第34話 どうしても心配してしまう彼女のこと

 夕方から夜にかけて、俺達は行動班ではなく部屋割りを中心に回ることになる。 

 奈良から京都に一時間と少しかけて到着したあと、観光バスは旅館へと入った。 

 出迎えてくれた旅館で、俺達は二泊を過ごすことになる。 

  

 旅館は大きく、加えて部屋も中々に広くて、最初は六人で狭くないかなって思っていたけど、何の問題もなさそうだった。 

 そんな旅館の自分たちの部屋で、俺は中央の大きなテーブルの所に座ってお茶を飲んでいた。 

 奈良という古風な雰囲気に合ったようにおせんべいも置いてあって、それを楽しんでいる最中だ。 

  

 たださっきまで一緒のバスに居た嵐山さんの事が気になり、ついつい壁の方を見てしまう。 

 別にそっちが嵐山さんのいる部屋かどうかは分からないのに。 

  

「どうしたよ夜空? なんかそわそわしてね?」 

「うーん、嵐山さん大丈夫かなって」 

「向こうには沙織も栗原さんもいるし、何の問題もないだろ」 

  

 隣に座る蓮に心配事を共有する。 

 俺自身大丈夫だとは思っているけど、それでも少しは心配に思ってしまうと言うか。 

 だからこのそわそわが完全に消えることは無いんだろうなと思っていると、蓮は俺を見て小さく口を開いた。 

  

「……なんかさ、うーん、なんて言えばいいのかな」 

「? どうかしたか?」 

  

 どこか歯切れの悪い蓮に聞き返すと、苦笑いして答えてくれた。 

  

「いや、なんか保護者みたいだなって」 

「……保護者?」 

「ほら、結構嵐山さんの事気にかけているだろ。だからさ」 

  

 そう言われて、そうなのか? と思ってしまう。 

 俺としてはそうは思わないし、どちらかというと色々してもらっているっていうのもある。 

 けど周りにはそんな風に映っているらしい。 

  

「まあ夜空は前から周りには結構親切だったからな。だからそう思えるって言うのもあるかもしれないけど。ただそのおかげで嵐山さんの事……怖くはあるけど以前ほどじゃないんだよなぁ」 

「いやだから嵐山さんは怖い人じゃないって」 

「頭では分かっているんだけどな」 

  

 どうやら蓮はまだ完全には嵐山さんを怖くないとは考えられないようだ。 

 でも少しずついい感じになっているとは思う。 

 今日も何回か会話をしていたし、打ち解けるのも時間の問題だろう。 

  

「…………」 

  

 最初は飯島先生から受けた依頼だったけど、段々とそれが達成されつつある。 

 もちろん依頼はもう受けていないけど、嵐山さんがクラスの皆と打ち解けるのは嬉しいことだ。 

  

「なんか、暇だな。入浴時間まで結構あるだろ? 結局その後夕食だし、なんかゲームでもする?」 

「UNOとかなら持ってきているけど」 

  

 前の席に座った三宅達が暇を持て余しているみたいで、そんなことを言っていた。 

 UNOか、暇つぶしにはいいかもしれないな、なんて思っていると、話をしていた三宅がふとこんなことを言った。 

  

「……そういやさ、今って女子の入浴時間だろ?」 

「ああ……」 

「確かに……」 

  

 俺達だって男子高校生だ。 

 そう言ったことに興味があるお年頃なわけで、隣を見ると蓮は話に入る気満々だった。 

 まあ俺も付き合いでそういった話をすることはあるけど。 

  

「覗きは男のロマンだよな」 

「犯罪だぞ」 

「言っているだけだ。やらないから」 

  

 ちょっと倉田に釘を刺すと、すぐに返された。 

 流石に行動に移したりはしないかと思い、それに加えてあることを思いついて口を開く。 

  

「そもそも先生たちが部屋の入り口見張ったりしているんじゃないか? 理由もなく出たら怒られそうだ」 

「飯島先生になら怒られてもいいけどなぁ」 

「…………」 

  

 ちょっとだけ同意なので、黙ることにする。 

 すると隣に座る蓮が悪乗りしてきた。 

  

「でも飯島先生の入浴を考えるとちょっと魅力的だろ?」 

「……いや」 

  

 言われてほんの少しだけ考えてしまう。 

 スーツの上からでも分かるスタイルの良い女性を体現したような飯島先生。 

 そんな飯島先生の入浴……いや、これ以上考えるのは危険だ。 

  

 邪……というよりも刺激が強すぎる考えを頭から追い出すと、不意に三宅が矛先を蓮に向けた。 

  

「っていうか、女子と言えばやっぱり東川さんだろ。スポーツ万能で美人。幼馴染なら結構ラッキーなこととか、今まであったんじゃねえの?」 

  

