Smoker's Garden -紫煙者の災園-

柿の種

Season1 第1章 タノシミマショウ?【喫煙者】

Episode1 - Prologue


■1人の喫煙者


煙草を吸う、っていうのは1つのルーチンワークなんだ。

お前にも何かしらあるだろ?


朝起きたらカーテンを開ける、だとか。

仕事に行く前に一杯のコーヒーを飲む、だとか。

家に帰ってきたらテレビを点ける、だとか。


他の奴はどうだか知らないが、俺にとって煙草を吸うっていうのはソレと同じなんだよ。

生活の中に組み込まれた1つの動作であり、それが無くなると何処か調子が狂っちまう。


吸う前はそんな事無かったんだけどな。

吸ってからはどうもダメだ。

今更禁煙だなんて考えられないし、どうせ形だけになる。だから辞めないし止められない。


それが肯定されてる世界なら……尚更だろうな。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



■ 狼谷 赤奈


「そういえば、やるのか?」

「……?何を?」


都内某所。

路地裏にひっそりと存在する喫茶店、その中で開店準備をしていた私に店主が声を掛けてきた。


「そりゃ、今日からサービス開始のゲームだよ。俺達がやるって言ったらそれしかないだろ」

「あぁー……なんだっけ、煙草が沢山出てくるタイトルだっけ?」

「『Smoker's Garden』な。何でもMPが無いらしいぞ?」


開店準備といっても、私がやる事は少ない。

喫茶店内の様相は古めかしいものの、ここの売りはそういったものではなく、別のところにあるからだ。


もう見なくなって久しいブラウン管のテレビ、それに繋がるゲーム機。

他にも壁を飾る多種多様なボードゲームに、カードゲーム。

所謂、ゲーム喫茶と呼ばれるこの場所で、私は働いていた。……と、言ってもほぼほぼ客の対戦相手として、なのだが。


「んー……あんまりチェックしてなかったから情報がないんだよねぇ」

「一度触ってみるか?今日は別に予約とかも無いし、行ってきても良いぞ」

「あ、本当?なら行ってこようかな」


店主の許可を得て、私は着けていたエプロンを外して退勤の準備を始める。

どうせ、来たとしても数人程度の趣味の店なのだ。店主1人で問題無いのだろう。


「じゃ、何かあったら連絡入れて。VR機器の方のアカウントは知ってるよね?」

「勿論。感想よろしくな」

「屈託のない意見をぶちかましてあげよう。お疲れ様」



自宅へと着いた後、諸々の家事を終わらせベッドへと寝転んだ。

自前のVR機器には既に件のゲームのインストール作業は終わっていて、後は起動するだけだ。


「事前情報は……いいか。続けるかも分からないしね」


最近のゲームは内部でのサポートも優秀だ。

分からなくなったら中で調べれば良い。

息を一つ吐き、私は機器を起動させた。

すぅ、と意識が下へと落ちていくような感覚と共に、私の視界は黒に染まっていく。

VR特有のこの感覚は、いつになっても慣れないものだ。



『ATTENTION!この作品は未成年喫煙を助長する目的はありません。喫煙は各国の法律に定められた年齢から!』


出て当然の注意文に少しばかり頬が緩む。

少しして。

私の周りの暗闇が晴れていき、1つの部屋が作り出された。


コンクリートが打ちっぱなしの味気ない壁に、薄暗い室内。

何個かのソファと、それとセットになっているかのように置かれた木のテーブル。

それらと少し離れた位置に存在する、バーのような酒瓶が並べられたカウンターには、人影があった。


否、人ではないのだろう。

通常、人の頭がある位置に存在していたのはディスプレイであり、人の表情を簡易的に表示しただけのロボットがそこには居た。


『新規プレイヤー様ですね、こちらのカウンターへどうぞ』

「あぁ、はい。君は……チュートリアルのNPCで合ってるかな?」

『えぇ、この度は『Smoker's Garden』へとお越し頂き感謝致します。私はガンマ……アバター作成及び、チュートリアル担当のNPCです』


彼?の言う通りカウンターの椅子へと腰掛けると、私の前にメニュー表が差し出される。

見れば、そこにはアバターの作成方法が書かれていた。


『まずはアバター作成から。フルスクラッチ……1から自分で設定する方法と、リアルの身体をスキャンする方法、そしてお使いのVR機器に保存されているアバターを、このゲームにアジャストして使う方法がありますが』

