かき氷の味と夏の夜空

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かき氷の味と夏の夜空

 夏の夜。

 地元の神社で開かれている夏祭りは、まるで別世界に足を踏み入れたかのような光景だ。提灯の柔らかな明かりが境内を優しく照らし、その光が木々の間から漏れて幻想的な雰囲気を醸し出している。

 赤と白の布が張られた屋台が並び、色鮮やかな商品や食べ物が並ぶ中、人々の笑い声や賑やかな話し声が響いている。浴衣を着て歩いているカップルも多い。

 そんな中、二人の少年が神社の鳥居をくぐって入ってきた。

 一人はメガネをした少年だ。

 明るい色のポロシャツに、カーゴショーツを履いており、ラフな格好をしている。

 やせ形のオーバル型メガネをかけた少年。

 小ぶりで丸みのある形状のメガネをかけているためか、落ち着いた優しい印象がある。取り立ててカッコよくない目立たない男の子ではあったが、素朴で温かく、日差しを受けて香る土の匂いが伝わってくる。

 名前を佐京さきょう光希こうきと言った。

 もう一人は爽やかな白いTシャツにデニムのショートパンツ姿の少年だ。

 身体は細い。

 しかし、体格はしっかりとしていた。ルックスは悪くないが、華やかさと美しさに欠けるためにあまり目立たず、特徴のない地味な感じだった。

 名前は木村きむら風樹かざきという。

 二人は同じ小学校に通う同級生だ。

 小学生らしい初々しさを感じさせる彼らはとても仲が良く、いつも一緒に行動しているように見えた。

 今日も二人揃って祭りに来ていたのだ。

 賑やかな光景に心を躍らせながら、光は目を輝かせていた。

 浴衣を纏った人々が行き交い、その華やかな姿が祭りの雰囲気を一層引き立てている。浴衣の柄や色合いが様々で、鮮やかな花火のように目を楽しませてくれる。子供たちは綿菓子を片手に走り回り、笑顔を浮かべながら金魚すくいや射的に興じている。

「賑やかだね」

 光希も周囲の様子を眺めながら、嬉しそうな表情を浮かべていた。普段は見慣れない景色のため、自然と心が浮き立つようだ。

「本当に楽しそうだな」

 そんな光景を嬉しそうに見つめつつ、風樹もまた楽しそうに言った。

 夏らしい風景を前にするとワクワクする気持ちを抑えきれないのだろう。興奮気味に周囲を見回している。普段よりもテンションが高いように感じられた。

 空腹感を覚えてきたので、まずは腹ごしらえをすることにする。

「光希。腹が減った。何か食おうぜ」

 お腹に手を当てるとグゥ~っと音が鳴った。かなりお腹が空いているようだ。

 それを聞いていた光希は小さく笑った後、大きく頷いた。

「そうだね。僕もちょっとお腹が空いてきたところだよ」

 そう言って、屋台の方に目を向ける。

 焼きそば、たこ焼き、お好み焼きなど定番のものがずらりと並んでいる。他にもベビーカステラやチョコバナナなどの甘いものもあった。

 迷いつつも、焼きそばを買ことにした。

 手軽だし、すぐに食べられるからだ。

 それぞれ一つずつ購入して、立ち食いをする。プラスチック製のパックに入った焼きそばを食べ始めると、ソースの香りが口いっぱいに広がった。

 一口食べてみると、程よい塩味が口の中に広がっていく。キャベツや豚肉といった具材もたっぷり入っていて食べ応えがあるし、お祭りならではの特別感があった。

 レストランでもテラス席があるように、屋内より屋外の方が雰囲気が料理をより美味しく感じさせてくれるのかもしれない。

 続いて、たこ焼きに手を伸ばす。

 こちらも熱々で、口に入れた瞬間に溶けていくような食感があった。タコが入っているわけではなく、中にはネギや天かす、紅ショウガなどが混ぜられている。味付けはシンプルだが、だからこそ素材の良さを感じることができた。

「塩気のあるものばかり食べたから、何か甘いものが食べたいな」

 風樹の言葉に光希は頷くと、今度は、かき氷を買ってみることにする。

 二人はイチゴ味を選ぶ。

 光希はカップに入ったイチゴのかき氷を見つめ、その赤いシロップがまるで宝石のように輝いていることに気づく。夜の闇に浮かぶ赤いシロップの輝きは、まるで夕焼けの一部を閉じ込めたかのようだ。

