第59話 体調不良と嵐山さんのお見舞い
嵐山さんの家で話をした後、家へと帰ってきた。
到着した頃には頭痛も酷くなってきていて、お袋には夕食も要らないと言って部屋へ向かった。
嵐山さんからの連絡に返信した後は、倒れるようにベッドに横になって眠りについた。
それが昨日の夜の事。
「う……あ……」
朝起きて気づいたのは、強烈な喉と関節の痛み。
ぼーっとする頭にくらくらする視界。
なんとか起き上がるものの、歩くのも精いっぱいだった。
よろめきながら階段を降りてリビングへ向かう。
お袋はもう起きているみたいだった。
「あ、夜空、全然起きてこないから起こしに行こうと思っていた所だったの――大丈夫?」
「うー……体調悪い……」
「とりあえず座りなさい。今体温計持ってくるから」
椅子まで案内されて、そこに腰を下ろす。
正直立っているのも辛かったから、少しだけ楽になった。
お袋に体温計を渡され、測る。電子音で服の中から出して見れば、表示された数字は38から始まっていた。
「……これは相当ね。念のために病院に行きましょうか。学校は今日あるんだっけ?」
「うん、文化祭の片付けがある」
「じゃあ学校には私の方から連絡しておくわ。車出すから……着替えることは出来る?」
「それくらいなら」
「じゃあ、そうしましょう」
この後の予定が決まったことで、俺はなんとか立ち上がり自分の部屋へと向かう。
体調は最悪だけど、何とか動くことはできそうだ。
「やっちゃったなぁ……」
階段をのぼりながら、呟く。
文化祭の準備で頑張り過ぎたのかもしれない。
蓮達にも頑張り過ぎって言われていたけど、文化祭や嵐山さんのお母さんへの話が終わって、気が抜けたのかもしれない。
文化祭の片付けを手伝えないことは、申し訳ないなと思った。
◆◆◆
実家から学校に向かった私は、教室の前に集まっているクラスメイト達と合流する。
すぐ近くに東川さんと藤堂君が居て、彼らに向けて挨拶をした。
「おはよう、東川さん、藤堂君」
「嵐山さんおはよう」
「おはよう……あれ? 夜空は?」
尋ねられて、私は首を傾げる。
優木がどうかしたのだろうか?
「嵐山さん、夜空くんと一緒じゃないの?」
「……いや、一緒じゃないよ」
「あれ? でもそろそろ時間だけど夜空居ないよな?」
藤堂君が周りを見渡すので、私も同じように確認をしてみる。
確かに優木の姿は見えなかった。
「昨日は夜空君、嵐山さんと一緒に居たのよね?」
「うん、そうだよ」
「体調が――」
「揃っているか? じゃあ片づけを始めるぞ」
東川さんが何かを言いかけたところで、飯島先生がやってきてクラスに声をかける。
全員を見渡して、先生は口を開いた。
「ああそれと、優木は体調不良で休みだそうだ。親御さんから連絡があった」
「……え」
先生の言葉に、思わず声を出してしまった。
『優木休みか―』
『まあ優木君、誰よりも準備頑張ってたからね……体調崩しちゃったのかな』
『気にせずゆっくり休んで欲しいね』
『気にしそうな性格だけどな……今回に関しては体調不良じゃなくてずる休みでも誰も文句言わねえだろ』
『その発言は優木に失礼だろ』
思い思いの話をするクラスメイト達。
それを聞きながら、私は昨日の事を思い出していた。
昨日一番一緒に居たのは私だ。
でも文化祭で一緒にいる時の優木は普段通りで、体調が悪そうなそぶりもなかった。
私の家に行ってからは……どうだっただろう? お母さんと話すってことでいっぱいいっぱいだった気がする。
そういえば今思い出して見ると、あのとき優木に手を握られた時、熱かったような気が。
「じゃあ各々片付けに取り掛かってくれ」
「……っ」
私は弾かれるようにポケットからスマホを取り出し、優木のアイコンをタップする。
居ても立ってもいられなくなって、『大丈夫?』と送信した。
「……嵐山、教師の前でスマホを堂々と使うな。……まあ、気持ちは分からんでもないが」
「あ……す、すみません」
飯島先生の言葉で自分のミスに気付き、慌ててスマホを仕舞う。
今のは最悪スマホを没収されても文句が言えないような行動だった。
けれどため息を吐いて私を見た先生の目には、優しさの色が見て取れた。
「親御さんから話は聞いているが、念のために病院に向かっているそうだ。これまでの頑張りでの疲労が一気に押し寄せてきたと優木本人も話しているらしい。体は怠いものの意識もあって、歩くことも出来るみたいだ。そこまで心配する程でもないと思うが、良ければ片付けが終わった後に優木の家に顔を出してやれ。片付けが終わるころには、流石に優木も病院から帰ってきているだろう」
「……はい、ありがとうございます」
飯島先生に頭を下げて私は教室に向かい、早速片づけをしようとする。
「ああ、少し待て」
けどその途中で先生にとめられた。
振り返ると先生は穏やかな顔で立っていた。
「もし優木の家に見舞いに行くなら伝えておいてくれ。色々と、ありがとうと」
「……分かりました」
微笑む飯島先生に、再び頭を下げる。
振り返って、なるべく早く片付けを終わらせようと私は急ぎ始めた。
◆◆◆