「あー、じゃあアジャストで。……このアバターでも大丈夫?」

『えぇ、問題ありません。少しばかりアジャストに時間が掛かりますので、その間にこのゲームの最低限のチュートリアルを行いましょう』


いつも使っているアバターを選んだ後、私の目の前にあったメニュー表が消え、新たに金属製のケースが出現した。


「これは?」

『このゲームにおける、プレイヤーの皆様と切っては切れないアイテム――煙草で御座います』

「……あぁ、そういえばそういうゲームだったねぇ」


促されるままケースを開けると、そこには3本の煙草と金属製の指輪が1つ入っていた。

煙草はまだ分かる。言われた通りだからだ。

しかし、なんだろうかこの指輪は。


『そちらはリアルで言う所のライターの代わりとなるものです。ゲームの中でまで似たような物を使っていても味気ないでしょう?』

「成程、どう使うのかな?」

『指に嵌め、念じるだけで』


指輪を嵌め、煙草を1本咥え。

言われた通りに念じて――燃えてみろ、と考えてみれば。

咥えた煙草の端から小さく煙が上がり始めた。

少しばかり驚きつつ、煙を吸い込み肺へと送る。

現実のような苦しさはなく、しかしながら何か身体の内側に貯まっていくような感覚を覚え、ガンマの方へと視線を向けた。


『このゲームでは、プレイヤーの皆様方の身体の中に煙草の煙を貯蔵する器官が存在します。その煙草はその器官を活性化させる、所謂スターターのような物です』

「へぇ……うん、面白いね。煙を貯蔵、貯蔵か。もしかしてMPみたいなものかな?」

『その通り。我々はそれをそのままSmoke Tank……STと呼んでいます』


ガンマがそう言った瞬間、私の視界の左上にゲージが出現した。

満タンには程遠いものの、白いモノが少しばかり貯まっているコレがそうなのだろう。


「貯めるのには煙草を吸う必要がある、という認識であってるね?」

『勿論。吸い方はお任せしますが』

「あは、それじゃあこうやって吸う以外にも方法があるって言ってるようなものだよ。そこも今後探す必要があるわけか……」


MPの代わりとして使う以上、戦闘中に補充する手段が必要となる。

だが、戦闘中に悠長に煙草を咥えて吸っている時間も無いだろう。

つまりはその隙自体をどうにかできるものが存在している……はずだ。多分。恐らく。


そんな事を考えていると、何処からか電子レンジのようなチーンという音が聞こえてきた。


『アバターのアジャストが終わったようです。適用しますね』


ガンマがそう言うと同時、私の視点が少しだけ高く……否、リアルに近くなる。

それと同時、私の座っている席の近くに姿見が出現した。

赤毛の長い髪、そして紅い両目以外には、ほぼリアルと変わらない。


『適用完了……不具合など御座いませんか?』

「うん、問題無いね。しっかり感覚とかもある。……で、アバターも終わったわけだけど」

『すいません、後3つほど』


彼はカウンターの下から、1つの黒い正方形の物体を取り出した。

手のひらですっぽり覆えてしまう程度に小さいそれは、黒1色のルービックキューブのように見える。


「これは?」

『この『Smoker's Garden』における、STに並ぶ特徴的なモノ……紫煙外装です』

「紫煙外装……」


聞き覚えの無い言葉。

恐らくは支援と紫煙を掛けているのだろうが、問題はそこでは無い。

何処からどう見たって、これは外装と呼ぶには無理がある代物だったからだ。


『紫煙外装というのは、プレイヤー1人1人に与えられるユニークな武装となります。現状のそれは未だ主人のいない状態であり、本来の力を発揮しておりません』

「へぇ……?つまりは此処から剣やら何やらが?」

『えぇ。……と、話すよりも実際に見てもらった方が早いでしょう。まだ煙草は残っていますね?その煙をこのキューブに向かって吐き出して下さい。その行為によって所有者登録が完了し、紫煙外装が起動します』


