シャッター
如月レンゲ
シャッター
撮影の仕事が終わり日本に帰ってくると空港に俺の両親と彼女の両親が立っていた。
「倫太郎君、夢愛が、事故にあった。」
お父さんからそう言われ、俺は空港で固まった。
信号無視した車にはねられ、二週間前に亡くなった。
夢愛の両親は「最後まで夢愛を愛してくれてありがとう。」そう言ってくれた。
日本に戻ってすぐに葬式が行われた。
空には分厚い雲が立ち込めている。
喪服に着替え両親に頭を下げ、まだ人の居ない会場の席に座る。
夢愛はインフルエンサーで有名人とも知り合いも多く、中には俺が撮影を担当したモデルや俳優もいる。
その日は式が終わり解散した。
次の日、俺は同棲した部屋を整理しようと彼女の部屋に入る。
夢愛と一緒に過ごしたこの部屋、彼女の部屋には最後に居た日そのままの形で荷物が残っている。
散乱した服、山積みになっている参考書、俺がプレゼントした物。
「倫太郎、この指輪良いよね。」
付き合って一年目の時に俺が買ってあげた指輪、ずっと付けてくれていたんだろう。
指輪だけでなくブレスレット、ネックレス、全部が夢愛との思い出が詰まっている品、それが俺の心を苦しめる。
遺品の中には家族との写真や二人で一緒に行った旅行のDVDや写真があった。
中には俺の写真もあった、夢愛は隠し撮りしていたらしい。
「普段は写真が嫌いと言って撮らせてくれないくせに、自分は人のこと撮ってるのかよ。」
カメラマンになって仕事も多くなっていき家に帰る事も減り夢愛と話す事も段々と無くなってしまった。
たまに顔を合わせるが仕事の話が多かった。
そして海外での仕事が決まり一ヶ月前に「海外で仕事が決まって、三ヶ月帰って来れない。」そう話してから一度も話さなくなってしまった。
一通り片付けた部屋にあるDVDを手に取る。
「観光旅行、倫太郎の誕生日旅行、私の誕生日旅行、倫太郎集」と書かれた四枚があった。
一枚ずつ観ると一緒に行った観光地や誕生日の思い出が沢山残っている。
四枚目の「倫太郎集」は夢愛が俺を後ろから撮っている。
寝ている俺、カメラの手入れをする俺、近所の子供と遊ぶ俺、全部俺だ。
普段愛情表現などしない夢愛が寝ている俺に向かい大好きや愛してるなど言ってくれていた。
気づくと外は暗かった、俺は何度も見返した、夢愛が生きている時間を何度も。
「ただいま。」
今にも玄関を開けていつもみたいに帰って来ないかと期待をしてしまう。
そんな日が一ヶ月続く。
夢愛が亡くなってから一ヶ月経つが、未だに報道されている。
外は雨で部屋の中はジメジメしている。
俺は未だ仕事をする気になれず、しばらく休みをもらい、毎日家に引きこもり彼女のDVDを毎日見返している。
朝起きてご飯を食べDVDを観る、そんな一日が始まる。
今日は珍しく姉さんが来た。
「倫太郎、これ母さんが食べろって。」
「いらない。」
カップ麺を食べようとお湯を沸かす。
「あんたいつまでこのままでいるつもり、仕事も休んで何もしないで、そろそろ前に進みなよ。」
姉さんは夢愛の部屋を見ながら言う。
俺だって、進みたいけど、俺の中には夢愛がずっと残ってる。
姉さんはまた夢愛の話をしようとする。
「姉さんに俺の何がわかるさ、仕事から帰ってきたら恋人が亡くなってるなんてわかるのかよ。」
「あんた、疲れてるんだよ、休みなよ。」
姉さんは俺の目を見て、料理を置いて帰っていった。
俺は久しぶりに外に出る。
雨が強くなり、夢愛がくれた傘を持ってコンビニに向かう。
コンビニに入りそっとタバコの棚に目をやる。
80番、いつも夢愛が頼むタバコの番号。
俺の影響で四年前から夢愛も吸うようになってしまった。
