憎しみという感情の話⑤

 町には人一人さえ見当たらず。ひっそりと静かで、町そのものが死んでいるかのようだった。

 私はもう、この世界に来るべきではないのかもしれない。そう考えた。

 時々あるんだ。自分の失態や、周りからの評価で、世界に居づらくなることが。星降堂に願えば、そういった世界は選ばないようにしてくれる。

 

 この国は、憎しみの宝石に蝕まれて、いずれ滅んでしまうのだろう。そしてそれは、私がアレキサンダーを導けなかったことが原因なのだろう。

 だから、もう来てはいけない。


 もう、来たくない。


 今更たらればを言ったって仕方ない。それはわかってる。

 ただ、感傷に浸りたくなっただけさ。

 

 星降堂に帰る頃には、すっかり日が傾いていた。ドアを開け、店内に入る。

 カランとベルが音を立て、魔法具達の煌めきが私を出迎えてくれだ。

 その煌めきの中、空がぽつんと、私の帰りを待っていた。


「おかえりなさい!」


 空は私に駆け足で近寄って、大きな声で出迎えてくれる。安心と嬉しさ、水色と薄桃の煌めきを溢れさせて。

 私はそれを微笑ましく思ったけれど、そもそも、何故空が売り場にいるのか疑問に思った。店を出る前に、空にはしっかりと言い聞かせたはずだ。


「空、今日は自分の部屋にいなさいと言っただろう?」


 こういう時は、きちんと怒ってやらないと。

 空をじぃっと睨んで、低い声で尋ねる。空は怯えて「ひぃっ!」と小さな悲鳴をあげた。余程、私の顔が怖かったらしい。


 まぁ、空が自室より売り場にいることを選んだのは、大方私を心配してのことだろう。憎しみに溢れた町に、単身で向かった私のことを。

 いつもなら心配なんていらないと突っぱねるところだけど、今回はかなり危なかったから……心配されて当然なんだろう。


「まぁ、心配はありがたいけどね」

 

 ありがたく心配を受け取ろうじゃないか。 

 乱暴に空の頭を撫でてやると、空は「やめてくださいよー」なんて言って、でも満更でもなさそうな、口元が緩みきった笑顔をする。それを見ると何だかホッとしてしまって、私は「くひゅひゅ」と、癖になっている引き笑いをした。


 突然、背中に衝撃を感じた。

 重いものが背中にのしかかっている。まるで、空と同じくらいの子供が背中に覆い被さっているような、心地の良い温かさを感じた。


『ブラウニーかい?』


 伝達の術で呼びかける。どうやらブラウニー本人だったようで、私に抱きつくように腕を回してきた。

 回した腕が震えている。ぎゅっと、強く服を掴んできた。

 ブラウニーにも心配をかけてしまったね。


『ありがとう。花水晶フロラクォーツ、役に立ったよ』


 そう伝えると、ブラウニーは嬉しそうに私の背中をぽんぽん叩いた。

 やっぱり、誰かから憎まれるより、誰かに憎しみを抱くより、誰かを愛して助け合う方がずっといいものだ。


 時計を見る。そろそろ夕方の5時に差し掛かる。いつもなら眠りから覚めて、夜ご飯を食べている時間だ。


「さて、心配かけたお詫びに、今日の夜ご飯は私が作るよ」


「えー。でも魔女さん、サンドイッチしか作れないじゃないですかー」


「作れないんじゃない。作らないだけだよ」


 そんな戯れ合いをしながら、空とブラウニーと一緒に、食堂へと向かった。


 ☆。.:*・゜


『憎しみという感情の話』

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