第48話 私が、壊れたときのこと①
髪を染めた後も、中学ではそれまでとあんまり変わることなく過ごしていたと思う。
周りから噂をさせることはあったけど、その一方で変わらずに接してくれる友だちも居たから。
「莉愛ちゃん、数学の宿題やった? 一か所分からないところがあるから、教えて欲しいんだよねー」
「うん、やったよ。ちょっと待ってね」
中学二年からずっと友達の
計算問題が解かれたノートのページを開けば、その横に恵ちゃんも自分のノートを広げた。
最後の問題以外は解かれていて、分からなかった問題をじーっと見て理解しようとしていた。
「あー、こうやって考えるんだ。なるほどぉ……」
「キリの良い数字を作るのを意識すると良いんじゃないかな」
「流石莉愛ちゃん、なんでもできるなぁ」
「そんなことないよ。社会は恵ちゃんの方が出来るじゃん」
クラスには他にも仲の良い子は居たけど、恵ちゃんとは一番仲が良かったと思う。
別の言葉で言うなら親友のような立ち位置が彼女だった。
他にも名前で呼び合う子は何人か居たけど、一番多く名前を呼び合ったのは彼女。
恵ちゃんは一番近い人だった。
学校ではお昼は絶対一緒に食べたし、休日はよく遊んだりもした。
カラオケやショッピング、夕食だって外で一緒に食べたことがあった。
それは私が髪の色を変えて、周りから変な目で見られるようになっても変わらなかった。
ある日の帰り道、私は恵ちゃんに聞いたことがあった。
「……恵ちゃんは、私が髪を切って染めたことについてはどう思ってるの?」
聞くのが怖かったけど、どうしても気になって私は聞いた。
隣を歩いていた恵ちゃんは私の方を見て、微笑んでくれたのをよく覚えている。
「うーん……最初は驚いたけど、今は別にって感じかな。莉愛ちゃんが莉愛ちゃんじゃなくなるわけじゃないからね」
「恵ちゃん……」
その時の恵ちゃんの言葉は、私にとって嬉しいものだった。
たとえそれが恵ちゃんの本心でなかったとしても、この時の私にとっては何よりも嬉しい言葉だったんだ。
私は主に恵ちゃんと、そして時折他のクラスメイトの数人と過ごしながら中学生活を送っていた。
でも事件が起きたのは、ううん、起き始めたのは9月くらいだったと思う。
夏休みも終わってしばらくしたとき、帰りのHRで担任の先生が重々しい雰囲気で切り出したんだ。
私の中学三年生の時の担任は
今の高校の飯島先生よりは年上の教師で、苗字と名前に桜って入っているから、桜先生って呼ばれてた。
いつもはよく笑う可愛らしい先生だったけど、その日の先生の変わった様子に、クラスが静まり返ったのを今でも覚えているよ。
「……このクラスで、窃盗事件が起きました。物が……財布が盗まれました」
始まりは、とある女子生徒の財布が盗まれたこと。
それを説明されてクラスの男子はその女子を揶揄ったりした。
本当に失くしたのか? とか、実はどっかに入っているんじゃないか? っていう声もあった。
でもその女の子が声を大にして、どこにもない! って叫ぶから、男子たちも事の重大さが分かって黙るようになった。
今までそんな事件が起きたことはなかったから、ちょっと騒ぎたくなるもの分からなくもないんだけどね。
「……今から皆の鞄の中身を確認します。順番に確認するから、机の上に出して」
桜先生の言葉に、生徒は微妙そうな顔をしながらも机の上に鞄を出した。
……今になって思うけど、別室に生徒を一人一人呼び出せばいいのにね。
犯人が見つかったりしたらどうするんだろう、その子が他の皆にバレちゃうけど。
まあ、そんなこと考えてなかっただろうし、呼び出している間に隠されるとか思ったのかもしれないね。
とにかく、桜先生は生徒の鞄を次々とチェックし始めた。
財布を盗まれた女の子の鞄も、その子を揶揄った男子の鞄も。
恵ちゃんも、もちろん私も鞄を確認された。
この時の事はよく覚えてるよ。
気のせい……かもしれないけど、私の鞄の時は他の生徒よりも時間をかけて鞄の中を確認しているように思えたから。
きっと無意識か、あるいは心の中では私の事を疑っていたのかもね。
けど結局、誰の鞄からも財布は出てこなかった。
「……今回はどうしようもないからこれで終わりにします。ただ、財布を持ってくる場合は肌身離さず持つようにすること。というよりも、持ってこないのが一番の対策だけどね」
桜先生はそう言ったけど、私の通っていた中学は少し遠くにあって、学食や自販機もあった。
だから財布を持ってきている生徒がほとんどだったし、桜先生の忠告は意味がないだろうなと思ってた。
でもそれ以上に、桜先生がそう言った時に、私の方を少し長く見た気がしたのは気のせいじゃなかったと思う。
結局その日は何かが起こるわけもなく解散。
この日の帰り道に、私は恵ちゃんと一緒に帰った。
そういえば言ってなかったけど、恵ちゃんと私は毎日一緒に帰ってたわけじゃないんだ。
恵ちゃんに用事があるからって、別々に帰ることもあった。
大体二日に一回か、三日に一回くらいの頻度で一緒に帰ってたと思う。
「それにしても財布が盗まれるなんて驚いたね」
「うん、本当にびっくりした。恵ちゃんも気を付けてね」
