第漆話:初戦闘

「――でっか!?」


 意気揚々と飛び出せばそこにいたのは、黒い狼の妖怪だろう存在。

 あまりにも巨大で四メートルはあるだろうそれ、圧倒的な存在感と妖気を放つその化け物は、現れた俺を警戒するように睨んでいる。


「ッ誰だい――って子供!?」


 横目で倒れている人を見る。

 数は三人。横たわる二人が重傷を負ってて、それを庇うように刀を持っている男性が狼へと構えていた。

 

「グルルゥ……!」


 黒い狼は体から妖気を滾らせている。

 背中には勾玉を線でつなげた輪のような物が浮かんでいて――黒い体には紅い紋様さえ刻まれたそいつは明らかに別次元の存在。明らかに正気じゃないその妖怪だろう何か――観察してみればそれは俺を、というより俺の持つ刀を警戒しているようだ。


 俺が出方を窺っていると目の前の狼が前足を大きく地に叩きつけて、咆哮する。その咆哮は、空間ごと揺れ動くような錯覚を覚えるほど――そして次の瞬間に何かがぶれた。


「ッ危なっ!?」


 直感……いや、本能だろう。

 避けなければ死ぬという命令に従って瞬時に肉体を強化し横に避ければ、そいつは自身の行路にあった全てを破壊した。

 ただ往復しただけなのに木々や大岩をまるで硝子細工のように粉砕し、食らった時の末路を簡単に想像させる。


「なんで……この子が?」


 俺の後に続いてやってきた神楽が狼を見て言葉をこぼした。明らかに動揺したその様子が気になるが、今はそれを気にしている余裕はない 

 また、あれが来る。

 目の前の狼が力を足に込め、その圧倒的な力を持って俺を殺そうと――。


「重すぎるだろ!」


 それは先程よりも早い疾走。

 一瞬のみの判断で身体能力を強化し、ステータスの守力を強化して受けるが俺はそのまま空中に吹き飛ばされた。

 着地をミスれば多分死ぬ、それどころか追撃がくる。

 視線をやれば――狼が背中に黒い炎を構え俺へと。

 

「夜見、祝詞を唱えて」

 

 でも、その瞬間のことだった。

 俺の神様の声が聞こえたのだ――少し離れている筈なのに、鮮明に聞こえたその声。彼女に捧げる祝詞なんて分からないはずなのに……彼女に祈れば無意識に口が言葉を紡ぎ始める。


「我、禍津神楽にこいねがう……黄泉坂よみさか下りて罰を成し、祟り蝕みのろいを喰らおう――うたえ、焦がれて身は虚ろ、我もたらすは」


 そこで言葉を止めた。

 今この状況で必要な力なんて分からないが――彼女の力を信じればいい。


「――生命奪いし、氷河の理」

 

 そうして彼女に唄を捧げれば、俺の体から冷気が溢れ出す。

 それは迫る黒炎すらも凍らせて、それどころか狼の元まで氷が迫った。


「ガルルゥ!」

 

 その攻撃は再び放たれた先程以上の火力の炎に溶かされたが、何故か不安はなかった。勝てると、そんな自信が湧いてくるのだ。

 それに、初めて使う力なのにどうしてか使い方が頭に浮かぶ。

 俺の持つ刀が触媒となり、俺が霊力を練れば――思い通りに力が働く。


氷時雨ひょうしぐれ


 霊力が氷へと姿を変え俺の想像通りに槍へと変化する。 

 そのまま手を振り下ろせば、その槍の群れは狼を傷つけ貫いた。

 

 明らかな致命傷、その姿を見据えながらも着地した俺は頭の中にあるステータスが変化した気配を感じた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

名:夜見 存在強度――氷河


称号:[八十禍津日の愛し子][螟ェ髯ス逾槭?闃ア蟀ソ][氷河の理を掴みし者]


生命力:30

霊力:800+200

筋力:13+50

器力:50

守力:10

速力:7


【霊術】

 ・身体強化

 ・回復祈祷

 ・解呪祈祷

 ・霊視

 ・結界術

 

