第3章 彼女と向き合う、過去

第45話 少しずつ変わり始めた日常

 週明けの月曜日の朝、修学旅行の興奮も冷めきらぬ中で俺は教室に入る。

 自分の席に近い教室の前の扉を開ければ、中にはすでに生徒が何人かいた。

 歩き、自分の席へ向かえば後ろの席に座る蓮と目が合う。


「おう、おはよう夜空」

「おはよう蓮」


 軽く挨拶を交わした後に、自然と視線が教室の窓際一番後ろへ行った。

 そこにはすでに登校していた嵐山さんが居て、目が合うと小さくだけど手をあげてくれた。

 俺も軽く手を挙げて挨拶を交わし、小さく微笑みあって視線を外す。


 たった数秒程度だけど、こうしてやり取りが出来るなんて以前は考えられなかったことだ。


「なんか、修学旅行の後の学校って変な感じだよなぁ」

「ああ、なんだか言いたいことは分かるかも。ちょっと微妙というか、なんと言うか」

「それに月末には文化祭もあるしなぁ。色々することが多い月だぜ」


 蓮の言う通り、月の初めの修学旅行が終わったと思ったら、月末には文化祭が待っている。

 文化祭までは3週間程度あるけど、準備の事を考えるとあっという間に過ぎるんだろうな、なんてことを思った。


「今日に作業の洗い出しや担当を簡単に決めて……みたいな感じかな?」

「そうじゃね? 去年は展示物で準備は楽だったけど退屈だったからなぁ。今回はお化け屋敷ってことで、大変そうだな」

「あー、まあ、確かになぁ」


 去年も同じクラスだった蓮の言葉に同意する。

 前回は高校初の文化祭ということで準備に時間や労力がかからなさそうな出し物にしたんだと思い返した。


「でも来年は受験で時間ないだろうから、頑張るなら今年だよな。修学旅行の後すぐってのはなかなかにハードなスケジュールだけど」

「大変だけど楽しいだろうな。何かを作ったりするのは結構好きだし、その方が達成感もあるだろ」


 あまり細かい事を考えずに、俺は蓮にそう返した。


「それにしてもお化け屋敷かぁ……メイド喫茶が良かったなぁ」

「もう決まったんだから、文句言ってもしょうがないだろ」


 文化祭は11月の末だけど、出し物を何にするかは早めに決める必要があるみたいで9月の初旬に決めていた。

 その際クラスメイトが色々な意見を出したけど、蓮が出したのがメイド喫茶だった。

 女子の反応は微妙派と人気出そう派で二分、男子はほとんどが賛成だった。


 ただそれに関しては3年の時にもできるんじゃないかという話になって、お蔵入りになった。

 蓮は悔し涙を流していて、それを苦笑いしながら見ていたりした。

 ちなみに東川は絶対零度の視線で蓮を見ていて、帰り道は冷たい雰囲気だった。

 蓮は流石に反省すべきだったと、俺は思う。




 ◆◆◆




「修学旅行でやるのを忘れていたが、席替えを行う」


 4時間目は飯島先生の授業時間で、終了前にその言葉と共に席替えが始まる。

 前回は夏休み明けで9月だったので、11月の今は席替えの時期だ。

 正直6月くらいは嵐山さんとの件があったからドキドキなイベントだったけど、彼女と仲良くなった今ではあまり思うところはない。


 今の廊下側の前から二番目という位置も悪くなかったんだけどなぁ、と思ったのが数分前。

 くじを引いた結果、俺は廊下側の後ろから二番目というこれまた微妙な場所へと移動していた。

 あまり遠くに移動しなかったのもあって、大きく変わった印象はない。

 けれど後ろの席の人物は、蓮から全く違う人へと変わっていた。


「よろしくね、夜空君」

「ああ、よろしく東川」


 蓮の幼馴染にして俺とも親しい東川が俺の後、つまり廊下側の一番後ろだった。

 彼女と席が近くなったことはこれが初めてで、新鮮だった。


「東川さん、優木くん、よろしくね」

「栗原さんもよろしく」

「よろしくー」


 そして左隣はクラス委員長でもある栗原さんだ。

