8 黒猫、語る
「父さんってさ、元々変な人だったけど……」
「え、そんなことないですよー」と、桜は早速話の腰を折ってしまう。それも大分喰い気味に。
――夜宵の父、蒼夜そうやは夜宵以上にオカルトに詳しく、また狂信的めいたものを心の内に持っていた。
のだが、桜にとって彼はとても親切で思いやりがあってユーモアのある茶目っ気あるおじさんだった。
「あ、……ごめんなさい。これじゃ何も話せませんね」
「いいよ、変だけど、そのまぁ……優しいのも事実だし」
自分の父親を素直に褒めるのは恥ずかしいのだろう。はにかんだように夜宵は言った。
「……年明けた頃だったかな。おかしなことを言うようになったんだ」
今にして思えばそれはおかしなことではなかったかもしれないと、夜宵は付け加える。
「近いうちに鬼が出るようになるから、人気のない場所には近づかないようにとか、絶対1人になるなって……」
「いつもの冗談とかではなく……?」
蒼夜は夜宵の父なだけあって、その手の怪談話をまるで本当にあったかのように語って聞かせる話術を持っていた。雰囲気を作るのが上手いとでも言おうか。普段の仕事がオカルト雑誌の記者だったのもあるのだろうが、それにしてもだ。
――これは以前、とある神社で私が実際に経験した話なんだがね。
しゃっとカーテンを閉めてからの古典的な語り、思わずぞっとするような身の毛のよだつような怪異は、ちんけな肝試しよりよほど恐ろしく、魂に刻み付けられる。夜宵や桜がまだ小学生の頃だ。蒼夜は夏になると地域のイベントでよく怪談話を子ども達に聞かせていた。
「違う。親戚まで呼んで大真面目……なんだろう、演技とか一切ない、本気で話をしてた」
その様子が桜には上手く想像がつかなかった。けれど、蒼夜の話は今思い返してみると、「面白い」とか「怖かった」という感想こそ当時言われていたが「ほんとうのこと」だと思っていた子はあまりいなかった気がする。あくまでも作り話として皆楽しんでいたのだと思う。
(私はしばらく夜一人で眠れないくらい怖かったし、信じちゃったけど……)
当の本人はどんな気持ちで話をしていたんだろうか。
「まぁでも、親戚のおじさんおばさん、爺っちゃん、婆ちゃんは……まぁ信じなかったんだよね、当然だけど。それでも色々話したんだ父さんはね。『鬼』は人を攫ってこことは違う世界に連れて行って、自分の仲間を増やすんだと」
そんな話をしたせいだろう。親戚からは狂人扱いされ、夜宵や下の弟、妹達の保護者としての能力さえ危ぶまれ、祖父母が子供達の面倒を見ようと言い出したりした。
「父さんの事、散々に言われたんだ。まぁ、父さんも父さんでなんで『鬼』が出るのを知っているのかとか、一切説明しないもんだからしょうがないんだけど」
「……夜宵ちゃんのお父さんは、こんな世界になること知ってたってことですか?」
蒼夜の話は『現陰陽寮』の老人から聞いた話と合致する。彼は何故そんなことを知っていたのか?
「だとしたらだよ、なんで父さんはそんなことを知ってたんだろうってなるよね……でも、それは絶対話してくれなかったんだ」
夜宵の瞳は虚空を見つめていた。
「それからかな、過保護なくらいにボクらの事心配してさ……門限を少しでも破ったら取り乱して怒鳴るようになったり、しまいには外に遊びに行くのだって制限するようになったりしちゃって」
夜宵の下には2歳離れた弟が1人、10歳位離れた双子の妹達がいる。当時それぞれ中学生、小学生に上がったばかりの弟妹達は特に窮屈に感じたことだろう。
「その時のボクは……正直な所半信半疑だったんだけどさ、学校以外で家の外とかあんまり出ることも無かったし、というか出たいとか思わなかったから丁度よかったんだけど」
1月といえば、受験の時期だったのもあるだろうが……、何よりも夜宵にとって学校は地獄のような場所だった筈だ。
(まさかお家でもそんなことがあったなんて)
どんな気持ちでいたんだろうか――夜宵のことだから、済ました顔で平気そうな振りをしていたに違いない。
「……それから三ヶ月くらい、音沙汰無かったんだけどさ、ついこの前か……4月1日に事件が起きたんだよ」
桜もニュースで見た。世界中で人間が大勢突如として失踪してしまったという事件。
――まさか夜宵ちゃんのお父さんも巻き込まれていたなんて。
「その日、父さんはボク達に何も言わずに家を出て行ったんだ――ボクはすぐ気づいて……なんでだろうね、もう父さんに会えないような気がして、後を追ったんだ」
豆知識
沖 蒼夜
夜宵の父。妻(小春子)に先立たれ(夜宵が12の頃)てしまい、男で一つで4人姉弟を育てることになる。胡麻団子が好き。
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