第伍話:契約

「……夜見は馬鹿」


「起きて早々馬鹿はないだろ」


 目覚めれば宝石のような琥珀の瞳と視線が合った。

 また俺は神楽に膝枕されていたようで……体感だけど結構長く眠っていたらしい。

 

「……本当に馬鹿、凄く馬鹿、命知らず……ばかぁ」


 それしか罵倒の語彙が無いのか、馬鹿と繰り返しながら俺を責めてくる。

 心配かけたのは分かるけど、そこまで馬鹿馬鹿と言われる筋合いは多分無い……いや、あれだけの呪具を解呪しようとした時点で馬鹿と言われるのは分かるが、死ぬ気はなかったから許してほしくはある。


「悪かったって、だから泣き止んでくれ」


「……泣いてないもん、夜見が馬鹿なだけ」


「……ごめんって、でもほら俺は生きてるし……無事解決ってことで」


「だめ許さない、責任取って」


「責任って……どうしろと?」


「外に出ようって言ったのは夜見、だから責任取って一緒に外に出て」


「……あーそれは確かに言ったけど、俺に森抜けるほどの力ないぞ」


 俺は完全に後方支援型の術しか覚えてない。

 回復術に解呪の技、それと身体強化と結界術……一応それらのものは使えるが、あの猿のようなものが彷徨くこの森を抜けるほどの術は使えない。


「大丈夫、私がいるから」


「確かに神楽は神様らしいけど……契約しないと力使えないんだろ神様って」


「……うん、そうだけど――うぅー言わさないで」


 どういうことだろう?

 ……神や精霊は現世に鑑賞する際には契約者が必要で、そうしなければ力を使えない。この場にいるのは俺だけだし、俺は精霊と契約する事が出来ない筈だ。

 だから俺は選択肢から外れる訳で……?


「夜見の鈍感ばかぁ」


「いや、なんでだよ鈍くないぞ俺」


「…………分かった。もう強引にやればいい」


「いや、だから俺は契約できないんだって」


「……夜見は契約できる」


「――は?」


 そう言われて思考が止まった。

 ……契約が出来る? 俺が……なんで?

 俺は最初の契約の儀から何度も何度も別の精霊との儀式を試したけど、どの属性の精霊とも契約できなかったのに。


「い、いや……でも試した精霊は全部駄目だったぞ?」


「器が大きいからだと思う……私ですら契約できそうな器なんてびっくり」


「……そんなことあるのか?」


「桶にちょっと水を注いでも意味ない……でしょ?」


 そう言われて完全に理解したわけではないが……要は今まで試した精霊と俺があってなかったってことで良いのか?


「それに……これはいいや」


「何でだろ気になるんだが」


「気にしても意味ない……それより、夜見は私の枷を解いたんだから契約して一緒にいるべき」


 神楽はそう言って手を差し伸べてきた。

 優しく最初に察してくれたように……俺の事を真っ直ぐとみて、はっきりその意思を伝えてきた。


「……俺、なんかでいいのか? 失敗作だぞ俺」


「夜見がいい、それに契約出るなら違う」


「才能無いぞ?」


「それがどうしたの?」


「外に出たら俺よりいい器が見つかるかもしれないだろ?」


「そんなの知らない、夜見以外の器なんていらない」


「……後悔しないか?」


「すると思う?」


 神楽の意志は固く、俺が何を言おうとも退いてくれない。

 その姿は俺が求めていた救いそのもので……こんな俺でも必要だって言ってくれる彼女に答えたいと、そう思った。

 そしてここにいる間ずっと俺を救ってくれた彼女を信じたいと心から思って……。


「……え、いや――ちょ」


 あまりにも恥ずかしくなって、彼女から顔を逸らしてしまった。

 どうしよう顔が熱い、なんというか動悸が凄い。

 ……ここまで言ってくれた彼女に何か返さないといけないのに、恥ずかしすぎて言葉が出ないし、なんか視界も滲んできた。


「ふふ、夜見は泣き虫」


「……ほんと、待って」


「待たない」


 こんな気持ちは初めてだし、まじで恥ずかしい……何より泣き顔なんか見せたくないのに彼女が顔を覗いてくる。

 まじで止めてほしいのに、なんかそれさえも少し嬉しくて。


「それで、どうする? ここまで言って駄目なら……」


「ッ分かった! 神楽と契約するから……えっとよろしく、お願いします」


 もう恥ずかしすぎて最後の方が敬語になりながらもそう言えば、彼女は悪戯が成功した子供のように無邪気に笑いって人差し指を出してきた。


「じゃあ約束。夜見と私はずっと一緒――死が二人を分かつともずっと」


「……重くないか?」


「ううん、軽いくらい……だって夜見は、ずっと一人だった私を助けたから。だからよろしね、私のげき


 ……そして契約は成された。

 儀式とも言えない子供同士がやるような指切りで契られる。

 そして俺はその日、精霊の――いや、神様の加護を得たのだ。

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