 後ろは付き合いの長いものの近い席になったのは初めての東川、そして左は最近親しくなった栗原さんという珍しい配置。


 ちなみに蓮は少し離れた位置、正確には真ん中の後ろの方という微妙な位置に落ち着いていた。

 周りにとても親しいと言えるような人は居ないらしく、少し手持無沙汰な様子だ。

 それを苦笑いして見た後に、そういえば嵐山さんは? と思って教室内を見る。


 クラスの後ろの方に座っているから前の方は見渡せるけれど、嵐山さんの後ろ姿は見えない。

 まさかと思って左の方を見てみると、栗原さんのさらに遠くに、嵐山さんを見つけた。


「……嵐山さん、またあそこなのか」


 驚いたことに、嵐山さんは三連続で窓際の一番後ろになっていた。

 机の上に紙が置いてあるので、移動していないのではなくて運で引き当てたんだろう。

 豪運過ぎて、もはやあの席が嵐山さんの専用なのかと思ってしまうくらいだ。


「……まさかと思うけど、不正してないわよね?」

「いや、たかが席替えで不正をする意味が分からないでしょ」


 東川の呟きに対して栗原さんの鋭いツッコミが飛ぶ。

 正論をぶつけられて東川は、そりゃそっか、と言って視線を外していた。


 ちなみにさっき思い出したけど、6月の席替えは飯島先生が間違いなく仕組んでいた。

 そのことで、ちょっとだけギクッとしたのはここだけの話だ。


 そうなると三連続じゃなくて二連続だから、なってもおかしくはないのか、なんて考え直したとき。


「じゃあ次の席替えは年明けの1月だな。……少し早いが、今日はここまで。昼休みにしよう。ただチャイムが鳴るまでは教室から出ないように」


 そう言った飯島先生が教室から出ていく。

 授業終了までは2分程度残っていたけど、席替えが終わってキリが良いからだろう。


 俺達に釘を刺して出ていった飯島先生。

 彼女の閉めた教室の扉をじっとみていると、後ろから声をかけられた。


「……っていうかさ、2か月に一回席替えって結構頻度多くない?」

「そ、そう? 俺はちょくちょく授業を受ける場所が変わるのは良い事だと思うけど」

「まあ、確かに?」


 東川の言葉に苦笑いをしながら返した。

 この二か月に一回席替えの決まりが始まったのは6月、つまり俺は関係者である。

 飯島先生も二か月に一回って言っちゃったからやり続けるんだろうな、なんてことを思った。

 実際さっき席替えの手続きしているとき、ちょっとめんどくさそうにしてたし。


「なに? 東川さんは不満なの?」

「席替え自体に不満はないけど、場所がね。少し見にくいというか……私も委員長と同じで眼鏡にしようかな」

「いいんじゃないかしら。板書も見やすくなるし、意外と楽よ?」

「でも私、委員長みたいに似合うかな……」

「いや、別に私も似合っているわけじゃないと思うけど……」


 栗原さんと東川は修学旅行で少し仲良くなったのか、言葉を交わしていた。

 その内容を聞いて、チラリと栗原さんを伺う。

 東川の言う通り、このクラスで一番眼鏡が似合うというのは栗原さん以外に居ないだろう。

 真面目だし、委員長だし。


 そんな事を思っていると、チャイムの音が鳴り響く。

 その音を聞いて席を立ち始めるクラスメイト達。

 椅子が動く音や談笑する声を聞きながらも、俺は席から立ち上がることはなかった。


「夜空君、今日は教室?」

「うん、そうだよ」


 今日は特に嵐山さんとの予定はない。

 だから教室で食べる日だし、それが分かっているからこそ奴もそろそろ来る頃だろう。


「夜空、沙織、お前らは良いよなぁ……席が近くて」


 そう少しだけ沈んだ声で話しかけてきたのはコンビニの袋を持った蓮だった。


「いや、周りの人と仲良くすればいいじゃん」

「別に周りのやつらに文句はないけどさ、沙織や夜空が近い方が楽しいってのはあるじゃん? あ、この席借りてもいい? おう、ありがと」


