第9話 クエスト1 〜ゴブリンの洞窟〜

さて次の日。


狩人のボリスと、衛兵戦士のジョンとマイク、見習い神官のノース、そして万能の俺。


早速、ゴブリンの巣を探す……、のだが。


「こっちだ」


「ま、待ってください〜!」


俺がガツガツ進むのに、ノース達がついてくる。


「そもそも、道は分かっているのか?!」


狩人の男が叫ぶ。


衛兵二人も不安そうだ。


だが……。


「分かっているに決まってるだろうが」


と俺は返す。


まず第一に、《生命探知》の魔法を使ったこと。


次に、ゴブリンの臭いを辿っていることが挙げられる。


ゴブリンの位置はほぼ特定している。


村から1リーグの距離にある洞窟の中だ。


そうして、しばらく歩いて……。


「止まれ」


俺は全員を手で制した。


目の前の茂みの先には、洞窟があった。


洞窟には、見張りのゴブリンが二体いた。


どこからか拾って来たのか、赤錆の浮いたナイフを、捻れた木の枝に、木の蔓でしっかり巻き付けた粗製の槍を持っている。


また、俺は、ナイフの刃には、排泄物などから作られた毒がべっとりと塗られていることにも気がついた。


俺は、そうやって、知り得たことを小声で話す。


「マジかよ……」


狩人は驚きの表情を見せた。


まさか本当に、風に乗った臭いで敵のありかを探れる人間がいるとは思わなかったからだ。そんな芸当ができるのは、獣人(ワービースト)などの嗅覚に優れる種族だけだ。人間(ヒューマン)にはとてもできるものではない。