 夏ならではの風物詩であるカキ氷に、光希は感慨深く思っている横で、風樹はスプーンですくって口に運ぶ。

 氷の冷たさと共に甘いシロップの味が広がり、頭がキーンとした感覚がした。

 しかし、それも一瞬で、口の中に広がる甘さはすぐに消えていった。暑い季節に熱いものを食べて火照った体を冷ますには、ちょうど良いかもしれない。

「頭にキーンってきたぜ。これって何でだろうな」

 風樹は痛そうにしながらも、表情は笑っており、どこか楽しげだった。

「アイスクリーム頭痛だね。急いで食べ過ぎだよ」

 光希は笑いながら答えた。


【アイスクリーム頭痛(Icecream headache)】

 冷たいものを食べると頭が痛くなる症状で、正式な医学用語として認められている頭痛。

 原因については、現在2つの説がある。

 冷たい食べ物で口の中が一気に冷えた時に、喉の奥を温めようと急いで頭の血管が広がり、一時的に炎症が起こる説。

 口の中や喉の刺激を脳に伝える三叉神経が急に冷やされた為に混乱し、冷たさを痛みとして錯覚する説。

 原因となる反応は、身体が異変に対して防御しているから。人間の精緻な仕組みがなせることでもある。

 なお、アイスクリーム頭痛にならない方法として、ゆっくり食べると頭痛は起きにくい。

 一説には、足湯につかったままアイスクリームを食べれば頭痛は起こらないと言う。


 光希が手に持っていたスプーンをゆっくりとイチゴのかき氷に差し込むと、ふわりとした氷が優しく崩れる。粉雪のように細かい粒子の氷で、光を受けてキラキラと輝く。

 かき氷の氷の種類として、粉雪状のかき氷と薄い切片状のかき氷に二分されるが、この屋台は粉雪状のものだ。

 スプーンを口に運び、赤いシロップがかかった氷を一口含むと、瞬時に冷たさが口いっぱいに広がった。その冷たさは、まるで夏の暑さを一瞬にして和らげるような清涼感だ。

 甘酸っぱいイチゴのシロップが舌の上で溶けていき、その味わいが口内に広がる。それと同時に頭の奥でジンワリとする感覚を覚えた。それが心地よくて、思わず目を細める。

 食べ物の味は、食べ物を噛み砕いて唾液と混ぜ合わせ、触覚による舌触りや歯ごたえ、味覚や嗅覚による味わい。そして、噛む音を聴覚で楽しむことも言われる。

 そういう意味では本当の意味でイチゴを味わっている訳ではないが、イチゴの風味が鮮やかに感じられ、まるで摘みたてのイチゴをそのまま食べているかのような錯覚に陥る。

 その香りも相まって、とても美味しいと感じた。

 冷たい氷と甘いシロップが絶妙なハーモニーを奏で、その一口が夏の思い出を一層鮮やかに蘇らせてくれる。

 幼い頃の夏祭りの記憶が蘇り、懐かしさと共に心が温かくなる。記憶の中で、家族と一緒に楽しんだ夏祭りの光景が鮮明に浮かび上がる。

 父と母と自分。思えば生まれて初めて口にしたカキ氷の味は、イチゴ味だった。

 かき氷の冷たさが歯にみる感覚も、光希にとっては心地よい。

 口の中で氷が溶け、体の芯まで涼しさが染み渡り、暑さを忘れさせる。シロップの甘さと氷の冷たさが混ざり合い、そのコントラストがまた一層の美味しさを引き立てていた。

 光希は目を閉じてその味わいをじっくりと楽しみながら、夏祭りの音や光景と共に、この瞬間を心に深く刻み込んだ。

 まるで時間が止まったかのような感覚に包まれ、祭りの喧騒の中で一人静かにその味を堪能している。この一杯のかき氷が、夏の夜の特別なひとときを象徴しているのだった。

「かき氷と言ったら、やっぱりイチゴだよね。鮮やかな赤が、まさに夏って感じがする」

 そんな光希の横で風樹もまたかき氷に口をつける。彼も光希と同じように目を瞑って味わうようにしていた。

「そうだな。この赤いシロップが、祭りの灯りと相まってすごく綺麗に見えるんだよな」

 そう言って目を開けると、かき氷の色が目に飛び込んでくる。視界いっぱいに映る赤い色が眩しいくらいだ。それは花火のように美しく華やかでありながら、同時に儚くも感じられた。