……詳しい説明は後か。

兎にも角にも、ユニークな装備というのには興味が湧く。


先ほどと同じように煙草に火を点け、深く煙を吸い、そしてキューブへと大きく吐き出した。

すると、キューブから鈍い黒色の光が漏れ始め……私の視界を覆っていく。

暫くして。

その光が止んだのか、私の視界は元へと戻り……私の目の前には、1本の黒い手斧が置かれていた。


【紫煙外装を起動しました】

【『外装一式 - 器型一種』を獲得しました】

【Tipsが追加されます。詳しい説明はオンラインサポートを――】


少しばかりの驚きと、視界の隅に流れたログを目で追いながら、私は口を開いた。


「これが、そうかな?」

『貴女だけの紫煙外装です。紫煙外装については……あぁ、言わなくても。長くなってしまっていますので、ゲームの開始を優先しましょう』

「ありがとう。あと2つ何かあるんだっけ?」

『はい。次は、そう。スキルのラーニングを』


スキルのラーニング。

ガンマが言うには、このゲームにおいてプレイヤーにレベルは存在せず、スキルを得るには特定の行動を繰り返すか、ゲーム内で得られる素材を使って取得するしか無いらしく。

初回限定で、1つ。

特別にこの場で取得させてくれるとの事だった。


「成程ね……うん。ちなみに定番中の定番の鑑定って?」

『そちらは全プレイヤーの標準装備となっておりますのでご安心を。得られたアイテムの詳細が初めから分からないというのは……まぁ、楽しめる人も居るでしょうが、大多数はそうではないでしょう?』

「あは、そうだね。ありがたい」


新たに渡されたメニュー表、そこに表示される多くのスキルに目を通しながら、私は悩む。

と言っても、ここで取るとしたら候補は限られるのだが。

何せゲームが始まってすらいない状態だ。

ガチガチの戦闘系らしいスキルを取っても活かせない可能性がある。

だからと言って、生産系のスキルを取っても……それはそれで、活かすのに時間がかかるかもしれない。


強いて言うならば、【視野拡大】や【気配察知】などの腐らない類のスキルが候補に挙がるだろう。

そう考えつつ、メニュー表を捲っていると、


「……ん?このゲーム、煙草を自作出来るのかい?」

『えぇ、スキル無しでも、今見つけられたであろう【煙草製作】を使っても』

「成程、良いね」


どうやら、買うだけだと勝手に考えていた物は自作も可能だったらしい。

……そういえば、現実でも手巻き煙草なんてモノがあったっけ。

私自身、あまり現実で煙草に触れる機会が少ない為に考えに至らなかったが……ゲーム内、活かせるタイミングが遠くても、こういうのを取ってみるというのは面白いはずだ。

先程までの保守的な考えもアリにはアリだが、こういう……行き当たりばったりのような考えも悪く無い。


「うん、決めたよ。これにする」

『承知しました。――スキル適応……完了。さて、最後に聞きたいことが』

「ん?なんだい?」

『貴女のこの世界での名前を』


……あぁ、確かにそれは大切だ。

苦笑しつつ、私は目の前に新たに出現した半透明のウィンドウにプレイヤーネームを打ち込んでいく。


「これで良いかな?」

『確認します……認証完了。プレイヤーネーム『レラ』でお間違えないですか?』

「合ってるよ、それで」

『確定完了……それでは、これより『Smoker's Garden』の世界をお楽しみください、レラ様。貴女に良き紫煙が漂う事をお祈りします』


彼の言葉と共に、部屋が光の粒子となって消えていく。

……さて、私はこのゲームで何をしようか。


「まぁまずは、色々確かめてからだね」


視界が白く染まる。

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