「すいません、102番お願いします。」
付き合う前に吸っていたタバコを買う。
外で吸っていると夢愛の葬式に出ていた友人に会う。
「君、確か夢愛の彼氏さんだよね、私は月山茉由。」
「はい、成瀬です。」
名乗ると彼女はスマホを取り出す。
「夢愛ね、良く話してくれてたんだ。」
夢愛とのLINEのやり取りを見せてくれた。
「倫太郎今日も仕事なんだけど、話聞いてくれる?」
俺に対しての不満や愚痴が多かった、でもその中に目を引いた言葉があった。
「仕事人間だけど、倫太郎が一番輝いてる瞬間が、カメラを持ってるところでさ、一番好きなんだよね。」
いつも仕事で話せることが少なかった、それでも夢愛は俺のことを好きと思ってくれ
ていた。
「夢愛ね、倫太郎君の愚痴が多かったけど、それって、心から愛していたんだと思うよ。」
姉さんの言う通り今の俺を見たらきっと、夢愛は悲しむ。
少しでも前に進もう、俺はすべてを切り替えるためにもう一度だけ、夢愛との思い出の場所に行こうと思う、これで終わりにしよう、そう思い家に帰る。
「ありがとう茉由さん、元気出たよ。」
夢愛の写真が詰まったカメラを手入れして使えるようにし、夢愛と初めて行った海に行くことにした。
あの日見た綺麗な星空、もう一度来よう、そう約束したのに俺は、時間を作れなかった。
今は後悔しかない、どうして仕事を優先したのか自分を責めたい。
俺は支度を済ませ大阪に向けて旅路を考える。
夢愛と行った時はバイクで向かった。
懐かしい、俺が方向を間違えて予定より遅くついてしまった。
今回は間違えないようにスマホのマップにセットする。
翌日、姉さんに家の鍵を預け家を出た。
茨城から大阪まで長い時間バイクに乗り風を受けサービスエリアに何回か寄り八時間ほどかかった。
大阪について最初に行くのは老舗の和菓子屋だ。
夢愛が好きだった和菓子屋「サクラ」、確かおばあさんが店主だった。
近くの駐車場にバイクを停める。
昔は駐車場もなく小さな和菓子屋だったのが、三年経った今は少し大きくなりお店自体も新しくなっている。
お店に入ると若い女性と男性が居た。
「いらっ...あなた、成瀬倫太郎君?」
そう言い女性は中に入っていった。
「あの、ここの店主さんはお婆さんだったと思うんですけど。」
「あぁ、おばあちゃん亡くなってね、それ以来孫である若奈と俺が引き継いたんだ。」
女性が「大崎若奈」さん、男性は「大崎幸男」さんと教えてくれた。
幸男さんと話していると若奈さんが写真を持って戻ってきた。
「これ、おばあちゃんが亡くなる日まで飾っていたの。」
その写真には俺と夢愛、そしてお婆さんが写っていた。
そうだ、ここに来たのは三年前、まだ同棲する前で付き合って二年目の記念日にここに来たんだ。
「もう地元のお客さんしか来ないこの店を、SNSに投稿してくれたおかげで沢山のお客さんを呼んでくれたの、覚えてる?」
そうだ、お婆さんの話を聞いてお店を閉じようか悩んでると聞いた夢愛がSNSに上げたんだ。
沢山のフォロワーが夢愛の投稿を見てお店に行列ができるようになって、当時ニュースにも取り上げられたっけ、懐かしい。
「お婆さん、亡くなったんですね。」
「うん、二年前の春頃に、最後まで君たちにありがとうって言ってたよ。」
若奈さんは少し涙目になりながら話してくれた。
「私ね、お母さんに言いたいこと沢山あったの、料理の味とかさ、でも今度会えるから次話そう、そう思っていたの、その次なんて永遠に来なくなってさ。」
俺も、帰ったら謝ろう、次会ったら謝ろうと考えていたが、その次なんて、来なかった。