 

御業みわざ

 ・『災禍の恩寵』……八十禍津日――神楽の権能を借り受ける

                 氷河の理――霊力に属性・氷を付与する。

                         冷気に対する耐性を得る

                        存在強度の変質 

                        制限時間――五分                     

         存在強度不足 

 ・『意富加牟豆美オオカムヅミ神饌しんせん』……魔障への耐性

 ・『黄泉戸喫よもつへぐい』……呪詛、瘴気、妖気への耐性 

 ・『螟ェ髯ス逾槭?蟇オ諢』……隧ウ邏ー荳肴?

繧ケ繝?う繧ソ繧ケ謌宣聞陬懈ュ

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 なんか色々追加されてるんだけど、なんだこれ?

 霊力に属性を付与するというバグみたいな効果に、存在強度の欄までも表記が変だ。だけど、明らかに強くなったのが分かる。

 かなりの疑問はあるけれど、悩んでいても仕方ない。見た限りこの状態には制限時間があるようだから。


「グオオオオオオオオオオオオォォォ!」


 近づけば先程以上の妖気と瘴気を放つ狼。

 俺を明確な敵と認識しているのか、明らかな殺意を滾らせて牙を剥き出し眼光を鋭く光らせる。最初だったら怖かった――だけど、今の全能感を感じる状態では不思議とそいつが怖くない。


「いくぞ――」


 時間が無いのなら大技で決める。

 ――そして想像するのは巨大な拳。

 俺の思い描く技を使うために霊力を練れば、空中に巨大な腕が現れて――。


「潰れろ!」


 上からの攻撃は狼に大きなダメージを与て地面に体を晒させた。

 そしてそのまま俺は狼が動けないように体を氷で拘束し、殆ど無傷で勝利した。


「――えっと無事ですか?」


「あ、あぁ――無事だけど、君は何者だい?」


「えっと……名乗る前になんですが、お仲間さん? 治療しても良いですか?」


 唖然とする男性、正体を聞かれたがそれよりも狼にやられただろう人達の事が気になってしまう。一人は完全に意識を失っているし、もう一人に至ってた腕がかみちぎられたのか欠損してるし、どうみても放置できる状態じゃないから。


「――高天原に神留まります、神漏岐、神漏美之命以ちて」


 この世界でも回復祈祷で必要な一般的な祝詞。

 それを唱えて術を使えば、二人の傷がみるみる塞がりそれどころか腕が生えてきた。


「――本当に何者なんだ君は。空中で姿も変わったし……俺はもしかして化かされてるのか?」


「いや人間ですって、姿が変わるなんて」


「でも現に君は最初現れた姿とは違うだろう?」


「……え?」


 そんなことを言われて気になった俺は、自分の姿を確認しようとしたのだが確かになんか衣服が替わってるなーぐらいには思った。

 今まで来ていた不知火家の服装からなんか黒い装束みたいなのになってる。


「あ、ほんとだ」


「気づいてなかったのかい? 髪色とかも変わっているよ?」


「えぇ――まじじゃん」


 そう言われて少し視線を上にやれば、神楽と同じような透き通った白い髪が目に入った。マジで見た目変わってるじゃんと戦慄しながらも、俺は神楽の方に向き直る。


「……どうしたんだ神楽?」


「夜見、この子を解呪出来ない?」


「……出来るけど、どうしてだ?」


「この子は本来なら暴れる子じゃないから――助けてあげて」


 彼女の真意は分からない、だけど神楽が考えなしにそう言うはずが無い。狼を霊視すればかなり濃い呪いを受けている事が分かる、どういう呪いは分からないが俺の実力で解呪出来るのは怪しい、だってこれは神楽の枷と同レベルのものだから。

 あの時は霊力が満タンだったからよかったけど、今は使った後だし不安。でも、それが俺の神様の頼みならば……。


「分かった――貴方の覡として、その頼みを叶えます」


 俺に断るという選択肢はない。

 

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