 光希も風樹の言葉に頷きつつ、再びスプーンを動かし始める。口に運ぶ度に感じる甘味はまるで宝石のようでもあり、舌で転がすたびに幸せな気分になった。

 二人はイチゴのかき氷を手にしながら、賑やかな屋台を見て回る。

 射的の音や金魚すくいの水音が、祭りの喧騒に混じって聞こえてくる。子供たちの笑い声やカップルたちの話し声も聞こえる中、浴衣姿の少女達が目の前を横切っていくのが見えた。

 光希は、その内の一人の少女に目が釘付けになった。彼の視線は少女の後ろ姿を追っていた。少女は艶やかな黒髪をしており、うなじからは色香を感じさせるような色気があった。

 光希の視線に気づいたのか、少女がこちらを振り返った瞬間、お互いを認識した。

「佐京?」

 と少女は言う。

 光希は少女にどうして姓を呼ばれたのか分からなく、少女の顔をよく見る。自分の記憶にある顔と名前が一致した時、彼女がクラスメイトであることに気づいた。

「安さん」

 そこまで考えたところで、安理沙子はフッと笑みを浮かべた。

 理沙子は浴衣を着ていた。

 鮮やかな赤い浴衣。浴衣には細かい花柄があしらわれており、帯は金色で刺繍が施されているものだった。髪はアップスタイルにまとめられており、耳には小さなピアスを着けている。

 普段の彼女とは異なる大人びた雰囲気に、光希は思わず驚いた。

 身長は高く、スタイルが良く顔も整っているため、美少女と言って差し支えなかった。

 ただし、目つきが悪い。

 つり上がった大きな瞳は、どこか攻撃的な雰囲気を漂わせていて、睨まれると少し怖い印象を受けるかもしれない。

 しかし、整った顔立ちをしていることは確かだ。

 彼女はクラスの中でも目立つ存在であり、女子のリーダー格でもある。

「何してるのよ、こんな所で」

 理沙子は、いつものように不遜な態度で言った。

 だが、その声はどこか普段より柔らかい感じがした。もしかしたら、彼女もお祭りを楽しんでいるのかもしれないと思った。

「何って、祭りを楽しんでいるんだろ」

 風樹が答えた言葉に、理沙子は少し呆れたような表情を浮かべる。それから彼は、手に持ったカップに入ったカキ氷を見せた。それを見た途端、彼女の表情が変わるのが分かった。眉間にシワを寄せ、不機嫌そうに顔をしかめる。

「二人共ガキね。高学年になってもイチゴだなんて」

 理沙子は二人が手にしているカキ氷を見て鼻で笑った。どうやら、イチゴ味のかき氷がお気に召さなかったらしい。その態度から、明らかに見下したような雰囲気が伝わってくる。

