【44】真名

 その夜、レイにフルコースをご馳走して財布の中身がすっからかんになった俺は、疲れを取るために共同浴場で汗を流し、ゆっくりと湯船に浸かった。


 大銀貨四枚は痛い。しかしまだ罰ゲームは半分終わっただけだ。

 レイの次に待っているのは、ロザリーだ。いったいどんな命令をされるのだろうか。


 部屋の扉を開けると、ロザリーの姿があった。

 ロザリーも共同浴場に行っていたが、既に部屋に戻っていたようだ。


「おかえりなさい」

「ああ、ただいま」


 互いに声をかけ合い、俺は椅子に腰掛ける。


「木の実拾いは初めてだったが、なかなか楽しめたな」


 罰ゲームはともかく、木の実拾い自体は満足できる内容だった。

 とはいえ、俺たちは冒険者だ。明日以降は魔物狩りを再開することになるだろう。


 幾つかの話題を口にして、暫し時間が過ぎた頃。


「ところで、ロザリーは何をしてほしいんだ」


 俺は罰ゲームの命令を聞いてみることにした。

 レイの命令はフルコースだったが、ロザリーは同じものを頼まなかった。欲しい魔道具や消耗品を買うことになるのだろうか。すると、


「……別に、本気になんてしていないわ」


 そんなこともあったかと言いたげな表情で、ロザリーが答える。


「そうなのか? でも、レイにはフルコースを振る舞ったし……ロザリーも何か思いついたら気軽に言ってくれ」


 まあ、無いなら無い方が俺としては有り難い。

 室内を照らす魔法の灯りを消して、ロザリーと俺はそれぞれのベッドで横になる。


 と、そのときだった。


「……どんな命令でもいいの?」


 ぽつりと声が響いた。

 それはもちろん、ロザリーの声だ。


「ああ、俺にできることならな」

「そう、それなら……」


 罰ゲームの内容を考えているのだろう。真っ暗になった室内に、暫く沈黙が流れる。

 それからすぐ、再びロザリーが口を開いた。


「いつでもいいから、約束を果たして」

「……約束?」


 何の話だろうか。

 ロザリーと約束を交わしたことはないはずだが……。


「こっちの話よ」

「お、おい……」

「おやすみなさい、リジン・エイジェーチ」

「……おやすみ、ロザリー」


 名を呼ばれて思い出す。

 そう言えば、ロザリーは俺の名前を初めから知っていた。


 どうしてだ?


 いや、調べれば分かることだが、それにしたっておかしい。

 過去に何度かモルサル街ですれ違うことはあったかもしれないが、ロザリーが知ることのできるのは、リジン・ジョレイドの名前だけのはずだ。


 ――リジン・ジョレイド。それが俺の真名だ。

 しかし、ロザリーは今、俺のことをリジン・エイジェーチと呼んだ。


 その名は俺が冒険者になるときに捨てたものだ。つまり、十年以上前の名前になる。

 冒険者になってからというもの、一度も口にしたことはないし、その名を知る人物に会ったことはない。

 それを何故、ロザリーが知っているのか。


 問い質すか、否か。

 わざわざその名を口にするということは、ロザリーは何かを知って欲しいのではないだろうか?


 試行を巡らせるも、何も浮かばない。

 その間、ロザリーは何も言わない。おやすみを言ったのだから当然だ。


 そして結局、その夜は何も聞くことができずに眠りにつくことになった。

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