第41話 そうしてまた、距離は縮まる
翌朝、ホテルの朝食を頂いた俺達は一晩過ごした部屋を後にした。
今日は修学旅行の最終日で、大型テーマパークで遊んだ後に新幹線で帰宅だ。
「長いようで短い修学旅行だったなぁ……」
「といっても、この後のテーマパークが楽しみではあるけどね」
「最後の最後で一番楽しみなものを持ってきてくれたのは良かったかも」
蓮と青木と話しながら階段を降り一階へ。
そしてロビーを出たところで、少し離れた位置に居る人影が目に入った。
誰だろうと思って確認してみると、その姿を見て驚いた。
鞄を肩から下げた嵐山さんが立っていた。
「ら、嵐山さん……?」
「あ……」
俺に気づいたのか、嵐山さんも声を発する。
そこには昨日までの冷たさは少しも残っていなかった。
彼女は俺に気づくと、こちらへとゆっくり歩いてくる。
「ゆ、優木……その……少し話したいことがあるの……いい?」
「え、えっと……」
伺うような瞳に、少しだけ困惑する。
俺は構わないけれど、今この場には蓮と青木がいる。
蓮に視線を向けてみると、彼はしっかりと頷いてくれた。
「余裕を持って部屋を出たからな。集合までは少し時間がある筈だ。ゆっくり話して来いよ」
「あ、ああ……分かった」
蓮と青木と別れ、俺は嵐山さんと一緒にホテルの入り口から少し離れた場所へと移動する。
少し歩けば、自然豊かな小道のような場所に出た。
もう駐車場に集まっていた生徒たちの姿は見えないし、他に人影もない。
少しの肌寒さを感じながら、ここなら良いだろうと思い、嵐山さんに振り返った。
「えっと……嵐山さん、それで話って――」
「ごめん」
「え……」
驚いたことに、嵐山さんは急に頭を下げて謝ってきた。
突然の出来事に混乱するものの、嵐山さんは続けて口を開く。
「私、昨日すごく感じ悪かった……優木は何も悪くないのに、あんな態度取って……だから、ごめんなさい」
「い、いや……そこまで気にしていないから大丈夫だけど……」
嵐山さんの事は気にしてはいたけど、それは心配の方がはるかに大きかった。
彼女に冷たい態度を取られたことに関しては少しも、いやまったく気にしていない。
正直にその旨を伝えるけれど、それ以上に俺は心配になっていることがあった。
「えっと……その……嵐山さんの方は大丈夫? 昨日あんなことがあったから、ちょっと心配で」
突然他者を拒絶するような態度を取った昨日の嵐山さん。
その原因が昼に出会った女子生徒、もっと言えば中学時代の出来事であるのは間違いなかった。
そのことを尋ねると、頭を上げた嵐山さんははっきりと頷く。
「うん、もう平気……」
「そっか……それなら良かった。……本当に、良かった」
正直言って昨日の嵐山さんは見てられなかった。
あまりにも辛そうで、苦しそうだったから。
けれど今の彼女はこれまでの彼女に戻っている。
それを確認して、ようやく俺は安心できた。
嵐山さんは、それでね、と小さく声を発する。
「優木には近いうちに話したいんだ。私の……中学時代の事を……」
「嵐山さんの……中学時代……」
おそらく今の嵐山さんを形作るきっかけになったであろう出来事。
それを語るのは彼女からしても勇気がいることなんだと思う。
でもそれを俺に語ってくれるって言うなら、しっかりと聞きたいと、そう思った。
「でも……流石に今日は修学旅行だから、東京に帰ってから話す。……絶対、話すから」
「うん、嵐山さんのタイミングで話してほしい。すぐじゃなくても大丈夫。嵐山さんの気持ちの準備が整ってからで、いいからね」
「……ありがとう」
ほっと息を吐いて、嵐山さんは安心したように小さく笑った。
昨日は見せてくれなかった笑顔を、見せてくれた。
俺は、よし、と言って気持ちを切り替える。
「じゃあ残りの時間、いっぱい楽しもう! 修学旅行も今日で終わりだし、最後まで良い思い出に……ね」
「うん、そうだね。じゃあ行こう?」
頷いて俺と嵐山さんは横並びに歩き始める。
「嵐山さんは、今日これから行くテーマパークは行ったことある?」
「ううん、ないよ。東京の方のはあるけど、大阪のは初めて。テレビのCMで見たことは何度もあるんだけどね」
