第18話 お大尽様

朝。


昨晩、余るはずだった米はアデリーンに食わせたから、朝は朝で別のものを作る必要がある。


とりあえず、魔法の粉(ドライイースト)で時短パンでも焼くか。


あ、発酵どうしよう?


いや、温めれば良いわけだし、柔軟な温度調節が可能なマジックアイテムのオーブンで軽く温めれば良いか。


もし失敗すれば、ホットケーキミックスでマグカップマフィンでも焼けば良いだろ。それなら失敗しないはずだ。


そんな俺の危惧に反して……、よし、生地が膨らんだ。


オーブンで焼こう。


その間に目玉焼きと茹でソーセージでも用意しておこうか。日本のスーパーに売っている程度の小さなソーセージなら、フライパンで焼いて酒のアテにするのが最高なんだが、海外産の太いソーセージは、ボイルして皮のパツっとした感覚を味わうのがたまらないんだよ。


ソーセージは、先日、市場で買い込んだものだ。太くて長めの、ハーブ入りのソーセージだ。


それと、ホットミルク。ホットミルクは夜に飲むとぐっすり眠れるが、朝飲んでも良いんだ。


二度寝のためじゃない。温かな牛乳が、朝の縮こまった胃にゆっくりと流れ込むと、たとえその日の調子が最悪でも、嘘みたいに身体が芯から温まり、腹が減ってくるんだよ。腹も減らないような体調不良は地獄だからな。


「んー、良い香り!」


おや、腹ぺこエルフが起きてきたぞ。


「おはよう、飯はもうちょっと待ってくれ」


「おはよう。朝食までご馳走になって良いの?ありがとう!」


遠慮しないなあこいつ。


「遠慮とかしないのか?」


「エルフの社会では、人を助けて、人に助けられるのは当たり前のことよ?」


あ、うん。


そんな無垢な道徳観をストレートでぶち込まれると、汚れきった社会人の我々は大ダメージですぞ。


良い子やなあ……。


「今まで騙されたりしなかったのか?」


「人を助けるのは当然で、見返りを求めるのは浅ましいことよ。見返りがなかったからと言って、騙されたなんて言っちゃダメ」


良い子だなあ……?!


マジで良い子だな?!


ロウフルグッドだよこの子!


守護らねば……!




さて、朝食を済ませて外に出ると、家の前に人だかりができていた。


当然だ、街のど真ん中にツリーハウスができているのだから。


俺は、ツリーハウスを杖に戻して、野次馬を退散させた。


この宿樹の杖を売ってくれと付き纏う商人達を押し除けて、アデリーンと冒険者ギルドに顔を出す……。




「来たか」


俺は、冒険者に歓声を浴びせられながらも、ギルドの受付に向かった。


ギルドの受付は、相変わらず禿頭のギルドマスターだ。


他には、職員と言えるのは、ギルドマスターの嫁さんと息子夫婦だけ。


ショボいように感じるが、このギルドには三、四十人しか冒険者はいないからな。


冒険者は基本、四人から六人のパーティで活動しているから……、このギルドには七から十くらいのパーティしかない訳だ。


この程度のグループなら、四人のギルド職員でも充分回していけるだろう。


さて、と。


俺は、ギルドマスターに話しかけた。


「報酬とかもらえる?」


「お前は六十人の盗賊と、団長を始末した。街の領主様から王都金貨百枚を預かってる」


王都金貨百枚か。


確か、マジックアイテムの最低額が金貨百枚だったな。


王都金貨はこの国で一番金の含有率が高い金貨で、一枚で500オシラの価値がある。


俺が先日泊まっていた宿は、一晩食事付きで王都銀貨五枚……、20オシラだった。


王都銀貨百二十五枚で王都金貨一枚(銀貨や金貨の金属含有率により異なるから一概には言えないが)であることを考えると、銀貨一枚で大体四百円くらいで、金貨一枚で五万円くらいか。


となると、金貨百枚は五百万円だ。


金貨百枚と等価なものと言えば、「軍馬が二頭」「牛の番が二組」「プレートメイル一式」ってところだ。


つまりは、かなりの財産だな。


鎧が五百万円?!と思われるかもしれないが、この世界はそもそも鉄の総量が少ない。


粗製のロングソードでも、金貨十枚は下らないだろう。


実際に、その辺の冒険者を見てるとよく分かるのだが、ロングソードを持ってる奴は少なくて、大抵はアックスかメイスの類だ。


世知辛いね。


まあ、初期は金がなくて全裸ヘルメット棍棒!みたいなシステムもあったから……。


しかし、ただの盗賊退治でこんなに貰えるのか?と俺が訝しんでいると、ギルドマスターはクエストのネタバラシをしてくれた。


「どうやら、あの盗賊団は、西の方でそれなりに名の知られた『黒い牙団』っつう傭兵団だったらしいんだよ」


なるほど?