「イチゴのかき氷は美味しいよ」

 光希は反論するように言った。実際、イチゴのかき氷はとても美味しかったので、それを否定されるようなことは言って欲しくなかったのだ。

「別にイチゴが悪いなんて思わないわ。ただ、男二人が人前でイチゴ味のカキ氷を食べているのは滑稽だと思っただけ。もうちょっと高学年らしくしたらどうなの?」

 理沙子の言葉は容赦がなかった。

 するとそこに、優しいピンクの浴衣を着た少女が追いかけるようにして来た。

 両手には、ブルーハワイ味の、かき氷を手にしていた。

 小柄ではあるが胸は大きく、手足は長い。

 モデルのような体型をしているのが一目で分かるほど綺麗な少女だった。肩にかかるくらいの髪を後ろで一つに纏めており、前髪をヘアピンで留めているのが可愛らしい。

 可愛らしい顔をしているのだが、表情はいつも気怠げだ。

 名前を小西真美という。

「待ってよ理沙子。歩くの早すぎだよ~」

 息を切らしながら、理沙子に追いつくようにしてやって来ると、彼女は光希たちの方に視線を向けた。

「あら。佐京君に木村君じゃない? こんなところで会うとは思わなかったなぁ」

 と真美は微笑みながら話しかけてくる。

 そんな彼女に光希たちも挨拶を返す。

 風樹と光希たちは同じ小学校に通うクラスメイトで、特に親しい友人同士でもあったのだ。だからこうして偶然出会ったことに驚きつつも喜んでいた。

 そんな彼らの様子を横目で見ていた理沙子が口を開く。

「私は早くないわよ。真美が遅いのよ」

 と冷たく言い放った。

 だが、理沙子の性格を知っている二人は、いつものことなので気にしなかった。

「もう。それより、かき氷。早く食べないと溶けちゃうわよ」

 真美はそう言うと、手に持っていた二つのかき氷の一つを理沙子に手渡した。

 受け取った理沙子は、そのまま食べ始めるかと思いきや、何かを考えるような素振りを見せてから、光希達にこう告げた。

「私達はブルーハワイよ。高学年なら、こういうオシャレなやつを選ぶべきでしょ?」

 その言葉に風樹は苦笑いした。

「ブルーハワイって、名前は小洒落てるけど、ようはソーダ味だろ?」

 とツッコミを入れるが、それに対して理沙子はフンッと鼻を鳴らして一蹴してしまうのだった。

 すると真美が間に入る。

「そうでもないわよ。かき氷シロップは明確に食べ物の味の名前があるから、味のイメージが分かるけど、ブルーハワイ味は、これっていう定義がないの」

 その説明に、光希と風樹は驚く。

「どういうこと?」

 光希の問に、理沙子が答える。

「メーカーによって味が異なるの。系統としては、ソーダ系とフルーツ系があるのよ。その誕生は実は謎で、いつ誰が作ったものなのか、詳しいことは分かっていないの」

 理沙子の説明を聞いていた風樹は感心するように頷く。

「でも、どうしてブルーハワイって名前なんだ?」

 その問いに答えたのは真美の方であった。

「色んな説があるの。1964年に海外渡航が自由化されたことで訪れたハワイブームから名づけられたという説や、ハワイの青い海や空の色から命名されたという説。

 なかでも有力とされているのは、カクテルの「ブルーハワイ」が由来となっているという説よ。これは、1980年代のハワイで、グラスを派手に飾りつけるカクテルが流行った時に生まれたといわれているものよ。これになぞらえて、かき氷の青いシロップも、ブルーハワイと呼ばれるようになったって言われいるの」

 シロップのネーミングにセンスの良さは、大人という雰囲気があり理沙子は得意気になる。

「どう。ブルーハワイって素敵でしょう!」

 自信満々といった様子で言う彼女に、風樹が呆れた顔をする。

(ブルーハワイ味の歴史は分かったけど、別にイチゴ味を食べてる俺達を否定しなくても良くないか)