「だから、感謝の気持とかは相手が生きてるうちにするもんだよね、次あるから良いやとか、思わないでさ。」
そう言い終えると同時にお客さんが入ってきて接客に戻った。
俺はお客さんが居なくなってから夢愛の好きだった桜の形のまんじゅうを買う。
「彼女さんに、あげるの?」
「はい、ここのお菓子、好きだったので。」
俺は大崎夫婦の写真を撮ることにした。
「倫太郎君、またいつでも来てね。」
二人とも笑顔で見送ってくれた。
次に向かったのは夢愛と行った神社だ。
京都にある伏見稲荷神社みたいに無数の鳥居を歩き進むとあの日出会った神職さんと若い巫女さんが居た。
「君は、確か...」
「成瀬です、成瀬倫太郎。」
神職さんは笑顔で本堂の中に入れてくれ、巫女さんがお茶を入れてくれて少し話した。
「前に来たのは確か...」
「三年前です。」
話していると巫女さんが前に撮った写真を持ってきてくれた。
「この写真ね、彼女さんがSNSとやらに出した事で今でも来る人が多くてね、助かってますよ。」
和菓子屋での事と神社の事で夢愛の影響力は凄いなと再度実感した。
神職と話した後、俺は三人で写真を撮った。
最後に、二人で星を眺めた海岸に座りカメラを構え、夕日が沈み、写真を撮る。
「黄昏時」
夢愛と家のベランダで黄昏時について話し合ったこともある。
俺達にとって星座と黄昏時は大切な事、何回も夜空を眺めて星座について話し合ったっけ。
「夢愛は、どんな星座が好きなの?」
「カシオペア座。」
夢愛はカシオペア座を指差し言った。
「カシオペアって、エチオピアの王妃カッシオペイアに由来してて、自慢好きのカシオペアが娘のアンドロメダと海の妖精の美しさを比べて…」
そこまで話すと夢愛は恥ずかしいのか顔を逸らしてしまった。
「夢愛は星が好きなんだね。」
笑顔でそう言うと夢愛は恥ずかしさで赤い顔をして小さな声で「うん。」と返事をする。
昨日の事のように覚えてる、あの日以来俺も夢愛の為に沢山の星を覚えた、またここに来た時に話せるように。
「またここに来ようって、約束したじゃん、ここでまた夕日見ようって話したじゃんか。なんで、なんで死んだんだよ。」
夢愛と初めて会った日のことを思い出す、俺が夢愛の写真集を担当することになって、俺は下手な写真しか撮れず何回も撮り直しさせられたっけ。
「あの日みたいに下手な写真って怒ってよ、何回でも撮り直すから、君をきれいに撮ってみるから、お願いだよ、夢愛。」
俺はカメラを持ったまま涙を流し叫ぶ。
大阪から帰って来て二ヶ月、夢愛の部屋を片付け、仕事に復帰した。
最近、夢愛の居ない生活に慣れてきた。
前まではなにか買うたびに夢愛の分まで買ってしまうくせもあった、最近そのくせも少なくなっていった。
今日は三日ぶりの晴れ、線香とお酒を持ち夢愛のお墓に向かう。
毎月線香をあげ、お墓の掃除をしている。
遅れて夢愛の両親が花を入れ替えに来た。
「お父さん、俺また海外に行くんで、戻ってきたら夢愛にまた報告しようと思います。」
「倫太郎君の帰りを、この子と待っているよ。」
掃除を終え夢愛の両親は帰っていった。
「大崎さんから言われたこと、ずっと考えてた。」
俺はポケットから箱を取り出す。
箱の中身は婚約指輪。
「俺の残りの人生を君に尽くすよ、結婚してください。」
「バカ、遅いだろ。」
いつもと同じ嬉しそうな声で君は答えてくれた、そんな気がした。
花のように綺麗な君にピッタリな花に囲まれたお墓。
「それじゃあ、撮るよ。」
俺は、カメラのシャッターを切る。
シャッター 如月レンゲ @sora2007
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