第44話 そして彼らは日常に戻っていく

 夕方、ついに修学旅行も終わり、東京へと帰る時がやってくる。 

 新大阪駅のホームには帰りの新幹線が既に到着していた。 

  

「あー、何か乗りたくねえなぁ……これでもう終わりかぁ……」 

「言っても仕方ないでしょ。一日延びるわけでもないし」 

「分かっているけど……でも気持ちは委員長も分かるだろ?」 

「それはそうだけど……」 

  

 前方では蓮と栗原さんがそんな話をしている。 

 蓮の言うことが叶わないことは明白だけど、言いたいことは分かる。 

 とても楽しい四日間だったから、それが終わるのが受け入れられないくらいだ。 

  

 隣に立つ嵐山さんに目を向けてみると、彼女も蓮に視線を向けていた。 

 きっと俺達と同じことを思ってくれているだろう。 

  

 けれど、もう時間だ。 

  

 次々と新幹線に入っていく生徒たち。 

 今回もまた車両は貸し切りで、俺と嵐山さんは一番後ろの席になっている。 

 だから乗り込むのも最後になる。 

  

 嵐山さんが先に新幹線に乗り込んだところで、俺はホームを見渡した。 

 先生たちが生徒の乗り遅れがないか見ているだけで、他に生徒の姿はない。 

 後は一般の人達が居るだけだ。 

  

 奈良、京都、大阪と楽しかった修学旅行も、これで終わりと改めてしみじみした気持ちになる。 

 ふと、遠くに立つ飯島先生と目が合った。 

  

「…………」 

  

 無言で、彼女は微笑んだ。 

 なぜか分からないけれど、『よくやった』と言ってくれているような気がして、頭を下げた。 

  

「優木?」 

「あ、ごめん嵐山さん」 

  

 新幹線の中から声が聞こえて、慌てて中へ入る。 

 少しの間中で待っていてくれたのか、彼女は不思議な顔をしていたものの、すぐに座席の方へと歩いていく。 

 それについていき、自分の席へと向かった。 

  

 行きは俺が窓際だったこともあり、帰りは嵐山さんに窓際を譲った。 

 先に入った彼女の隣に腰を下ろすと、ますます寂しい気持ちが募って俺は窓の外へと視線を送った。 

  

 時間が少しだけ過ぎ、新幹線の扉が閉まる音が聞こえる。 

 そしてすぐに、東京へ向けて新幹線は緩やかに走り出した。 

  

 流れていく駅の景色。 

 それはすぐに過ぎて、大阪の街並みへと移り変わる。 

 目に負えないスピードで過ぎていく景色を見ていると、同じように窓の外を見ていた嵐山さんが俺の方を向いた。 

  

「お疲れ様、優木」 

「……嵐山さんもね」 

  

 そう言って、互いに微笑みあう。 

 寂しくはあるけれど、心の中にはしっかりと思い出として残っている。 

 四日間精いっぱい頑張った、だからお疲れ様。 

  

 自分自身にも、そう伝えた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 優木と嵐山の一つ前の席で、藤堂はふぅと息を吐く。 

  

「途中はどうなるかと思ったけど、なんとかなって本当に良かったよ」 

「ええ、そうね。正直最初は心配だったけど、退屈しない四日間だったわ」 

「楽しかった? 委員長」 

「まあまあね」 

  

 藤堂の言葉に栗原は軽い調子で返すものの、口元はつり上がっていた。 

 楽しかったと思ってくれているのは誰の目にも明らかだが、藤堂は苦笑いするだけで指摘しなかった。 

  

「……それにしても……優木君もそうだけど、藤堂君も友達思いなのね」 

「なんだよ急に」 

「別に……ただそう思っただけよ」 

  

 得意気な顔でそう告げる栗原を不思議そうな顔で見る藤堂。 

 まあいいや、と言って、後ろに座っている優木に話しかけようとしたのか、身を乗り出して上から背後の席を見る。 

 かと思えば、動きを止めた。 

  

 何事かと思い、栗原も同じように身を乗り出して上から後ろの席を見た。 

  

 彼らの後ろの席で、優木と嵐山は新幹線に揺られて眠りに落ちていた。 

 疲れたのだろう、背もたれに体を預けてすやすやと穏やかな寝息を立てている。 

 優木は左方向に、嵐山は右方向に傾く形で、寄り添い合って眠っているようだった。 

  

「……お疲れなようね」 

「色々あったからなぁ……」 

  

 藤堂と栗原は互いに顔を見合わせて、微笑みあう。 

 自分の席に座り直す二人の後ろの席で、優木と嵐山は新幹線が東京駅に到着するまで心地良い眠りの世界に二人で居た。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 最寄りの駅で優木と別れて、私は四日ぶりに自分の家に帰ってきた。 

