みんなわかっている
蓮谷渓介
みんなわかっている
「みんな私の性格わかっててくれて助かるわあ」
私は私の性格について理解ある人達に恵まれている、いや、私の人徳とでも言おうか。私は自分でも気分屋だと認識している。それでも皆は私を嫌うことなく、寧ろ仲良くしようとしてくる程だ。それは私と言う人間が魅力的だと言うことにならないか? そうに決まっている。
ある日部長に呼ばれた。
「部長、私は橋本君の指示通りやりました。そんなクレーム私の責任じゃありません」
客先から私の担当した案件でクレームが入ったらしい。今思い返せば、すこしアレンジを加えた気もするが言ってしまったものは取り返せない。このまま行こう。私なら、大丈夫。みんなわかってくれている。
「鈴木さあん、それヤバくないですか? ははは!」
「あ、あのう……高田さん、この前のクレームの事ですが……」
「は? すみませんがその件は私は無関係ですので」
「……」
「ま、まあまあ高田さん! あ、そう言えばあのお店ってさ……」
橋本のせいでせっかく私が作り上げた楽しい空気がぶち壊しだ。コイツにはそのうち指導してやらなくては。
「……」
今日は朝から頭痛がしてイライラする。
「クソっ!」
とついついデスクを叩いてしまった。結構大きな音が出てしまった。周りは気を遣ってかそっとしておいてくれている。今週は医者に行く週だ。薬を処方してもらおう。
「私は言ったよね? ちゃんと話し聞いといてくれないと!」
全く、今日は席替えするからデスク片付けといてって言ってたのに橋本は何もやってない。なんてヤツだろう。
「え? 部長から席替え中止を言われたって? 昨日の朝ミーティングで言ってた?」
朝ミーティングなんて携帯見てて聞いてなかった。誰も聞いてないだろ。
「話はちゃんと伝わんなきゃ意味無いでしょうが。伝わってるか確認した? まったく」
こんなヤツに仕事を任せて大丈夫だろうかと心配になる。
そんなこんなで定年まで勤め上げる事ができた。周りの人間は入れ代わり立ち代わり、色んな人が私の(いる)部署に来ては異動していった。そんな奴らは大体が根性の無いヤツばかりだった。
私の性格はキツいと自分でも自覚しているが、残っている皆は慕ってくれる。なんてったって
「みんなは私の性格をわかっててくれてるから……」
ニヤニヤしながら近づいてくる奴がいる。
「長い間お疲れ様でした」
橋本だ。こいつはずっと使えない奴だった。私の思惑とは違う事をしてきたのに何故か昇進し今では役員一歩手前だそうだ。
「ええと、最後にいいかな? 君の今までの態度なんだけど……」
今まで私が感じた不満を全て橋本に直接言ってやった。面倒な決まりを作ったり、連絡不足、私の話しを聞かない……。
「ふふ、わかってますよ。あなたの考えてることは」
「へえ、君が?」
「はい、あなたの行動パターンはこちらの想定した範囲内でした。ずっと」
「は?」
「では、こちらのビデオをご覧ください」
橋本はそう言うとテレビの電源を入れた。
「あ、あ。どうも高田君」
部長が画面に出た。なんだろうか。
「これを見ていると言うことは、順調に定年になったと言うことだと思う。これで実地検証のフェーズを終え、次フェーズへ移行することが出来る。おめでとう」
「次フェーズ?」
画面の部長は困惑する私を無視して話しを進める。まあ、録画だから仕方ない。
「私はもう死んでいることだろうと思う。予てからの段取り通り、息子のユウジが後を引き継ぎ解析を行うこととなる。ここまで長い年月よく耐え抜いた。改めておめでとう、ユウジ」
「ユウジ?」
「私です」
「橋本君が? 部長と親子? 歳離れすぎじゃない?」
「まぁアレです。俗に言う試験管ベビーとか、デザイナーベビーとか、そういうヤツです」
「そ、そうなんだ」
「私達はそのデザイナーベビー産業発展の為に活動しておりまして……」
「商社のサラリーマンでしょうが」
「それは表向き、というかあなた向けの設定です」
「なにそれ」
「高田さん、あなたは実証実験の実験体、サンプルNo.0037なのです」
「ゼロゼロ……なに?」
「我が子を
「なにを言ってる?」
「そこから長い実証実験が始まりました。我が社が把握しているマイナス因子の全てを組み合わせ調整した千体のサンプルが作成され、それぞれが親役の研究員と共に暮らすこととなったのです」
「……」
「あなたはその中の一体、最低な性格に整えられた個体として研究員を親とし、研究員を教師とし、研究員を上司、同僚として今日まで生きてきたのです。それこそあなたの思っていた通り、皆あなたのことをわかっていたのです」
「そんなバカな」
「生まれてからの成長データを収集する、それも通常の人と同じ時間をかけて成長させる長大な実験です。しかし実験中、私生活部分で接する人達は殆どが何も知らない一般人でした。その中であなたの性格がどう変化するかも調査の対象でしたが……変化すること無く、まぁ最低なままでしたね。誰からも好かれることなく一生を終えることも想定内ですが、悲しいものですね」
「ま、待て。一生を終えるってどう言う……」
「これから次フェーズへ移行するに伴ってあなたの生命活動は停止されます。そして脳を取り出しその組織を試験用に切り分け組成解析を行います。肉体は残っても仕方ないので何かしらのタンパク源として活用されるでしょう」
「待って、そんな聞いてない」
「あなたには知る必要の無いことですし知った所で何も出来ないですが。そもそもあなたの所有権は我が社にあるのです。あたなの意思も含めです」
「じゃ、私の意思を汲み取ってくれるんでしょう?!」
「いえ、あなたの意思も研究サンプルの一つ、ただのデータとして処理されます」
「そんな……」
「むしろ喜んでください。私達はもっとあなたを知ることが出来るのですから」
「まって! まって! まって……」
月日が流れ……
「あれは金と時間をかけたが、ただ嫌な奴を大量生産しただけだったな……」
ロッキングチェアに揺られ遠い目をしている老人。
「まぁ、その言い訳にでっち上げた独裁者プランが各国に受けるとは思わなかったなあ」
テレビからニュースが流れる。
「またも某国が挑発的な軍事行動を開始し、それに対してA国国防省、及びN国……」
「独裁者も大変だ。なんせ性格をよく知ってる奴が敵国なんだからな」
老人はそのまま眠りについた。
みんなわかっている 蓮谷渓介 @plyfld
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