第参話:無人社の白髪少女

「ねぇ……あなたはだれ?」


 人ではないだろう白髪の少女。

 ……明らかに危険だし、本能的にあの猿の妖怪よりやばいのが分かる。

 一度だけ感じたことのある神の気配である神威を放ってるのに、それと同じだけの妖気を放ってるなんて本来ならあり得ないだろうし……。


「答えないの?」


 考えに耽っているとそんな彼女は俺に近づいてくる。

 目隠しをされているからこっちの事は見えないはずなのに、しっかりとした足取りで俺へと近づき――手枷をされながらも、器用に俺の顔を触ってきた。


「やっぱり……いる」


「……いるから触らないでくれ」


「あ、喋った」


 警戒していた存在にいきなり顔を撫でられた俺は、なんか毒気が抜かれながらもそう言って……彼女から少し距離を取った。


「……なんで、逃げるの?」

 

 そう言われてもあんたが怖いからと言って、危害を加えられたらたまったものではないので……言葉を選ぶことにする。


「……えっとぉ恥ずかしくて?」


 だけど、あまりにもよく分からない状況に……自然と疑問形になってしまい微妙な答えにしかならなかった。どう見てもミスった選択。やばいかと思って顔色を窺おうとしたが、目隠しされているせいで表情があまり分からない。


「――そう……なんだ」


「なぁ、少しここで休んでいいか?」


 この神社は明らかに異常だが、外と隔離するように結界が張られている。

 それがある限り安全だろうし、猿の妖怪が興味を失うだろう時間はここで稼げるだろうからそう聞いた。

 存在的には目の前の子の方が危険だろうが……なんか安全そうだし。


「いい……よ?」


「……助かる」


「休むなら、こっち」


 そう言って彼女は俺を案内するためか神社の奥に進み始める。

 善意からの行動っぽいので俺は警戒しつつもついて行き、小さい小屋に通された。


「布団、ある……おやすみ?」


 いつの時代のものか分からないけど、少なくとも使われた痕跡のない布団。

 神社の様子からかなり前の時代に建てられたことは分かるのだが……その布団は一切劣化しておらず新品っぽくある。


 それを不思議に思いながらも、疲れすぎて細かいことを考えられない俺はそのままそこに横になりすぐに意識を落としてしまった。


――――――

――――

――


 ……夢を見る。

 家族から冷たい視線を向けられて責められるそんな夢。

 今まで頑張ったのに……なんて思っても意味が無く、あらゆる悪意を向けられるそんな夢を見て――やがて俺は目を覚ました。


 そして起きた瞬間に、あの少女の顔が上にあったのだ。


「これ……食べる?」


「え、いや……ちょっと」


「……こっちがいい?」


「そうじゃなくてさ――まじでちょっと待って」


「…………お腹空いてないの?」


 目が覚めるとなんかさっきの少女に膝枕されながらご飯を食べさせられそうになっていた。確かに腹は減ってるが、急というか……いやそうじゃなくて。

 

「……いつから膝枕を?」


「あなたが寝てからすぐ」


「なんでだよ」


「……うなされてたから?」


「そうなんだ……じゃなくて、俺どのぐらい寝てた?」


「いっぱい」


 ごめんそれじゃあ分からない。

 でもかなり疲れが取れていることからかなりの時間眠ってたのは分かるし、それを考えるとその間ずっと膝枕してたようにも感じる。


「とりあえず、ご飯食べて?」


「いや今良いっ――」


「お腹なったよ……あーん」


「…………貰うわ」


 見ず知らずの場所で見知らぬ少女から食べ物を貰うのは不味いと思ったから拒否しようと思ったんだが、お腹が鳴ってしまい拒否することができなくなった。

 あと単純に恥ずかしいし、これで断ってもなんか彼女はそこに関しては強情そうだし断れそうになかった。


「旨いな」


「ふふよかった」


 目は隠れて見えないけど、笑っているのは分かる。

 久しぶりに見るような純粋な笑顔、嘲笑の類いではなく俺が旨いと言ったのを素直に喜ぶように彼女は笑った。


 そして今食べたのは久しぶりに新鮮なもので……ただの果物にも関わらず凄く美味しくて――自然と涙が流れてしまった。久しぶりに感じる誰の優しさに、どうしてか涙が止まらない。


「あぁ――旨いなぁ」


「……もっと持ってくる?」


「いや、大丈夫――なあ、あんた名前は?」

 

 ここまでやってくれた恩人の名前を知らないというのは嫌だし、俺は彼女の名前を聞いた。やばい存在には変わりないだろうが……俺としては優しくしてくれた恩人だし、いつまでも警戒するのは悪い気がしたから。


「……神楽。ただの神楽――あなたは?」

 

「――夜見だよ」


「姓はないの?」


「あー……ないよ、ただの夜見だ」 

 

 俺はもう不知火という姓を名乗れない。

 あのときあの場で奪われたからというのもあるが、俺自身が名乗る資格がないと思っているからだ。


「同じだね……私もないから」


 それに対して何を言えば良いか分からなかったけど、彼女は一切気にしてない素振りでいた。

 姓と名――それは己を象徴する大事なもの。

 どちらかでも奪われれば半身を失うようなものであり、この世界でも相当な罰の一つなのに……。


「……神楽は、強いんだな」


「ありが……とう?」


 急にかけられた言葉で戸惑ったような彼女。

 だけどお礼を言ってきて、なんか凄く良い子って事を俺は理解する。

 ……それからすぐに俺は気恥ずかしくなってしまい、用意されていた桃を一個もらい顔を逸らして食べ始めた。


「いっぱい食べてね」


 そしてまた穏やかな言葉がかけられて……俺はまた少し目頭が熱くなった。


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