「やっぱりそうだよね。俺もそうなんだ。初めてだから楽しみだなぁ……ちょっと時間が短いのが不満ではあるけどね」
「帰りの新幹線の時間があるから仕方ないよ。そこまで遅い時間までは居られないから」
「残念……でも精いっぱい楽しもうね」
「うん、そうだね」
これまでと同じように、二人で言葉を重ね合いながら、戻っていった。
◆◆◆
嵐山さんと一緒に集合場所に戻る。
行動開始まではまだ少し時間がある。
人が集まっては来ているけど、ギリギリというわけじゃなさそうだった。
「お、帰ってきたな夜空」
「ああ」
俺達の姿を見つけた蓮が手を挙げる。
彼の横には栗原さんも居て、他にも青木、矢島さんと行動班のメンバーが勢ぞろいしていた。
蓮は俺の横に並ぶ嵐山さんを見て、安堵したように息を吐く。
「上手く行ったようだな」
「いや、嵐山さんが自分で立ち直ってくれただけだよ」
「藤堂君もごめんなさい。昨日は冷たい反応を取った」
「いやいや、大丈夫だって! それに昨日のは昼のやつらが悪いっていうのは皆知ってるからさ。
それよりも嵐山さんが普段通りに戻って良かったよ。夜空なんて昨日心配してあんまり寝てなかったくらいだし」
「お、おい……」
突然俺の昨日の夜の事を暴露し始めた蓮。
止めようとしたときにはもう遅く、彼の言葉は嵐山さんの耳に入ってしまっていた。
「え……その、本当にごめん」
「い、いや、大丈夫。もう大丈夫だから」
余計なことを言うなと、蓮を睨みつけると、彼は苦笑いをして目線を外していた。
本当、たまに良い事をしてくれるけど、基本的に一言多い奴だな、とため息を吐く。
ただ口角が少しだけ上がっていることには、自分でも気づいてはいた。
嵐山さんに栗原さんが近づく。
彼女も嵐山さんの調子が戻ったことに気づいたようで、安堵の表情を浮かべていた。
「嵐山さん。修学旅行最終日、よろしくね」
「うん、こちらこそ、よろしく」
「よろしくお願いします、嵐山さん」
「矢島さんもよろしく」
栗原さん、矢島さんにもこれまで通りの挨拶を返す嵐山さん。
初日、二日目と同じ行動班の雰囲気が戻ってきていた。
「蓮や夜空君、青木君はおはよう、修学旅行も最終日ね」
そんな事を思っていると、東川が俺達の元へとやってきた。
栗原さん達とは朝食の場で挨拶を交わしたようで、俺達男子が口々に挨拶を返す。
その後で、東川は俺と嵐山さんを順に見て、そして微笑んだ。
「いつもの感じに戻ったわね。良かった」
「……東川さん、ありがとう」
「…………」
嵐山さんのお礼の言葉に東川は目を見開く。
ここまで驚いている東川を見るのは久しぶりだ。
それにしても嵐山さんが直接お礼を言うという事は、東川が何かしてくれたんだろうか?
「え、ええ……どういたしまして?」
「なんだよ沙織、歯切れが悪い返事しやがって」
「うっさい……あんまり言われ慣れてないのよ」
東川を揶揄う蓮と、それを軽くいなす東川。
俺は東川に近づき、彼女を連れて少しだけ集団から離れた。
「東川、ありがとうな。なんかしてくれたんだと思うんだけど、何をしたんだ?」
「あー、まあ礼に関しては受け取っておくわ。何かしたって言うのは間違いじゃないし」
そこまで話してから、東川は後ろを振り返る。
視線を追ってみれば、蓮達の会話を聞いて、たまに返答をしたり相槌を打っている嵐山さんを見ているようだった。
「でも、何をしたかって言うのは秘密」
「え? な、なんでだよ?」
「んー、まあ気分?」
「えぇ……」
悪戯っぽく笑う東川だけど、どうやら教えてくれる気は無さそうだ。
少しだけ気になっていると、青木が声を上げた。
「あ、先生が来たね。東川さんは戻らないと」
「本当だ、ありがとう青木君。じゃあ皆、また後でねー」
ひらひらと手を振って、東川は去っていく。
結局彼女が嵐山さんに対して何をしてくれたのかは、教えてはくれなかった。
けれど東川の去り際の後ろ姿はとても満足そうで、輝いて見えた。
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