで十分。問題はない。

彼我の距離は手で触れようと思えば触れられる。

目の前を角が暴れ狂うように過ぎていく距離感で、ゲーム上の補正が入っているのならば。


「これで、終わりッ!」


再度、下から。

軽く投げるように、しかしながら今の私の身体で出来る最大限の力で手斧を投げる。

当然、鹿もタダでは喰らわない。

振り回していた角を器用に手斧へと当てる事で、直撃コースから外していく……ものの。


『ギィ……ッ!』


鹿の首筋、胴体との境目部分を紫煙の斧が斬りつけた。

それだけに留まらず、紫煙の斧は急に弾かれたかのような動きをしながら鹿の首を斬り飛ばし、手斧が飛んでいった方向へと飛んでいく。


【マノレコを討伐しました】

【ドロップ:狼の毛皮×1】

【フュルを討伐しました】

【ドロップ:鹿の角×1】


「……っふぅー……」


我ながらバカな事をしたものだ、とインベントリ内から回復ポーションを取り出しながら思う。

だが、こういうバカみたいな行動も後々役に立つ。

例えば、最後の攻防。

紫煙駆動による、紫煙の斧の挙動だ。


「あちゃ、このアイコンは『骨折』と『出血』か……出血はポーションで何とかなるっぽいけど、骨折は……時間経過か」


元々、紫煙の斧は手斧と連動した動きを行うもの。

私が手斧を投擲すれば、それに追従するように飛んでいく。

私が手斧を振り回せば、更に広い範囲を手斧の動きを真似して薙ぎ払う。

あくまで手斧基準の動きであり、そこに私自身が関わる必要はない。

だからこそ、最後。鹿の角によって弾かれた手斧の動きをトレースするように、途中までは飛んでいき……そして弾かれた方向へと進路を変えてすっ飛んでいったのだろう。

上手く使えれば戦術の幅が広がると共に、種が割れれば対策が組まれやすいモノでもある。

これを知れたのが今回の戦闘での一番の報酬だろう。


「筋力アップ系のスキルは有って腐る事はないだろうから欲しいけど、まぁこの調子だと防具作った後からの方が良いなぁ……分かっちゃいたけど危険すぎた。反省反省っと」


口調は軽く、しかししっかりと己の内には刻み込む。

手斧を呼び戻し、紫煙駆動を停止してからインベントリ内の『硝子の煙草』を1本口に咥える。

ゆっくりと近くの手頃な岩へと腰掛け、火を点け……咽そうになるのをぐっと抑えながらキツい匂いを肺へと入れてから息を吐いた。

黒い煙が狭い空へと立ち昇っていくのを見ながら、私は『骨折』が治るのを静かに待つ事に決めた。




1時間後。

『骨折』が治った私は、とりあえずという事で【投擲】の熟練度上げも兼ねて【峡谷の追跡者】内の敵性モブを狩り続けていた。

やはりドロップ率が低いのか、魔結晶は合計で5個程度しか集める事が出来なかったが……それでも、それ以外の素材はある程度の数を揃える事が出来ている。

それに加え、1つスキルをラーニングする事が出来た。それは、


「【観察】。割と動きとかしっかり見てから戦闘に入ってたからねぇ」


『対象の細かな動きが分かるようになる』、という効果を持ったスキルであり。

戦闘で大いに役に立つスキルを手に入れる事が出来た。

何せ、これがあるだけで敵性モブがどう動こうとしているのかが分かるのだ。

鹿や狼の視線の動き、皮の伸び縮み、外から見える筋肉の伸縮など……気を付けていなければ見落としてしまうそれらを【観察】は拾い上げてくれる。

注視せずとも気が付けるようになる。

ポップアップ表示があるわけではないものの、感覚的にそう・・であると分かるのは中々にありがたいものだ。


「防具作る分と、煙草作る分で……うん、足りそうかな?よし、帰ろう」


【峡谷の追跡者】の本格的な攻略はまた今度。

防具が出来てからでも遅くはないだろうし……何なら私は【墓荒らしの愛した都市】の攻略も中途半端な所で終わっているのだ。

どちらを先に攻略しても良い以上、気分での攻略にはなってしまうが……まぁこれも一種のプレイスタイルだろう。



――――――――――

プレイヤー:レラ

・紫煙外装

『外装一式 - 器型一種』


・所有スキル

【煙草製作】、【投擲】、【観察】


・装備

布の服・上、布の服・下

――――――――――

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