子々孫々
山梨に夫婦揃って帰宅して、荷物を下ろしている時のことだ。夫の動きがピタリと止まった。じっと一点を見つめている。
「どうしたの?」
私は不思議に思って声をかけた。
「甲斐国から密航者を連れ帰ってしまった…」
覗いてみれば小さなハエトリグモが、威嚇のポーズで夫と対峙していた。
「恨みはないが殺さねばならぬ」
多分であるが帰りに聞いていた演芸の真似をし始めたに違いないと呆れながら、ふと浮かんだ。
刻は令和、甲斐国に住まいます小蜘蛛一族に青天の霹靂の沙汰がございました。敵方の調略にまんまとはまり裏切り者の罪を着せられたのでございます。一族郎党皆死罪の厳しいご沙汰と捕縛の網を潜り抜け、復讐を誓いましたるハエトリグモノスケは必死の思いで車の荷台に潜り込み命からがら国を出たは良かったが、あわや車主に見つかりて、今まさに殺されようとする有様でございました。
「覚悟!」
男が近くの雑誌を掴みますると勢いよく振り下ろします。
「なんの!」
ハエトリクモノスケは渾身の力を振り絞り、その場よりタタタッと飛び上がります。男の雑誌が宙を切り、ハエトリクモノスケ掠める雑誌を飛び越えて、エイヤ!と男の手に掴み掛かったのでございました。
「うわぁ!」
先ほどまでの勢いは何処絵やら、男は雑誌を取り落としハエトリグモノスケの掴み掛かりましたるその手を、情けない声をあげながら左右へ振ったのでごさいます。
「ざまぁみろぃ!」
ハエトリグモノスケそう叫びますと、振るわれる手よりピョンっと飛び上がり、草むらへとその身を隠したのでございました。
あとに残りましたるは、威勢虚しく呆然と佇む男、そして冷ややかな視線でそれを見つめる男の妻の姿でありました。
ハエトリクモノスケ、復讐の旅路が始まったのでごさいます。
見事なまでの驚きようでしたとも。
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