第34話

先に降ろした百合を追うように、類も急いで病室へ向かう。7階であるため階段で行くには階数が多く、エレベーターの到着を待つ。この時間さえも惜しい。


エレベーターには類しか乗った人がおらず、また途中の階で誰かが乗ってきたわけでもなかったので7階まですぐに到達した。


病室に着くと、医師が状況を確認している。


「旦那様。いらっしゃいましたか」

「義母を迎えに病院を離れておりました。妻は…どうなりましたか?」


類のその言葉に医師は首を横に振った。


「ご家族が揃われましたので。13時59分、死亡が確認されました。最期は、穏やかに旅立たれたと思います」


厳密に言えば、もう少し早い段階で息を引き取っていた可能性はあるが、死亡確認は類と百合の戻りを待ってからの宣告となった。


「真希…」


百合が小さく呟く。


享年33歳。今の時代を考えると、あまりにも早すぎる最期。たった33年という時間で、真希は虹の向こうへ歩いていってしまった。


俯く類。


呆然と立ち尽くす百合。


涙が止まらない亜希。


椅子に座り込む玲。


「俺…。お義母様…すみません……。夫として、守れなくて……」


類の涙など子どもたちも百合も見たことがなく、ポーカーフェイスの普段からは想像も出来ない姿だった。


「類さんは悪くないわ。海外を飛び回りながらも、いつも家族を思っていたって真希は話していたわ」

「えっ…?」

「数日前かしら、久々に電話でやり取りをしていたの。そしたら、「類は世界のどこにいても家族を思ってばかりで、もう少し自分の事を思っても良いのに」って笑って話していたの」


そんな事を話していたとは当然知る由も無く、抱き続けた家族への愛情が確かに伝わっていた事が余計に辛かった。


「そんな事を真希は話していたんですか…。その言葉、二度と真希の口から出てこないんですよね」


一度命を手放しては、二度と言葉を口にすることはない。「ありがとう」も「ごめんね」も。たった数文字の言葉ですら、真希は話すことはない。


「目を覚ましてよ!」


響く声の主は玲だった。


生き死にという概念、死とは何か曖昧である玲も、二度と目を覚まさない母の姿に強烈な寂寥が襲いかかったことは理解できた。


真希を覆う掛け布団に顔を埋めて、嗚咽と共に悲しみを吐き出す玲。


もう一度だけ、「ありがとう」だけでも真希の心へ届かせたかった。

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