思いやりという感情の話③

 空はその後、私の勧めでニールの仕事を見学しに行った。

 半分追い出したかのようで申し訳ないけど、私は私でやることがある。


 ヘレナさんに、在庫の水差しを販売して、今の時刻は午後六時。


「さて、作ろうか」


 星降堂を閉めてから、私は工房にこもった。

 工房の隅に置いてある木材――白樺の枝の山に椅子を近付けて眺める。一本一本手に取って、良い枝を選別する。


 空の魔法には変な癖がない。習ったことを習ったまま、素直に具現させることができる。真面目すぎるくらいに素直。ならば、箒も素直なものがいいだろう。想像した通りに飛んでくれるように。


 大きさは……少し大きめにしよう。いずれ空はぐんと成長する。星降堂を去った後も空を飛べるように、長持ちするものを作ってやりたい。


 手が止まる。


 随分昔。私がまだ子供だった頃。竜王の杖を手放そうとしない私に、先生は新しい杖を作ってくれた。

 黒檀に赤い宝石を埋め込んだ、私のための杖。今は、自室の奥に隠してしまったあの杖。

 先生も、私のことを想ってつくってくれただろうに、私は我儘を通して、竜王の杖を使い続けている。

 申し訳ないことをしてしまった。でも、未だにあの杖を使う勇気が出ない。


 我に返る。

 木材が自分勝手に削られて、杖の形になっていく。

 あー……杖の想像をしたからか。


「想像力は魔法に繋がる。今は箒に集中しよう」


 そう声に出すと、白樺の杖は床に落ちた。魔法の効果が切れたんだ。まだまだ、魔法を使わずにいるのは苦手なままだな。思わずため息をついた。


 選別した白樺の枝を並べる。選んだ枝は真っ直ぐで色もいい。

 小さく飛び出た横枝を見つけた。ノコギリを使い、手作業で切り落とす。

 魔法を使えば楽だけど、それだと私の魔法が込められてしまう。空に贈る箒は魔法具ではない。普通の箒を贈りたいから、魔法を使わずに作ろうと思ったんだ。


 枝を切り落として、ふと。


「空の身長って……」


 年齢のわりには低かったように思う。

 実際に確認した方が早いだろうと思い、「監視の術」を使ってニールの視界をジャックする借りることにした。

 ニールに伝達の術で確認を取ると、嫌々ながらも視界を貸してくれる。いい「兄」を持ったものだよ。


 視界を覗くと、ちょうどニールが空に魔法をかけるところだった。

 星降堂の制服は、ニールと揃いの魔導師衣装になった。白いカッターシャツと小さなマント、足元はハーフパンツ。頭にはベレー帽。


『今日と明日、君は宮廷魔導師の弟子だ」


『宮廷魔導師の……』 


 愛弟子を横取りのような真似して……これは、私への当て付けかい?


『魔女さん』


 頭の中に空の声が響く。空の、伝達の術だ。


『いいですか?』


 私は『仕方ないね』と言っておいた。ニールの仕事を見てこいと言ったのは私だしね。


 右目でニールの視界を覗きながら、左目では箒の製作を続ける。

 枝を手頃な長さに切り落とし、軸とする。細く短い枝を一掴みすると短く切り揃え、ぐるりと一周、軸に這わせて、ワイヤーをきつく巻き付ける。

 

 黙々と作業をしていたら、時間の経過はあっという間だね。

 今、右目の中では、空が楽しそうに天体観測をしている。王子は空を受け入れてくれて、まるで兄弟のように並んでニールの授業を受けている。

 確か私も、先生から占星術を習ったなぁ。先生はニールと同じくエルフだったから、星に対する思い入れは強かった。懐かしいね。


「あー、まただ」


 天井に小さな星が散りばめられる。また余計な魔法が発動してしまった。

 こんな中途半端な私が空のお師匠様とは……先生に笑われてしまうな……


 コーヒーが入ったマグカップが机に置かれる。

 私の隣に小さな温もりが寄り添った。枝の破片を踏みながら近付いて来たのは、多分ブラウニーだ。


「ブラウニー、ありがとう」


 姿が見えないけど、ブラウニーはパキパキと枝の破片を繰り返し踏んで、楽しそうに遊んでいるようだ。


「気分を切り替えよう」


 頭上に星が現れたなら丁度いい。

 コーヒーを飲みながら星空のレプリカを眺めて、少しだけ休憩しよう。

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