「えー、私は大丈夫だよぉ」
笑顔でそう言う恵ちゃんはまったく自分の事なんて心配していないみたいだった。
まあまあ長い付き合いだけど、恵ちゃんはおっとりとした感じだから、今回も他人事なんだろうな、なんてことを思ったりした。
でも翌日の朝、事件は急に解決した。
朝に登校すると、昨日財布を盗まれた子と、桜先生、その他にも何人ものクラスメイトが集まっていた。
話を近くのクラスメイトに聞いてみると、始めに教室に来たクラスメイトが女の子の机の上に置いてある財布に気づき、桜先生を呼びに行ったみたいだ。
その後女の子も登校し、私が登校したタイミングに至ったみたい。
「なになにー? どうしたの?」
「あ、恵ちゃん。昨日の財布が盗まれた事件だけど、財布見つかったみたいだよ」
「ふーん、そうなんだー」
珍しく私よりも遅く登校してきた恵ちゃんに説明すると、彼女はいつもの調子だった。
結局その後のHRで桜先生から説明があったけど、財布はいつからか分からないけど女の子の机に置いてあったこと。
けど昨日の帰りや、警備員が夜に見回ったタイミングでは財布はなかった事。
そして財布の中身には一切手を付けられていなくて、お金も減ってなかったことが説明された。
「えーっと……盗んだ人が悪い事をしたと思って返したのかもしれませんが、例えお金が取られていなくても盗むことはいけない事です。次からは気を付けるように。……あともしもやっちゃったって人が居たら、先生のところに来るように」
財布が全く手を付けられていないから、衝動的な犯行なんじゃないかって桜先生も考えたんだと思う。
これで見つかった財布からお金が盗まれてたとかだと警察を呼んだりとかもあるのかもしれないけど、とりあえず様子を見たのかも、詳しくはよく分からないけど。
結局のところ、この一連の事件はこの段階では私にはそこまで関係がなかった。
財布を盗まれた女の子とはクラスメイトだけど特別親しいってわけじゃなかったし、私は盗まれたわけでも、もちろん盗んだわけでもないから。
でも事態が大きく動き出したのは、それから少し経った後だった。
四時間目の体育の授業の後にトイレに寄ってから教室に戻ったら、クラスメイト達がざわついていた。
話を他のクラスメイトから聞いて驚いたけど、ついさっきの時間に財布を盗もうとした生徒が居て、それを他の生徒が見つけたんだとか。
私はそのことを恵ちゃんではないクラスメイトから聞いた。
だって恵ちゃんはそのときクラスに居なかったから。
もう分かるよね? その盗もうとした生徒が、恵ちゃんだったんだよ。
クラスメイトから話を聞いて、どうして恵ちゃんはそんな事をしたんだろうって思った。
でも私は恵ちゃんの友達だから、今回の事件を受けても恵ちゃんの側に居ようとも思った。
彼女が私の変化を受け入れてくれたから、今度は私が恵ちゃんに返したいって、そう思ったんだ。
恵ちゃんは騒ぎを聞きつけた桜先生に職員室に呼ばれていたけど、しばらくして教室に帰ってきた。
多くのクラスメイトにひそひそ話をされたり、見られたりしていたから、俯いたまま恵ちゃんは席に座った。
その様子を見て、私は自分の席を立って彼女の元へ行った。
「恵ちゃん……大丈夫?」
なんて声をかけていいか分からなくて、でも慰めるのも悪くないとか言うのも違うと思ったから、とりあえず大丈夫? と声をかけた。
「…………」
それに対して、恵ちゃんは無言だった。
一言も返事をすることなく、私の方を見ることもなく、無言で俯いているだけだった。
そんな恵ちゃんがどこか不気味で、もう一度声をかけようとしたとき。
「嵐山さん、居る?」
「え」
教室にやってきた桜先生に声をかけられた。
なんで私と思って恵ちゃんから顔を上げて桜先生の方を見た。
先生は私を見て、そして側に居る恵ちゃんを見て、少しだけ顔をしかめたのをよく覚えている。
けれどどうしてそんな顔をするのかも分からなくて戸惑っていると、桜先生はまっすぐに私に言った。
「ちょっと話を聞きたいんだけど、来てもらってもいい?」
「えっと……はい」
よく分からなかったけど、きっと恵ちゃんと一番親しいからかな、なんてことを思ったりした。
考えてみればたとえ親しくても呼ぶ理由なんて無いんだけど、この時の私にはそれくらいしか先生に呼ばれる理由が思いつかなかったんだ。
桜先生についていけば、連れてこられたのは職員室ではなくて、使われていない部屋だった。
生徒指導室とかじゃないと思うけど、あまり広くない、物が少し置かれた部屋。
使われていない椅子に座って、って桜先生に言われて、私は着席した。
教室には椅子がいくつか置いてあったけど、桜先生は座らないで立ったままだった。
先生は私を見下ろして、睨みつけるような目で言った。
「片倉さんから話を聞いたんだけど、彼女は嵐山さん、あなたに命令されて財布を盗んだと言っているんだけど、本当かしら?」
「……え?」
思いもしなかった事を言われて、私は頭が真っ白になった。
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