第1話 ただちに告白せよ!

 

 一夜が明けた。

 登城し、王に再び謁見する。




「ちこう寄れ」


「はっ!」


 王の声が聞こえた。

 玉座の後ろまで伸びている紅い絨毯が繫栄の象徴だろうか。

 初めて歩いた頃はみっともなく転ばないか心配だった。

 足運びも貴族の様に今では慣れたものだ。

 寄ってひざまずくと側近の衛兵が近くに来た。

 すっと差し出されたのは……。



「が、学生証……。ボクは学園に通うのですか?」


「そうだ──5歳で旅立ち、いま17歳のそなた。じつに12年、人並みに生きた試しのない不憫ふびんなそなたをワシは学園に送り出したいのだ」


「いまさら学校に通わなくても、社会では生きて行けますし……」


「なにも学問に打ち込めというのではない。ただの少年おとこにもどり恋花のひとつでも咲かせよ……と言いたいのだ」



 ボクは身寄りのない天涯孤独の者だった。

 強くなる以外に認められる道理を知らなかったのだ。

 勇者の道を歩んだのは自分のためだったのに。


 王様はいつまでも本当の父親のように見守ってくださるのだ。

 貴方様こそご自愛ください。

 公務とは激務の連続だ。

 姫も王子もご立派になられて、手も掛からなくなった。


 その尊い老後の時間をボクのためではなく、妃のために使われるべきです。


 ボクははじめて王様に物申す。



「ボクに学園生など不釣り合いです……」



 平和のためといえ、物を拾いあさり、悪人といえ、奪い倒す。

 魔物といえ、皮をはぎ肉を取り、売りさばいてきた。


 

「……泥にまみれ血に染まったこの手、この身体で、無垢なる者たちの前にけと申されるのはあまりに残酷にございます王様……」


「これ、自己卑下は許さぬ!」



 はっ!

 王様の凛々しい眼光が心に刺さり、己の発言を恥じる。

 咄嗟に口を閉ざし、一歩後退し目を伏せた。



「世界の勇者をさげすむことは、勇者であっても慎まなければならぬ」



 うつむいたまま。

 顔を上げて王様の目を見るのがすこし怖いのだ。



「ですが。学園に生きる道など……なにも」


「いまも言うた。恋に生きよとな! 2学年の『草組グラス』に配属だ。そこにはお前と同様に恋などに無縁の乙女が一人おるから、思い切って告白をしてくるのだ!」


「こ、告白でございますか……ボクが……このボクが……女子おなごなどに」



 いったいなぜ。

 どうして勇者のボクがそんな冴えない「おなご」に勇気を示さにゃならんのだ。



「名はシャンティ。おてんばを決め込んでおるが、身寄りのなかった子だ。誰かを愛する勇気を与えてやってくれぬか?」



 ボクが成った勇者は冒険をする勇気だ。

 死傷をかえりみず人類の平穏生活のために挑む勇気だ。

 剣を握り、盾を構え、死力を尽くし魔力を魔物に向けるそんな勇気だ。


 旅立ちの日より夢に描くことを許されるのは魔軍討伐のみ。

 そのような経験しかないボクなのに。

 他者に人の愛を享受してやれとか、王様は何をお考えなのか。



「お前を勇者にしてやったのはワシだ」

「もちろんでございます、王様!」


「今度はお前がシャンティを勇気ある者に代えるのだ、よいな!」

「……は、はっ!」

「この世には隠れキャラと呼ばれる噂だけの日陰の存在がいる」



 日陰の存在……。

 どこかに居たような気もするが知らん。



「陰ながら人々の心の支えになる者のことだ」

「そのような素晴らしい方が王様のお傍にはおられるのですね?」



 頼もしい限りですね。

 王の御前では言葉が出てこない。

 気軽にしてよい相手ではないからだ。


 ボクを頼る王様は魔王軍の排除のため。 

 それが国の政を成す人の責務。

 多くの犠牲の上にあるのが国家というもの。

 よい働きをする者にはよい待遇がある。

 お声掛かりは名誉であるのだ。



「お前は勇者になるため様々な出会いをしたはずだ。そうしてお前は光に当たってきたがお前を陰で支えてきたのは世界の街の者たちだ!」



 話を聞いてくれない。

 どうやら決定事項のようだ。

 よいわけないけど、王様の言いつけだから行くしかない。

 行かねば勇者の資格をはく奪されかねない話の流れだ。



「魔王を討伐したお前には新たな役目があるのだ。何を隠そう──」



 ボクは勇者以外の肩書は持っていない。

 というよりそれ以外は必要ないし。



「世界の隠れキャラは歴代の勇者が努めて来たのだ! お前の使命はまだこれからだ」

 

 

 そうなってしまってはボクは生きていけない。

 えっ!

 王様はいま何ておっしゃいましたか?



「明日には登校し、シャンティを屋上へ呼び出し、ただちに告白せよ!」



 な、なんという事実をどのタイミングで告白なさるのですか王様!

 歴代の勇者たちもやってのけたのですね?

 その、恋に生きるという使命を果たしたのですね。



「王様……やるだけはやって見ますが。粗相があればいつでも学園生を解雇してください。よろしくお願いいたします!」



 それから王様は『勇者であることは命を賭して、内密にせよ』と付け加えた。

 勇者のボクに王様から新たな王命が下った。

 魔王軍の討伐命令とはあまりにもギャップがあり過ぎる任務だ。

 

 だが王様の言いつけだからやるしかない。

 胸にある思いは、ただそれだけだった。


 やるしかない。

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