第47話

夢のまま、空想の中。人は変えなければならないものと、変えてはならないものを抱えている。


時間は単調に前進することしか出来ず、その追い風に後押しされるように亜希は小学5年生に、玲は年長になっていた。


「玲くん、明日って何の日か知ってる?」

「明日…?お母さんが亡くなった日だけど。それが何かあった?」

「それも合ってるね。でも、もう一つ大事な日でもあるの」


玲は少し考えてから、思い出したように言葉を並べる。


「そういえば、僕の誕生日だった。お母さんのことが強くて、忘れかけていたよ」

「そう。玲くんが自分の誕生日を覚えているか確かめたくて。また一つ、大人になるね」

「大人…大人になっている感じはしないけど…」

「他の子どもたちが経験しない色々な時間を過ごして、玲くんは確かに大人になっているよ」


年齢が必ずしも精神年齢や心の成長と一致するわけではなく、心というものは人が経験した時間によって変わる。ましてや玲は、母の死や近くに大人びた姉が存在する時間に触れてきたことで、あどけなさは残るものの立ち振る舞いや物事の考え方には色々な変化があった。


とりわけ、母の温もりというものを二度と感じることが出来ない玲にとって、心の強さへの思いは強かった。


「もっと強くなりたいって思うようにはなったかな。でも、お父さんお母さん、お姉ちゃんのような強さは無いと思う」

「ううん。前よりもわたしを頼ることも少なくなった。何かあっても自分一人で解決しようと変わったと思うよ。もちろん、頼ることが悪いことじゃないし頼ることが弱いことでもない。でも、一人で進もうとすることは、強い心が無いと出来ないの」


孤独の世界には、誰かの支えというものは無い。そして、その事実は進む道の険しさに関係ない。


「でもね…強さは無限には存在しないから、もし苦しくなったり進めないって思ったら、周りの人に頼ってもいいの。強さを手に入れることは、この先大事になるけど、その強さに溺れたら前に進めなくなるから」

「強さに溺れる…?」

「「自分は強いから大丈夫」って信じ込んじゃうことかな。「思い上がり」「自惚れ」なんて言葉でも言い表せるかな。そんな大人も世の中には多くいるけど、玲くんは自分の強さを高めることと一緒に自分の弱さを知っていってほしいの」


たしかに一切の弱さの無い人に成長できれば、それに越したことは無いのかもしれない。しかし、人はどこまで行っても不完全な生き物であって決して完璧を体現することは無い。


弱さと強さを知ることは、自分自身の心が本来持つべき均整を取る上で重要である。どちらか一方しか知らなければ、人の心は虚栄心や慢心、あるいは悲観にばかり染まる可能性がある。


「弱さ…あんまり自分の弱さに目を向けたいとは思わないよ」

「それはわたしも一緒。でも、本当の強さには自分の弱さが何かを知ることと認めることも含まれると思う。やりたくないことに挑める心も、立派な強さだよ」

「そうなんだ…今はまだピンと来ないけど」

「大丈夫、そのうち分かるから」


---


玲の誕生日、そして真希の一周忌を明日に控えたこともあって、再び海外へ飛び立っていた類も帰国し自宅へ戻っていた。何か二人で大事なことを話している気がしてリビングには入らなかったが、少しだけ聞こえた会話の内容に


「あの子たち…俺の知らないところで、どんどん成長しているんだな。それも、想像以上の速さで」


と、子どもたちの成長を垣間見えた気がしていた。

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