第31話 サブクエスト〜魅惑のサクサク〜

冬のある日。


俺は、有り余る金で購入した本を、大きい暖炉がある冒険者ギルドで読んでいた。


本は、この世界の娯楽本から、魔導書、論文まで幅広く読んでいる。


何だかんだで、この世界に来てからまだ半年と少し。


知らないことは山ほどあるのだ。


本屋を開いていたくらいには本が好きだし、この世界についても学びたいので、様々なジャンルの本を乱読していた。


え?図書館?


こんな田舎街に図書館なんてある訳ないだろ。察しろ。


……でもまあ、何読んでも、この世界の設定資料集と感じられるので、楽しくはある。


俺は、プレイしたTRPGの公式が出している小説は大抵読んでいる。むしろ、GMをする時などは、それらの公式小説は、世界観を把握するために読んだ方が良いだろう。




昼頃、丁度、日雇いの警邏を済ませたアデリーンとヴィクトリアが戻って来たので、それを迎え入れる。


「どうだった?」


「特に何も」


「私の方も、事件は起きませんでした」


「そうか、じゃあ、飯にするか」


俺はそう言って、ギルドの調理場に入っていった。


……そう、ギルドの飯があまり旨くないので、調理場を借りて俺が料理しているのだ。

 

今日なんて暇過ぎてうどん打っちゃった。


単なるうどんでは寂しいので、野菜のかき揚げを乗せよう。


コシが強めの讃岐うどんに、海老と野菜のかき揚げと卵焼き、ネギを乗せる。かまぼこは流石にめんどくさくて無理だった。寒いから、隠し味にすりおろした生姜を入れている。


付け合わせにきゅうりの一夜干しと、かぼちゃの甘煮をつける。


きゅうりの一夜干しは唐辛子でピリ辛に、かぼちゃの甘煮は砂糖多めでじっくりとろ火で煮込みねっとりと。


いやー、暇だったからね。


余らせても《宝物庫》にしまっておけば良いし。


あ、そうか。


なら、今の暇なうちに、手間がかかる料理を仕込んでおくか。


パン生地とか、ハンバーグの種とか。


明日から料理生活の始まりだー。


……にしても、シバの知識やべーな。


俺本人はそこそこ程度にしか料理を作らないのに、シバの知識には、ピザの焼き方からフランス料理の技法まで、様々な知識が入ってる。


怖……。


「何これ?」


アデリーンに聞かれたので、スープ麺と答える。


「因みに、啜って良いタイプの麺だぞ」


「あ、東方麺なのね。それにしては太いけど」


ふむ?


東方にはうどんみたいなタイプの麺があるのか?


「まあ食ってみろ、駄目そうなら残して良いぞ」


「ええ、いただくわ」「いただきます」


味は……、うわ!シバめ!俺より料理が上手いじゃねーか!


完全に目分量で作ってこれな訳だから……、うわー、やっぱり、半神の器用さと感覚の鋭さには敵わんなあ。


負けた気分だ。


けど、美味いに越したことはないので許す。


「んー!美味しいわ!外は寒かったから、温かい料理は嬉しいわねー」


「美味しいです!」


あ、良かった。


アデリーンは割となんでも食うことは分かっていたが、ヴィクトリアがよく分からんかったんだよな。


でも、ヴィクトリアも、孤児の流れ者生活を一年くらいしてた訳だから、美味けりゃなんでも良いっぽい。


うーん、サクサクのかき揚げが旨い。


「わ、このカボチャ、甘くて美味しいわ!お砂糖をたくさん使ってるわね?」


「こっちのピクルスもピリ辛で美味しいです!」


こんな感じで、冒険者ギルドのキッチンを占拠して、料理をするって日常がしばらく続いた……。




そんな冬のある日。


知り合いの冒険者夫婦が、冒険者ギルドで料理をする俺に話しかけてきた……。


「ちょっと良いかい?」


「何だ?」


気安く話しかけてきたこいつはチェリオ。


六級の軽戦士(フェンサー)だ。


この世界では、レベルとかステータスとかそういうのを数値で表せる道具や技能はないが、俺の見立てでは、こいつは軽戦士(フェンサー)レベル5、野伏(レンジャー)レベル4ってところだ。


完全に俺の偏見というか私見だが、冒険者等級というのは、TRPGで言うレベルのようなものだと思える。


十級ならレベル1、一級ならレベル10って感じだと勝手に考えている。特級ならレベル10以上だ。


とは言え、まだ一級の冒険者に会っておらず、サンプルが揃ってないので確実にそうとは言えないのだが。


だがまあ、冒険者等級と対になる、モンスターの危険度等級などから考えると、俺のレベル判定法も強ち間違ってないのではと愚考する次第です。


さてさて、そんなチェリオは、軽戦士らしい絞られた細身の身体に、垂れ目がちで優しげな顔をした男。


背中にショートスピアを背負い、鋼の小盾(バックラー)を装備し、予備として刺突短剣(スティレット)も腰に吊るしている。


野伏として活動するために、音の出ないハードレザーの鎧に、鉄板を仕込んだソフトレザーの手甲とブーツを着込んだ、三十代半ばほどのベテランだ。


革装備と言えども、その素材はこの辺りでは最強クラスのモンスターである殺人熊(マーダーベア)の革でできているものなので、結構な防御力がある。TRPG的に表すと、ハードレザーアーマー+1(高品質)ってことだろう。