しかし、狩人は、歪めた顔をすぐに引き締めた。驚きはあるが、それよりも先にゴブリンを仕留めることの方が優先的に終わらせるべきタスクだからだ。


彼はそうして、音を立てないように弓を取り出す。


俺は一方で、指先を向ける構えをして……。


「《灼熱》」


魔法でゴブリンに攻撃をした。


『カ、ハ……?!』『ゲッ……!』


即座に、カラカラの燃えさしに成り果てたゴブリンは、声にならない声で己の死を嘆いてから、倒れた。


いきなり死んだゴブリンに対して訝しむノース達であったが、俺が何かをしたことは理解しているらしい。死体に駆け寄り、その惨状を目にする。


炎の光と熱もなく、焼死体を作り出した俺が恐ろしいらしく、彼女らは怯えた瞳をこちらに向けてくる。


確かに、黒焦げの骸は、ゴブリンとは言えあまりに凄惨な死に様だ。


だが、それを無視して俺は、まずは地面を見た。


「罠だ」


若干色と感触が違う地面が、洞窟の目の前にあったのを俺の目が捉えた。


俺はそこに先ほどのゴブリンの死骸を投げ込むと、洞窟前の土の道にボコリと穴が開き、ゴブリンの死体は10feetほど落下した。


そう、落とし穴があったのだ。


この落とし穴に気付けたのは俺だけだった。


熟練の狩人も、ゴブリンの狡知さを見抜けなかった。


だがそれは無理もないことで、辺境の村の狩人など、精々、鹿や猪の相手しかしたことがない。


落とし穴を仕掛ける動物などと戦ったことはないのだ。恐らくは、獣との対抗ロールには+2くらいの補正が入る狩人なのだろうが、人型蛮族には対応していないみたいだな。


見習いに過ぎないノースは言わずもがな、衛兵戦士二人もまだ若造で罠を見抜けなかった。


ノース達は俺の慧眼を称えて、罠を避けてから洞窟に入った。


俺は《光明》の魔法で光の球を頭上に出して明るい道を歩く。


そして、分帰路にたどり着いた俺達。


「どちらに行きますか……?」


と小声で訊ねてくるノース。


すると、俺はおもむろに、ショートソードの柄で、洞窟の石壁を強く殴った。


コーン、と大きな音が響く。


「なっ……?!音でバレちゃいますよ?!」


ノースがそう言った。


恐らくはゴブリンより少数であるこちら側が、奇襲のアドバンテージを捨てるなど考えられないことだからだ。


だが、俺にももちろん考えがある。


こうして、閉所で音を立てると、音の反響の調子で内部構造がある程度分かるのだ。


それによって判明したのは、この分岐路は繋がっていると言うこと。


つまりは、9の字状の洞窟という訳だ。


恐らくは、この円環の路地にどちらかから入れば、背後からゴブリンが奇襲してくるであろう。


で、あるならば。


「Συνθλίψτε και εκραγείτε!!!」


俺は、《衝撃》の魔法で、片方の路地を完全に崩して、塞いだ。


「な、何を……?!」


「来るぞ」


俺がそういうと、轟音を聞きつけたゴブリンが襲いかかって来た。


『ブベラグギャ?!』『ギャッギャ!』


『ギャグァガガヂ!』『『『ギャッ!』』』


ゴブリン六体とのエンゲージだ。


前も言ったが、ゴブリンは体格こそ矮躯だが、身体能力や知能は人間と比べてそれほど劣っている訳ではない。


人間からすれば普通に強敵だ。


「人間からすれば」だ。


そう、俺は人間じゃない。


ショートソードを平晴眼に構えた俺は、裂帛の気組から、凄まじい大声を吐き出した。


「オオオオオッ!!!!!」


天然理心流は一にも二にも気組、「気合」が大切なのだ。


護身術としても、大声を出して相手を威嚇するのは正しい。


真っ当な生き物である以上、大きな声を聴くと誰もが「竦む」のだ。威嚇されれば、怖いと思う。それが生き物の常だから。


『『『『ギャヒッ……?!』』』』『『ヒ、ヒィッ!!』』


耳が潰れんばかりの大声で怯んだゴブリンの内、二体が驚きのあまり武器を取りこぼす。意志による対抗ロール失敗と言ったところか。それもファンブルだ。


残りのゴブリンも、腰が抜けたかのような屁っ放り腰となる。こちらも、対抗ロールに失敗。


そこに、俺は凄まじい勢いで踏み込んだ。


怒涛の踏み込みから繰り出される、確かな重みのある斬撃は、ゴブリンが構えている棍棒やナイフごと両断した。


もちろんそれは、このショートソードが優れたアーティファクトであることも一因だが、基本的には俺の技量と膂力によるものだ。


人が一歩踏み込む程度の時間で、既に三体のゴブリンをそうして両断した俺は、更に剣を振りかぶった。


この、ほんの一、二秒の間では、ゴブリン達は俺の気迫による恐慌状態から抜け出せず、まごついているうちに叩き斬られてしまう。


俺は、血に塗れたロングソードに魔力を流し、刀身から炎を吹かせて、表面の血を焼き、刀身を綺麗にした。


「さあ、行くぞ」


「あ……、は、はいっ!」


たまげているノース達を後ろに引き連れてしばらく歩くと、円環の通路を一周して、崩した道の裏側にたどり着いた。


そこには、奇襲しようと思い裏に回ろうとしたゴブリンが更に八体いて、瓦礫を何とか退けようと、瓦礫の山を叩いていた。


俺はそこに素早く忍び寄ると、まず一体を斬り伏せた。


他のゴブリンが振り返る前に、もう二体を斬り殺す。


『ゲギャ?!』


やっと俺に気がついたゴブリン五体が、今更武器を取り出そうとするが、もう遅い。


俺は、壁に投げられたゴム毬のように素早く動き、跳ねる。


助走なしで20feetほどの距離を踏み込むと同時に、通り道にいたゴブリンの首を刎ね飛ばした。身長差もあり、剣道で言う抜き胴の要領で剣を振るうと、ちょうど、通過点のゴブリンを斬れるのだ。


その斬撃の鋭さは、ゴブリン達は斬られたことに気づかず、一歩踏み込んでからバランスが崩れて首がゴロリと転がる……、とそんな領域の神業だった。


本来なら、側を通り過ぎる俺に対して、ゴブリンは攻撃する機会があるはずだが、俺が余りにも速過ぎて、捕捉出来なかったようだ。


そうして、小さな洞窟の闇の中を、剣閃の流星が駆け抜ける。


銀の剣が瞬くたび、ゴブリンの一部が空を舞い、ゴブリンだったものが崩れ落ちる。


中には、弓を持つゴブリンと、杖を持つゴブリンもいた。


アーチャーとメイジだろう。


正面から戦えば、ノース達では敵わなかった確率が高い。


そうして、剣閃が三度か四度ほど煌めくと。


「終わりだ、帰るぞ」


俺は納刀し、足早に帰路についた。


「は、はいっ!」


ノース達も、俺について来た。


クエストクリア、だな。

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