思いやりという感情の話②

「……あの子は、魔法がない世界の子かな?」


 ニールが尋ねてくる。

 やはりニールは鋭い。空が住んでいたニホンは、魔法を使えるヒトが極端に少ない。魔法に親しくない世界だ。


「そうだよ。私に会うまでは、汚れ落としの魔法さえ使えなかった」


「それなのに箒を?」


 ニールの物言いに、私はカチンときた。別にいいだろう。空に可能性を見出したのは、師匠である私だ。

 何か言い返してやろうと口を開きニールの顔を見あげて、私はすぐに口を閉じた。

 ニールは私を優しく見つめている。まるで、家族に接するかのような眼差しだ。


「可愛がってるんだね。空のこと」


 ……まぁ、そうだね。可愛いよ、空のことは。


「前までのシュヴァルツは、意思の宝石以外に興味がなさそうで、常に苛立っていたからさ。今日のシュヴァルツは、随分と穏やかだ」


「誰が意思マニアだって?」


「言ってない。言ってない」


 軽口を交わしながら、私は笑う。

 ふと、思いついた。

 空はニホンからやって来た。と、なれば、だ。魔法に頼らない視点でモノを見ることができる空であれば、ニールのお母様が喜ぶプレゼントを用意できるかもしれない。


「ニール、これはちょっとした思いつきなんだけど」


 私はニールにそのことを提案した。ニールはすぐににっこりと笑顔を浮かべて、私の提案に同意するように何度か頷いた。


「それは面白いね! もしかしたら、びっくりするような素敵な提案をしてくれるかも」


「ちょっと呼んでくるよ」


 空を呼ぶべく、ドアに近付く。

 外から微かに声が聞こえてきた。


「宮廷魔道士様が、シュヴァルツちゃんを弟子にとったのが五百年前。だから、それまではグリムニル様と一緒にお仕事されてたんだよ」

 

 魔導書屋の、ヘレナさんの声だった。ヘレナさんは私が小さい頃から魔導書屋を切り盛りしているから……

 ……もしかして、今、先生の話をしてる……?


「魔女さんが弟子になったのが、五百年前?」


「そうだよ。シュヴァルツちゃんは魔女だから」


 先生の話は、空にはほぼしていない。

 考えるより先に体が動いた。自分でも驚くような大きな音を立てながらドアを開けて、慌ててヘレナさんに声をかける。

 

「ちょっと! 私のいないところで私の話をするのはやめてくれないか!」


 声が上擦った……恥ずかしさのせいで顔が熱い。

 いや、それよりも、だ。先生の話を空にしないでくれ。頼むから。

 ヘレナさんも空も、きょとんとした顔で私を見ている。辺りには黄色い光が散らばっている。

 

「いくら君たちエルフが年齢を気にしないたちとはいえ、こちらはそうじゃないんだ!」


 五百年の間、師を殺しておいてのうのうと生きているなんて、魔法使いとして失格。私の不甲斐なさを空にバラされているようで不快だ。恥ずかしいったらありゃしない。


「あらあら、五百歳なんてまだ若いじゃない」


「若くない。他種族なら老人だよ」


 空が私を見上げてくる。

 何だ、その顔は。何か言いたげに口をポカンと開けっ放しで。


「空?」


「ひい、ごめんなさい!」


 やっぱり何かよろしくないことを考えてたみたいだ。頭の中は読めないけどね、君の感情はわかりやすいんだよ。私に睨まれたからって、そうやって黒色の恐怖を溢れさせてさ。


 ヘレナさんと二、三、言葉を交わし、来店の約束をしたところで、私は空に視線を落とした。


「……空」


 空はおずおずとこちらを見上げる。

 空はどこまで話を聞いただろうか。

 確かめることはできないから、私は一言だけ言った。


「今のは忘れて」


「あの、このみのみずさし?」


 ヘレナさんとの約束じゃなくて。


「ちがう。その前」


「魔女さんが五百さ」


「言わなくていいから。いいね?」


 私はピシャリとそう言った。悪いことをしたかもしれない。

 空が落ち込まないか不安に思ったが……空は平気そうだ。むしろ、いいように勘違いしてくれたかもしれない。

 例えば、私が年齢を気にしている、とか?


 いや、そもそも、空を呼びに来たんだった。


「って、ちがうちがう。そんなことを話しに来たんじゃないんだ」


 ちらりとニールを振り返る。ニールには話の内容が聞こえていなかったらしい。穏やかな笑顔を浮かべ、ひらひら片手を振っている。


「空、グリムニルが呼んでるから、店の中に来てくれないかい?」


 空を連れて売り場に戻る。ニールは私に目配せしながら、空には笑顔を向けて、プレゼント製作の依頼をする。


「エルフの母は長生きだけど、流石に異世界のことは知らない。異世界のヒトであるソラの感性で、あっとおどろくような魔法具を作ってほしいんだよ」


 空は頼まれた内容に嬉しさを溢れさせながら、少しだけ不安の青色をにじませて、私を振り返ってくる。

 そんなに不安を感じなくても大丈夫さ。


「空ならできると思って、私がそうすすめたんだ。やってくれるかい?」


 そう背中を押してやると、空は途端に不安の青色を吹き飛ばした。桜色の嬉しさ一色、星のような弾ける光を漂わせながら、空はニールの依頼を引き受けた。


「わかりました。僕、頑張ります!」


「ほんと? うれしいよ。よろしくね」 

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