共に活動した感じでは、野伏の隠密技能で森に紛れ、油断しているモンスターに奇襲を仕掛けるのが得意な感じだった。


奇襲が途中でバレればショートスピアを投擲して、スティレットでインファイトを仕掛けるなど、判断力に優れている。


軽戦士としては、このボロネスカではトップクラスの腕前で、レベル2ファイターに相当するであろう通常のゴブリン程度なら、一人で一度に四体は相手できるであろう腕利きだ。


キャラクター的には、『軽薄そうな腕利き』というテンプレキャラだが、それが実にいい。


「チェリオ!他人の作業中に声かけるんじゃないよ!ったく、アンタはいつもそうなんだから……。ああ、悪いね、シバ。後で話があるから、終わってら来ておくれ!」


そう言って、チェリオを引っ張って行ったのは、チェリオの妻のヤンネだ。


チェリオと同じ六級で、能力的には魔術師(メイジ)レベル5と学者(スクーラー)レベル4ってところだろう。


赤毛を首の後ろで編んで一つにして、首の横から下げている。身体がほっそりとした女で、吊り目がちで気が強そう。そばかすがチャームポイント。


年齢も三十代前半ってところだし、守備範囲内であるが、俺は人妻には手を出さない。


黒革のローブを身に纏い、トネリコのワンドを持つ魔術師然とした女だ。


キャラクター的には、『ツンデレ』だな。ツンデレの魔術師とは実にベタだ。


ふむ……、とりあえず、料理を終わらせるか。


今日は豆腐を量産している。




終わった。


「で、何だ?」


チェリオに話しかけた。


「シバちゃんさ、料理できるんでしょ?なんか、面白い料理とかない?」


「は?」


何の話だいきなり?


「チェリオ〜、真面目に説明をしな!」


「いてっ」


チェリオは、隣に立つ嫁のヤンネから頭を叩かれて、説明を始める……。


「いやね、俺には兄貴がいてね。丁度、冒険者ギルドの隣にある宿屋の主人だったんだ」


ふむ。


「ところが、この冬、兄貴は風邪でぽっくり逝っちまった。まあ、昔から身体は弱かったし、さもありなんってね」


見えてきたぞ。


「もちろん、兄貴の子供もいるんだが、そいつはまだ十五歳。とてもじゃないが、一人で宿を切り盛りすることなんてできないよねぇ」


「つまりこういうことか?お前らは冒険者を引退して、宿屋で働く、と。宿屋で出す名物料理を考えろ、と。そう言いたいのか?」


「へへっ、ご名答!」


なるほどね。


「教えたいのは山々だが、この世界の食文化なんて知らないからな……」


「何とかならないかね?」


「と言うより、探し回れば色々見つかるんじゃないか?しばらく旅に出るとかしてみたらどうだ?」


「一応、若い頃に、冒険者の仕事として隣の隣にある街くらいまでは行ったことがあるな。けど、料理はあまり変わらなかったな」


ふーむ……。


「アデリーン、何か意見はないか?」


「うーん、そうね……。あ、この前の野菜のフリットなんてどうかしら?フリットは、かなり南方の臨海部の郷土料理なの。この辺ではあまり見ないから、丁度いいんじゃないかしら?」


フリット……、揚げ物か。


「っと……、それなんだが、この街で手に入る食材でできるものにしてくれないか?」


なるほど、そりゃ道理だ。


よし、ちょっとやってみるか。




「まず、肉なんだが、安くて済むようにクズ肉を使う」


肉屋で、肉の切れ端の詰め合わせを購入。


「それとキャベツと玉ねぎ。まあ別に何でもいいが……、好きなもんを買ってこい。これを刻む」


で、パン屋から貰ってきた古くなったパンを削り……。


「卵に浸し、パン粉をつけて、ラードで揚げる」


ソースは流石に無理なので、レモン汁をかけて食べる。


「こんなもんでどうだ?」


試食タイム。


「うん……、うん!いいねえ!脂っこいのがいい!冒険者が好きな味だ!」


とチェリオ。


「面白い調理法ね。油も、ランプ用のを肉屋で買えばいいし、肉はクズ肉でいい。衣のパン粉も古いパンの流用だから手に入りやすい。手間はかかるけど、その分安く済む」


とヤンネ。


「因みに、これはなんて言うの?前のコロッケとは違うの?」


とアデリーン。


「これはカツレツ。ミンチ肉のカツレツだから、ミンチカツってところだな。コロッケはマッシュポテトやホワイトソースがメインの時にそう呼ばれる」


明確な定義は知らん。


一応、コロッケも作ったが、コロッケにレモンはどうかと思い、味を濃いめにしてそのまま食べられるようにしておいた。


「おお、こっちもいいな!こりゃ、屋台で辻売りしてもいいんじゃないか?」


「アタシはこっちの方が好きね。芋の甘味が優しげで旨いじゃない!」


こんなもんか。




「後さ、シバちゃんの名前を使わせてくんないかな?」


「俺の名前?」


「ああ!街の英雄であるシバちゃんに教わった料理だって言えば、千客万来ってなもんだよ!」


「まあ、構わんが……」


「ありがとね!じゃ、俺はこの料理の研究を始めるよ!」




因みにこの後、フライ料理は、俺の異名をもじって『流星揚げ』の名で大流行し、この国の中南部の新たな名物料理となった。


それを知るのは、かなり後の話である。

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