 そう思っていると、理沙子はブルーハワイ味のかき氷を口にする。

 その瞬間、彼女の表情が一気に明るくなる。

 本当に美味しそうにしていることから、見栄や虚勢ではなく本心から言っていることが分かる。

「やっぱり、かき氷はブルーハワイよね。見た目も涼しげで爽やかな青が夏にぴったりだと思うわ。それに、この色鮮やかさがいいわよね。まるで宝石みたい」

 嬉々として語る彼女に対し、光希は思わず微笑んでしまう。普段はクールな感じなのに、かき氷のことを語る彼女は子供のように無邪気だったからだ。

「安さんが、どんなにブルーハワイが好きなのか分かったよ。でも、イチゴ味だって美味しいと思うよ」

 そう言って、光希は自分の持っているカキ氷を一口食べる。

 口の中に広がるイチゴの香りと甘みに満足しながら飲み込むと、理沙子はジト目でこちらを見ていたことに気づく。

「何よ佐京。私にケンカ売ってるわけ?」

 そう言う彼女の顔には笑みがあったものの、どこか迫力を感じさせるものがあった。どうやら、自分の好きな物を馬鹿にされたと思ったらしい。

「いや。僕は別に、そういう訳じゃないけど。僕はイチゴ味が好きなんだ」

 光希は慌てて弁解するが、理沙子は納得していない様子だった。

「だったら、味比べしてみる?」

 理沙子は挑戦的な目つきをして、光希に言い放った。

「味比べ?」

「そうよ。お互いのカキ氷を一口ずつ交換して、本当にどっちが美味しいか決めるの」

 理沙子の提案に、光希は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。

「……いいよ。やってみよう」

 そうして、一口ずつ味わうことになった。

 まずは光希が理沙子のブルーハワイにスプーンを入れ、一口食べる。ブルーハワイの爽やかな甘みと微かな酸味が口に広がり、思わず頷く。

「うん、美味しいね。でも、やっぱり僕はイチゴが好きだな」

 次に、理沙子が光希のイチゴ味のかき氷にスプーンを入れ、一口食べる。イチゴの甘酸っぱい味わいが口に広がり、彼女も頷く。

「うん、美味しい。でも、ブルーハワイの方が爽やかで夏にぴったりだと思うわ」

「それは分かるけど、イチゴの甘さも捨てがたいよ」

「甘さだけじゃなくて、見た目の涼しげな感じも大事なのよ」

 そんなやりとりをしながら、お互いに意見が合わない二人を見て、風樹は呆れてしまう。

 二人の意見は対立したままだった。

 それを見ていた風樹が、間に入る。

「ちょっと待ってよ、二人とも。どっちも美味しいんだから、そんなに熱くなることないじゃないか」

 しかし、理沙子は引き下がらなかった。

「木村、あんたもちゃんと自分の意見を言いなさいよ。どっちが美味しいと思う?」

 風樹は困惑しつつ、理沙子から差し出されたブルーハワイのかき氷にスプーンを入れる。そしてそれを口に入れると、舌の上でゆっくりと溶かすようにして味わった。

 口の中に広がる清涼感溢れる味わいに感心しながら、風樹は感想を言う。

「ブルーハワイも、美味しいな。でも、やっぱり俺はイチゴだな」

 その結果、理沙子を怒らせることになってしまった。

「真美。あんたは、どうなの。ブルーハワイとイチゴ、どっちの味が好み?」

 問われた真美は困った表情を浮かべた後、こう答えた。

「味ね……」

 真美は呆れた顔で言った。

 そんな彼女の反応に対して、理沙子はムッとした表情になる。

 真美の態度から察するに、どちらでもいいと思っていることが伝わったからだ。だから理沙子は苛立ちを覚えてしまった。

「何よ真美。ブルーハワイを一緒に買ったのに、好きじゃないって言うの?」

 責めるような口調をする理沙子に、真美はため息を漏らす。

「理沙子も佐京君も、木村君も、驚かないで聞いてくれる。私ね、かき氷のシロップについて重大なことを知っているの……」

 それを聞いた三人は不思議そうに首を傾げるのだった。

「重要なことって……?」

 光希は、真美の様子を見ながら尋ねる。すると真美は少しもったいぶった様子を見せた後、こう言った。

 真美はゆっくりと口を開いた。

 その内容に、一同は呼吸を忘れてしまうほど驚愕することになる。


 ◆


 理沙子は自分の鼻を摘み、目を閉じたまま、かき氷を食べさせてもらっていた。

 甘さと冷たさが口の中に広がる。

 それを二口食べてから、目を開けると目の前にスプーンを手にした真美がおり、それから光希と風樹が居た。

「理沙子。最初に口にしたのと、後に口にしたの。どっちが、ブルーハワイだと思う?」

 真美の質問に、理沙子は逡巡する。

 今したことは、単なる味比べだ。

 目を閉じ視覚を封じ、鼻を摘むことで嗅覚を封じた。

 つまり、純粋に舌だけで感じる味覚だけで勝負を行ったのだ。

 だが結果は……どちらも同じくらいに美味しく感じた。どちらが上か下かなど決めようがないように思われた。

 だが、ブルーハワイが一番、美味しいと自称する理沙子にとって、当てなければ立つ瀬がない。

(私が一番好きな味なんだから、答えは一つしかないわ)

 理沙子は、そう考えつつも確信がない。自分の直感を信じることにして、恐る恐る口を開く。

「最初に食べた方がブルーハワイよ」

 その答えを聞いた瞬間、光希と風樹は目を丸くし顔を見合わせる。

 二人が驚いている。

 つまりは、正解だ。

 理沙子は確信する。

 そうだ、自分が間違えるハズがないのだ。

 すると真美が言った。

「理沙子がさっき口にした、かき氷だけど……。両方ともイチゴよ」

 そう言われた瞬間、理沙子は凍り付いたかのように固まった。

「え!?」

 そんなはずはないと思いながらも、理沙子は思い出す。確かに自分は最初の一口を口にした時、ブルーハワイの味を感じたはずだと思い返す。

 それなのになぜ……?