 正確にはお姉ちゃんの家ではあるんだけど、細かいところは今は良いだろう。 

 鍵を使って中へと入れば、お姉ちゃんの靴が玄関に置いてあった。 

  

 今日は金曜日、明日明後日はお休みだ。 

 だからちょっと早く帰ってきたという事だろう。 

 リビングに続く扉を開ければ、思った通り、四人掛けのテーブルに座ってお姉ちゃんがゆっくりとしていた。 

  

「あ、おかえり莉愛」 

「うん、ただいま」 

  

 自分の鞄を開いて、その中からお土産を取り出す。 

 優木と一緒に買った五つのお土産を、テーブルの上に置いた。 

  

「お土産買ってきてくれたの? ありがとう」 

「こっちの四つの内二つはお姉ちゃんの……で、残りの二つはお父さんとお母さんに渡して欲しい」 

「……うん、分かった」 

  

 少しだけ寂しそうな表情を浮かべたけど、お姉ちゃんは何も言わずにお土産を受け取ってくれた。 

 彼女は受け取ったお土産をじっと見ていたかと思うと、私の方を見て何かを言おうとした。 

 けれど上手く言葉が出てこないようで、再び視線をお土産に落としてしまう。 

  

「……? どうしたの?」 

  

 様子がおかしいから聞いてみると、お姉ちゃんは小さく息を吐いて、そして私を見た。 

  

「修学旅行……楽しかった?」 

「うん、すっごく楽しかったよ。思い出に残る四日間だった」 

  

 さっきまで一緒に居た優木の事を思い出して、そう答える。 

  

「…………」 

  

 するとお姉ちゃんは目を見開いて、動きを止めていた。 

  

「……?」 

  

 不思議に思って首を傾げると、お姉ちゃんは、そっか、と小さく呟く。 

  

「楽しめているんだね……良かった……」 

「あ……」 

  

 その言葉で気づかされた。 

 お姉ちゃんは、私の事を心配してくれていたんだという事を。 

  

「…………」 

「…………」 

  

 私達の間に沈黙が落ちる。 

 静かな空間、ただ時計の秒針の音が耳に入るだけ。 

 お姉ちゃんは心配してくれた、それなら私に出来ることは。 

  

「うん、楽しめてるよ。中学の時とはもう違うから、だから……大丈夫」 

「莉愛……」 

  

 感極まったように少しうるんだ目で私を見るお姉ちゃん。 

 胸の前で握りこぶしを作って、より強く決心を固める。 

  

 そうだ、違うんだ。昔とは違う。 

 とくに優木は……違う。 

 大丈夫だ、中学のときの事を話すことだってできる。 

  

 私は私自身に、大丈夫だよと告げた。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 四日ぶりに家へと帰ってくる。 

 久しぶりの感じがしたけれど、たった四日で大きく変わるわけもなく、玄関の扉を開けば見慣れた景色が入ってくる。 

 靴を脱いでリビングへと向かえば、お袋が寛いでテレビを見ていた。 

  

「あら、おかえり。疲れたでしょ、お風呂湧いているから入ってくると良いわよ」 

  

 俺に気づいたお袋はテレビを消して微笑んでくれる。 

 帰ってくる俺のために色々してくれたみたいで、嬉しくなった。 

  

「うん、ただいま。あ、そうだ、お土産買ってきたよ」 

「あ、本当? ありがとう」 

  

 鞄を開き、中から嵐山さんと一緒に購入したお土産を取り出す。 

 全部で四箱を取り出し、二個ずつに分けた後にその片方をお袋の方に押しやった。 

  

「はいこれ、お袋と親父の分ね。二人で分けて」 

「ええ、頂くわ。お父さんも喜ぶと思う」 

  

 お袋の声を聞きながら、手元の二個のお土産から一つを手に取る。 

 もう一つは俺の、そしてこれは彼女のだ。 

 箱を持ったまま俺はテーブルを離れ、隣にある和室に引き戸を開けて入る。 

  

 そしてその奥に置かれている仏壇に、そのお土産を置いた。 

  

「……朝日、京都のお土産だよ。……ごめんな、俺だけ修学旅行楽しんで」 

  

 仏壇に置かれている写真に写る小さな女の子に声をかける。 

 優木 朝日ゆうき あさひ。俺の、妹だ。 

 もうこの世にはいない、俺のせいで亡くなった、妹。 

  

 仏壇の前で手を合わせて、俺は踵を返して和室を出ていく。 

 和室の引き戸を閉めれば、お袋と目が合った。 

  

「……朝日も喜んでいると思うわ」 

「……そうだと……いいけど。……お風呂入ってくるね」 

  

 小さく笑って、俺はリビングを出た。 

 そんな俺をお袋がずっと悲しげに見ているのには気づいていたけど、意図的に無視した。 

 

第2章 近づいた彼女との、修学旅行 完

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