第弐拾肆話:夜見の力

「それで――月詠様、私を救う手立てとは?」


「あ、それは俺も気になってた」


 月詠様とはさっき話したが、魂を浄化するとは聞いたけどその手段は教えてもらってない。そもそも魂の浄化なんて出来るのだろうか……と、そんな疑問を浮かべたときだった。


「ふっ、それなら説明しようではないか!」


「あるじ……多分、朧の中に潜るんだと思う」


「おい、それを説明するのは妾の役目であろう……いや、その前にだ。何故貴様がここにいるのだ黒曜大口真神? そもそも人間よ、貴様何の覡と言った」


 月詠様が説明する前に口を挟んだ真神はそれだけを伝えて俺の元までやってきた・そんな彼女に今更気づいたのか、月詠様は心底驚いたような顔をする。

 そういや真神ってかなり顔が広いよな、龍水様も彼女の事を知ってたし……。


「……今は気にしなくていい、それより時間ないはず」


「……ぐむぅ確かにそうだが、気になることが多すぎる」


「それなら終わってから」


 二人だけで話を進める神と神使。

 それを見ている俺と朧様は頭に疑問符を浮かべて顔を見合わせた。


「……とにかくそこの黒曜が言ったとおりだが、そこの人間には妾と共に朧の精神に潜って貰う。そのための回路は此奴がいればなんとかなるだろう」


 ふて腐れながらも真神を一瞥して、月詠様はそう言った。

 真神は任せてと張り切っているようで、相変わらず頼りになるなぁと思ってしまう。そういえば神代から生きているのは初めてこの姿の真神に会ったときに聞いたが、やっぱり長く生きるといろんな術を覚えられるのだろうか?


「条件としては心を許す必要があるが、まぁそれは問題なかろう――先程真神が言ったとおり時間がないのでな、早速人間には朧の中に潜って貰うぞ」


「……了解、俺に準備とか必要か?」


「いらぬ、だから少し待っておれ――術の構築は妾がやるのでな、真神にはその維持を頼む」


「任せて……ちょっと複雑だろうけど、なんとかする」

 

 そういった風に二柱の神様達の合作で術が練られて、朧様を祀っている社の鏡が光り出した。さっきのやりとりから察するに、これに入れば良いとのことだろうが……かなり緊張する。 


「――やるか」


 失敗すれば朧様を助けられない。

 責任は重く――それを背負える気もしない。

 だけど、俺は彼女を助けると誓ったから、絶対にやると決めたから。


「……では行くぞ人間」


 そして俺は月詠様と一緒に鏡の中に入ったのだが――その瞬間に落下した。

 足場なんてものはなく、入った瞬間に落下する。見える景色は暗闇のみで、一切の光を感じない。

 

 そして呼吸するだけで瘴気を吸い込んでしまい、俺が持っている【黄泉戸喫】が無ければこの時点で死んでいただろう……と、そう思えるほどに濃い瘴気。

 神である月詠様が心配で彼女に視線を送ったが、平気なのかあまり苦しんでいるようには見えなかった。


「……っと、そろそろ着くだろうな」


 月詠様の言葉通りに落下が終わり辿り着いたのは祭壇の様な場所。

 ……満月を象ったような巨大な何かが奥に鎮座しているその場所には、木が生えたり所々に黒い瘴気の塊のようなものが沢山ある。


「酷いな、ここまで蝕まれているとは……人間、早速浄化するぞ」


 そう言われて改めて俺の役目を理解する。

 ……浄化できるかなどは分からないけど、やらなければいけない。それにこの量の瘴気の浄化に霊力が足りるかも分からない。

 でもやるしかないからと……俺は覚悟を持って、瘴気の浄化を始める。


「――――――高天原に神留まります」

 

 浄化に取りかかるために祝詞を唱えた瞬間の事、そこら中にナニカの気配が充満し、瘴気の密度が濃くなる。横目で月詠様の方を見れば、そこには狐を模したような黒い獣がいて彼女に向かっていた。


「――ッやはり来たか。人間、朧の浄化は任せるぞ!」


「月詠様は!?」


「分霊といえど、元は三貴子だ――このぐらいの相手なら任せろ人間! それより貴様は集中しろ!」


 自信に溢れたその言葉。それどころか注意されたので俺は意識を切り替えて、浄化のみに集中する。

 ……浄化の時間効率、瘴気による汚染、そして月詠様の負担。

 それを考えたときに俺が出来る事を考え……自分の能力を信じることにした。


「こんな俺でも……神楽の呪縛を解呪出来たんだ。ならそれを信じれば――」


 ――無茶してもいい。

 ごり押しでもいいから、この場全てを浄化する。

 さっきまでちまちまと塊を浄化していたのだが、それだと月詠様の負担になる。そう考えた俺は範囲を絞るのを諦めて――この空間全部に霊力を注いだ。 


「――本当に規格外だな人間!」

 

 歓喜がこもった声音でそう言われて彼女の方を見れば、かなりの数はいたであろう黒い狐はいなくなっていた。


「奥に進むぞ、目指すは朧の魂――あの満月だ!」


「了解です!」


 そして俺は走り出し、満月の元に近づいたのだが――その瞬間にこの空間自体が揺れた。地震でも起きたかのようにこの場所自体が揺れはじめて、満月から瘴気と穢れが溢れ出す――そして。


「ッこれが、穢れの本脈か」


 現れたのは――最初戦ったときの朧様より巨大な黒い狐。

 瘴気そのもので出来たそいつは、俺達を睨み付けて嗤った。

 まるで自分より下等な生き物を見下すように、もしくは俺達という獲物を前にしてそれを狩る喜びを覚えてか……。


「ここからが本番だ――手伝え人間!」


「今更だけど、俺は夜見です月詠様」


「そうか……ならば夜見、絶対に朧を救うぞ!」


「――了解!」

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