DoreCullDarrQurri

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 終末の鐘、と呼ばれるものがある。


 それは今までに音色を響かせることをしなかった。幼いころから身近に存在していたものの、その存在について詳しい人間など一人もいなかった。


 それは私の幼さ故に知ることができないのかもしれないと、そう考えた。だからこそ、歳を経てから調べるに至ったが、それでも何一つとして情報が出てくることはなかった。


 誰が作ったのか、なぜ残されているのか、そしてあれは本当に音色を響かせることがあるのか。


 そのどれもが不明であり、その不気味さから人々はそれを終末の鐘と呼ぶ。そしてその鐘を忌むべき存在として遠ざけた。


 そんな鐘が、──終末の鐘の音が響く。


 終末の音。今まで聞こえることはなかった、世界が終わる音。その鐘の音が響き渡ることで、世の人々は確実な世界の終わりを実感することになった。





 鐘の音は止まることを知らなかった。おおよそ擬音では表現できないほどの轟音に耳をふさぎたくなる。それは世界の悲鳴を聞いているような気分にもさせた。


 ……いや、周囲の悲鳴に対して、私が感情を躍らせただけかもしれない。


 空の色は夕焼けのようなものだった。ようなもの、という表現を選んでいる時点で、それはおそらく夕焼けとは言い難いものだった。


 いつも見ている夕焼け空よりも赤く、暗い。雲は黒の一色だけに染まり、世界に穴が開いたようにひび割れた空が視界に入る。


 これが、世界の終末というものなのだろう。そんな色をしている。それを目にしても、私は大した恐怖を抱くことはなかった。


 人は誰しも恐怖を抱く。それは存在しないものかもしれないし、存在するものかもしれない。対象はどうであれ、確実に恐怖を抱いて死んでいく。例外など存在しない。


 人間は未知というものに恐怖を抱くものだ。その恐怖は終末の鐘にも映し出され、現在の空にさえ悲鳴をあげている。中には笑い声さえもまじっている。道化のように狂い続ける、人間の阿鼻叫喚とした地獄。そんな地獄を見ても、やはり私は恐怖を抱くことはなく、ただ世界が静かになることを願うだけだった。


 温度の高まりを感じた。暑いと感じていた空気は熱気に転じて、そうして額に雫が出来上がる。


 いよいよ時間はないのだろう。この世界は確実に終わるのだ。


 私は世界が終わるということに対して、別に恐怖を抱くことはない。


 もともと生きていれば死ぬ、というように、存在には終わりが定められている。運命づけられている。それから逃れることは神であってもできず、人々はそれに恐怖を抱くのだろう。


 それならば、怖くはない。


 受け入れればいいだけだ。あらゆるものは平等に終わる。それは世界の優しさであり、慈愛だ。それに恐怖を抱くのは傲慢であり、世界を見つめることができない愚か者がすることだろう。


 私は恐怖を抱かない。恐怖を抱かないように振る舞いを続ける。


 死、というものは未知である。未知であり、辿るべき道でもある。私はそんなくだらないことを思考の隅に片づける。


 人は死ぬ。それをいくら理解していても、死に到達しない限り、それはずっと未知でしかない。だからこそ、人はそんな未知を恐れ、逃れようとするのだろう。


 私は違う。未知は怖いものではない。既知であることのほうが怖いと思った。


 これから迎えるであろう暑さは、いつか暑さに変わっていく。それは痛みに転じて、その苦しみを身に焼くことが、私は怖い。痛みはよく知っているからこそ、私は既知を怖いと思ってしまう。


 だが、それだけだ。それだけでしかない。世界の人々ほどに恐怖を感じるということはしない。だから、私は悲鳴をあげるなどという愚かな行為をすることはないし、世界に対して笑い声を捧げてやることもしない。


 私は、この世界の終末を傍観する観測者になろうと、そう考えた。





 そうとなれば、と思いついてからの行動は早かった。響き続ける鐘の音、いつだって身近にあった終末の塔と呼ばれる場所を上り、そうして世界を見下げてやろうと、私は動くことにした。


 悲鳴の束が耳を刺激する。人々が逃げ惑う姿を貫いて、私は終末の鐘が鳴る方へと進んでいった。


 世界の温度が高くなるにつれて、世界はだんだんと明るくなっていく。視界さえ焼ききられてしまいそうなほどの眩しさ。その心地はいいものではなく、苦痛に身をよじりたくなる。


 雲は空に穴をあける。だが、その穴は熱の絆されて、音を立てて消えていく。そのうちに雲という穴さえも世界は失くして、何もかもが焼き尽くされるのだろう。


 終末はすぐそこにある。だから、急がなければいけない。


 塔にたどり着き、入り口をくぐった。長い階段に息を切らしながら、高くに存在する鐘のある場所へと歩みを進めていく。


 歩みを進めれば、悲鳴はだんだんと遠ざかる。代償と言わんばかりに、真上からは轟音のような鐘の音が響き渡っている。耳をふさぎたくなる衝動に襲われる。だが、そんなことをしている余裕はない。


 長い、永い、ながい階段。


 私はようやく上り詰めて、そうして世界の広がりを観測する。


 背後には終末の鐘。近くで聞こえるそれは耳を破壊する。地響きにさえ錯覚してしまう音。おぼつかない平衡感覚。立つことさえも億劫になるような、終末の鐘の、すぐそばで。


 太陽が近くにある。人々の悲鳴が聞こえてくる。合唱のような響きの重なり。心地よさはなく、ただ地獄だけが目の前に広がっている。


 鐘の音が止まることはなく、きっと最後のその時まで響き続けるのだろう。


 世界のすべてと終末の鐘。もう始まっている世界の終わりを実感する。


 私は、高まる温度に身を──。




 ──染めた。


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DoreCullDarrQurri @Hisagi1037

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