「強かったのか、その黒い牙団とか言うのは?」


「ああ、お前さんがいなけりゃ、この街は潰されてただろうよ」


なーるほどね。


詳しく聞くと、黒い牙団とかいう傭兵団は、西の方を荒らし回り、既に三つの村を壊滅させた危険な集団だったらしい。


それをたった一人で壊滅させた俺には、特別な報酬を出したという訳だそうだ。


まあ実際、団長のライカンスロープ……、名前をバルケンと言うらしいが、こいつが賞金首で、金貨五十枚。大活躍だったので冒険者ギルドから金貨二十枚。領主から金貨三十枚の計百枚って寸法だ。


で、だ。


大金をもらったら、やりたいことが一つある。


この金貨百枚をギルドマスターのおっさんに突き返して……。


「ギルドマスター、冒険者全員に酒を出してくれ。俺の奢りだ」


その瞬間、ギルドは、俺が来たときのそれよりも何倍も大きな歓声に包まれた。




いやー、やりたかったんだよなあ。


ギルド全員に俺の奢りだ!ってやつ。


冒険者の一番やりたいことでしょそれは。


いや、それはどちらかと言えば、戦車に乗るハンターの方かな?


お大尽……。


でもやっぱり、最高に気持ちいいわー。


とは言え、代金は殆ど返却されたけどね。


ギルドマスター曰く、「こんな場末の酒場じゃ、金貨百枚なんざ店の酒樽全部ひっくり返しても使い切れねぇよ」とのこと。


この世界、物価が地球とは違うから、酒やつまみくらいなら四十人がベロベロになるまで呑んでもそんなに金はかからないっぽい。


ほら……、地球でも、南米とかアフリカとかでなら、物価が安いから、一人千円もあればかなり呑めるみたいな……?


まあそんな訳で、今回の収入は差し引き金貨九十枚ってこと。


「「「「英雄に、乾杯!」」」」


冒険者達は、俺を称えながら、何度も酒杯を呷った。


大して美味くない、温いエールだが、こうして他人に称えられながらの一杯は非常に美味い。


酒は味ではなく、雰囲気を楽しむものなのかもしれないな。全身特殊偏光ガラスのサイボーグがそう言っていた。


「あなた、本当に面白いわね」


おや、アデリーン。


「人間って、お金が大好きなんじゃないの?」


「そりゃ、好きな奴は好きだろうさ」


「人間の社会って、お金がないと何もできないじゃない?あなたは、お金に執着しないの?」


「金なんざ、手に入れようと思えばいくらでも手に入るからな」


「じゃあ、あなたが欲しいものって?」


こてん、と可愛らしく首を傾げるアデリーン。


答えは一つだ。


「経験」


「経験?」


「大きな戦い、美しい女との逢引、誰も見たことのない世界の果てを見る冒険。そして、それに伴う名誉も欲しいな」


「つまり、あなたは冒険がしたいのね。誰もしたことがないような、大冒険を」


「そうだ。世界の全てに、俺の名を轟かせるほどの大冒険だ」


この身体、シバもそれを望むはずだ。


美少女NPCにお願いされたら命懸けで何でもやり、熱いハートを持つ奴の心からの願いに応え、悪虐者への復讐を代行し、無限大の気紛れな好奇心を持って様々なことをする探索者。


「お姫様からのキス」みたいなアホらしい報酬で、命懸けで悪のドラゴンを倒してお姫様を救うような大冒険をやるのが、TRPGプレイヤーであり、シバというキャラクターだ。


「じゃあ、シバ」


「ん?」


「ついて行っていい?あなたの冒険を、見届けてみたいの」


なるほど、パーティメンバー。


「もちろんだ」


美女を連れ歩けるとか最高なんだよな。

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