 そう言った蓮は東川の隣の席が空いたことを確認して、クラスメイトに席を借りていた。

 机の上にコンビニの袋を置いた。


「…………」

「ん? 委員長?」


 その様子をじっと見ていた栗原さんは、蓮を見た後に東川、そして俺に順に視線を移していく。


「その……一緒に食べてもいいかしら? 私も今日はお弁当で」

「いいじゃない、せっかくだし一緒に食べましょう」

「うん、全然構わないよ」

「いいじゃんいいじゃん。っていうか委員長弁当なんだな。自分で作ってるの?」

「ありがとう。そうね……でも毎回じゃなくて、たまに料理の練習も兼ねてって感じなの」


 そう言った栗原さんは自分の机の上に弁当箱が入っているであろう袋を出した。


「へえ、料理できるなんてすげえな。俺なんて全然――」

「ねえ、ちょっといいかな」


 蓮が言葉を止める。

 彼だけでなく東川や委員長、そして俺も言葉を失っていた。

 東川と蓮の座っている席の間に来たのは、嵐山さんだった。


「私も一緒に食べてもいい?」


 突然の言葉に驚く東川達。

 でも嵐山さんの声を聞いて、俺は真っ先に返事をしていた。


「うん、もちろんだよ。一緒に食べよう」

「ありがと」


 俺の方を見て返事してくれた嵐山さんは、少しだけ笑みを見せてくれた。


「もちろん歓迎よ」

「あー、も、もちろん。どうする? どこ座る?」

「夜空君の前の席が空いているから、そこでいいんじゃないかしら」


 東川、蓮、栗原さんも次々に受け入れてくれる。

 少しだけ嬉しそうな顔をした嵐山さんは俺の前の席へ移動し、そこに腰かけた。


「嵐山さん、俺の机に置いていいよ」

「うん、分かった」


 俺の言葉に応じるように嵐山さんは手に持っていた手提げ袋から何かを取り出して俺の机の上に置いた。

 見覚えのあるお弁当箱の入った袋だった。


「あら? 嵐山さんもお弁当なの?」

「……たまに。でも今日は昨日の余りもの」


 栗原さんの質問に対する嵐山さんの答えは実は知っていたことだ。

 嵐山さんはお弁当を持ってくることが多いけど、そのうち半分くらいは余りもので作ってきた時だ。

 で、残りの半分はその……俺の分も一緒に作って来てくれる場合だ。


 嵐山さんはお弁当箱を広げる。

 袋から出して蓋を外せば、色とりどりのおかずが目に入った。


「え……すご……」


 遠くからその様子を見ていた東川が呟く。

 その声を聞いたからか蓮も嵐山さんのお弁当を見て声を発した。


「それ、嵐山さんが作ったの?」

「うん」

「すごいな……母親が作ったって聞いても違和感ないくらいだ」

「私お姉ちゃんと二人暮らしで、お姉ちゃんのために料理を作ることが多いの。だから自然と出来るようになったというか」


 言葉を聞きながら、俺は少しだけ感動していた。

 蓮と嵐山さん、東川と嵐山さん、彼らが教室で話しているのが、嬉しかったから。


「やっぱり誰かのために作るっていうのは成長しやすいのね」

「ん」


 まだぎこちなさはあるけど、こうして話してくれているだけでも大きな前進だろう。

 修学旅行で少し仲良くなったからか、東川や栗原と話しても拒絶するような雰囲気は出していなかった。


「そういえば嵐山さんのお姉さんって、料理は……」

「全くできないよ。というより、家事があまり得意じゃない」

「そ、そうなんだ……」


 以前嵐山さんの家に行った時はとても綺麗だったけど、あれは嵐山さんの努力の結果だったらしい。

 嵐山さんのお姉さんに対して何でもできるスーパーウーマン的なことを考えていたけど、実はそうじゃなかったようだ。


 ちょっとだけ嵐山さんのお姉さんに対する印象が変わりつつも、俺達は5人で楽しい昼休みを過ごした。

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