 混乱する頭で必死に考えているうちに、真美が言ったことを思い出す。

「じゃあ、真美が言ったことは本当なの……」

 呆然としながら呟く理沙子に、光希が優しく声をかける。

「……残念というか。事実だね。僕達、凄く不毛な争いをしていたんだよ」

 光希は穏やかな表情で微笑みつつ言う。彼の笑顔を見ると安心すると同時に胸が高鳴るのを感じたが、今はそれどころではないので意識しないように努めた。

「まさか。かき氷のシロップが全部同じ味だったなんてな……」

 風樹は、手にしているイチゴのかき氷を見ながら驚いていた。


【かき氷のシロップはどれも同じ味】

 氷用シロップの原材料は一般的な製品の場合、原材料は大体「果糖ぶどう糖液糖、香料、酸味料、着色料」の4つとなっている。

 果糖ぶどう糖液糖は、液体の砂糖のようなもの。酸味料はフルーツ系の酸味を感じさせるために使用されているが、すべての味に同じものが使われている。

 つまり、かき氷のシロップの味を決めているのは、香料と着色料で、かき氷のシロップは、香り(香料)と色(着色料)で違いを楽しんでいるだけで、味そのものは実はどれも同じとなっている。


「詐欺よ……」

 理沙子は愕然としていた。

 彼女にとって、今まで信じてきた価値観が崩れ去るような出来事だったからだ。その事実がありながら本気で味比べを行っていたのだから、余計にショックが大きいのだろう。

「まあまあ。結論としては、かき氷はどれも美味しいって、ことで良いんじゃないかな」

 光希は、屈託のない笑顔で理沙子を宥めるように言った。

 そんな彼の様子に心惹かれながらも、理沙子は不満げな表情を浮かべていたものの、最終的には納得したようだった。

 突然、夜空に大きな音が響き渡った。

 夏祭り会場に居た全ての人々の注目が、夜空に集まる。

 最初の花火が音もなく広がり、鮮やかな赤い花びらがパッと咲いた。まるで大輪の花が夜空に咲き誇るかのように、その光はしばしば消えることなく、瞬く間に夜の闇を明るく照らした。

 次々と打ち上がる花火は、様々な色と形を織り成し、まるで魔法のような光景を創り出していく。青や緑、紫や金色の花火が次々に咲き誇り、ひとつひとつが異なる模様を描きながら夜空に広がる。連続して打ち上がる花火の音が胸に響き、観客たちの歓声が周囲に広がった。

 大きな輪を描く花火、星屑のように散りゆく花火、波打つように広がる花火。それぞれの花火が独自の美しさを持ち、夜空に一瞬の輝きを刻みつける。色とりどりの光が次々と交差し、まるで夜空に絵を描くように、その輝きは人々の目を奪った。

 光希、風樹、理沙子、真美の四人も、ただその美しさに見とれる。

 花火の光が彼らの顔を照らし、四人の瞳にはその輝きが映り込んでいた。

 光希はふと理沙子の横顔を見つめ、彼女の瞳に映る花火の輝きを感じた。

「こうして、みんなで花火を見られて良かった」

 と光希が言うと、風樹は応じる。

「そうだな、今日のことも忘れられない思い出になるな」

 と笑った。

 理沙子は頷き同意する。

「うん、みんなと一緒にいられて本当に楽しい」

 花火の音が一段と大きくなり、空には大輪が咲き誇った。色とりどりの光が四人の顔を照らし、彼らはその瞬間を心に刻んだ。

「これからも、こうしてみんなで集まろうね」

 と真美が言うと、三人は頷き、微笑み合った。

 最後の花火が夜空に打ち上がり、金色の光が無数の星屑のように散りゆく。その眩い光が四人の顔を明るく照らし、彼らの友情と夏の終わりを象徴するように光り輝いていた。

 そして、その一瞬の美しさが、彼らの心に深く刻まれたのだった。

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