普段の二倍くらいのスピードで動いて片づけを無事に終わらせた私は、自転車を走らせて優木の家に向かう。
以前一緒に帰っているときにここが俺の家だよ、と案内されていて助かった。
記憶にちゃんと残っていたようで、たどり着いた家の表札には「優木」と書かれている。
自転車を止めさせてもらってインターホンを押すと、しばらくして女性の声が聞こえた。
『……どちら様ですか?』
「あの、私、優木君の友人の嵐山と申します。お見舞いに来たのですが……」
そう告げるとインターホンはブチッと音を立てて切れる。
しばらく待っていると、玄関の扉を開けて一人の女性が中から出てきた。
「あー、わざわざすみません。らんざんさん? で良いのよね?」
「はい……あの……優木君は大丈夫でしょうか?」
「さっき病院に行ってきたけど、ただの風邪みたい。疲れがたまってたみたいね。ほらあの子、土日もずっと学校行ってたから」
「……やっぱり」
思った通りの原因で、少しだけ申し訳なくなる。
私がもっと優木や他の皆の手伝いをしていれば、彼の負担を減らせたかもしれないから。
「その……差し入れを持ってきたけど会うことは出来ますか? マスクもありますし……」
「私達は構わないけど、らんざんさんは大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
「そう……それなら構わないわ。でも移ると申し訳ないから、あんまり長居はダメよ?」
「ありがとうございます」
大丈夫なようで一安心。
私はマスクをつけて、優木のお母さんに続いて家の中に入る。
そういえば優木を自分の家に入れたことはあるけど、優木の家に入るのは初めてだなって思った。
「この階段上がってすぐの部屋が夜空の部屋よ。きっとあの子も喜ぶわ。……さっきも言ったけど、来てくれたのは嬉しいんだけど、あんまり長居はしないようにね」
「はい、ありがとうございます」
優木のお母さんに頭を下げて、私は階段を上る。
「……友達? 彼女……? どっちかしら」
そんな優木のお母さんの言葉は耳には届かなかった。
階段を登り切って、一番近い部屋へ。
ゆっくりと扉を開けると、ベッドで寝ていた優木が首だけをこっちに向けた。
「……お袋?」
部屋のカーテンは閉まっているけど、日の光が少し入り込んでいてうっすらと明るかった。
だから優木も私にすぐに気付いたようで、慌てて上体を起こそうとした。
「ら、嵐山さん!?」
「あ、だ、大丈夫、そのままで」
私も慌てて優木に近づき、彼をベッドに横にならせる。
驚いた顔をしていた優木だけど、少しすると状況を飲み込んでくれたようで、微笑んだ。
「来てくれたんだね。嬉しいよ」
「うん、心配だったから……昨日はごめん。体調悪かったのに実家まで付き合わせちゃって」
「あはは、大丈夫だよ。ちょっとした体調不良で嵐山さんの過去の悩みが消えたなら、安いものさ」
笑顔でそう言う優木を見て胸がチクリと痛む。
ここ最近はずっとこうだ。
彼と一緒にいると胸が苦しくなって、ドキドキする。
でも、それが悪い事とは全然思えなくて。
「体調は大丈夫?」
「うん、病院に行ったし、薬も貰って飲んだからね。検査したけどウイルスとかじゃないみたい。やっぱり無理しすぎちゃったかな」
「ゆっくり休んで。今日学校で文化祭の片づけをしたけど、クラスの皆も優木には休んで欲しいって言ってた。飯島先生も、色々と、ありがとうって言ってたし」
「そっか……ちょっと悪い気がするけど……」
「ううん、ラッキーって思っていいんだよ」
「いや……それは……」
苦笑いする優木を見て微笑む。
彼との会話は楽しい。
あ、楽しくて忘れるところだった。
「これ、差し入れ。多分飲み物とかゼリーとかが欲しいかなと思って買ってきた。家にもあるとは思うけど、良ければ食べて元気になって」
「本当? すっごく嬉しいよ。ありがとう嵐山さん」
笑顔を見せてくれる優木。
でもまだ疲れは完全には取れていないようで、少しだけ目じりが下がっていた。
話したいことはまだまだあるけど、これ以上は優木を疲れさせちゃうなって、そう思った。
「あんまり長居すると優木のお母さんが心配するし、優木も眠れないだろうから今日は帰るね」
「うん、あんまり長いと移しちゃうかもしれないって俺も心配だからね」
「……大丈夫そうで良かった。またね、優木」
「うん、またね、嵐山さん」
笑顔を見せてくれる優木に手を振って、私は彼の部屋を後にする。
階段を降りて、リビングへ続く扉を開けた。
リビングには優木のお母さんが座っていて、ありがとうございましたと挨拶をする。
笑顔で廊下まで出て来てくれて、玄関から帰る時まで見送ってくれた。
良ければまた来てね、って言ってくれたくらいだ。
優木の家を出て振り返る。
二階を見上げて、胸の前で拳を作って押し当てた。
「…………」
自分の気持ちに気づき、私は優木の家を後にする。
私の足は少しだけ早足で、そして顔はちょっとだけ熱かった。
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