 正直クラスの中のように女子が居るところで話すなら酷い話題だが、ここは男子のみの場所。 

 女子会ならぬ男子会が行われるのも不思議じゃない。 

 そしてそこに美人で人気な幼馴染クラスメイトが居る蓮は格好の的だったわけで。 

  

「……はぁ? 別になんもないだろ。小さい頃からなんでもかんでも沙織と一緒だし、沙織がやってないからダメ、隣の沙織ちゃんは優秀なんだからあんたも頑張りなさいって何度言われたことか」 

「……いやいや、でも今日とか起こしてもらったんだろ?」 

「それがよぉ、聞いてくれよ。沙織のやつ俺が起きないからってクッションを俺の顔に押し付けて苦しくさせやがったんだぜ? 危うく窒息するところだったわ。っていうか、それがなくても夜空のRINEコールで起きたっての」 

「……本当か?」 

  

 そんな強引な起こし方でようやく起きる蓮が、俺からのRINEコールで起きるとは到底思えなかったが。 

 ちなみに蓮から話を聞いていた三宅達は心底微妙な表情をしていた。 

  

 うん、分かるよ、話聞いていると付き合っているを越えて夫婦のようにしか思えないからな。 

 なんてことを思って、うんうんと頷く。 

 ちなみに東川に聞いてみても、あいつと? ないない、と言われてあっさり終わる。 

  

 けれど三宅達は引き下がらないようで、でもよ、と蓮に聞いてくる。 

  

「ちょっとは意識したりしねえの? あんな美人な幼馴染がいるわけだろ? それこそ今入浴中なわけだしさぁ」 

「そうは言ってもなぁ……長い付き合い過ぎてそういうんじゃねえんだよなぁ。よく言うじゃん? 兄弟みたいに思えるみたいな。いや女だから姉……いや沙織は妹だな!」 

「どう考えても姉だろ」 

  

 ツッコミを入れたけど、そんなことはない、と強く返された。 

 その自信はどこから来るのかと不思議に思うし、誰に聞いても姉って言いそうだな、と思った。 

 少なくとも東川は絶対に姉で譲らないだろう、そもそも姉とされることすら嫌がりそうだが。 

  

「じゃあ別の女子の話題とか出した方が、藤堂的には嬉しいのか?」 

「当たり前だろ。なんで沙織の話をしないといけないんだよ」 

「…………」 

  

 本当に全く何も思っていない様子の蓮に、三宅達もついに追及するのを諦めたようだった。 

  

「でもそんなこと言ったら優木はらん……いや、やっぱ何でもないわ」 

「?」 

  

 板橋から何かを聞かれそうになったけど、彼は途中で口を噤んでしまった。 

 ただ何でもないとのことなので、俺も気にしないようにする。 

  

 その後、三宅達や蓮は女子の話で少しだけ盛り上がっていた。 

 やれ誰が誰に気があるとか、誰が誰に告白をしたとかだ。 

 ほとんどが三宅達の憶測だったけど、時間を潰すにはちょうどいい話題ではあった。 

  

 その会話にたまに入るけど、基本的には距離を取ったような感じで話に参加していた。 

 ただ最後まで、やっぱり嵐山さんに関する話は出てこなかった。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 入浴を終えて、東川はたまたま居た栗原と一緒に部屋に帰ってくる。 

 温泉で有名な旅館らしく、その通り素晴らしい湯だった、なんてことを話しながら部屋に入り、ふすまを開けたとき、部屋の隅で鞄に手を入れたまま動きを止める矢島達を見つけた。 

  

「……? 矢島さん、何をしているの?」 

「あ、東川さん……」 

  

 矢島の見ていた先を見て、東川もまた声を失った。 

 それは隣に立つ栗原も同じだったのだろう。 

 彼女達の視線の先には、旅館の奥の一人がけの椅子に座ってスマホを弄りながら涼んでいる嵐山の姿があった。 

  

 備え付けのテーブルには浴場で買ったであろうコーヒー牛乳が置いてある。 

 ただ嵐山の姿がいつもとは違っていた。 

  

 カラーを入れた髪はしっとりと濡れていて、流れている。 

 空けていた大量のピアスも外していて、入浴したからか頬も上気している。 

 さらに旅館の館内着を着こなしていて、その姿はとても同年代とは思えなかった。 

  

 つまり、入浴後の嵐山は驚くほど周りの目を引いていたのである。 

  

「……夕食まで時間あるし、皆で今日の事でも話そうか」 

  

 真っ先に我に返った東川は全員にそう声をかけて、テーブルを押す。 

 嵐山になるべく近い位置までテーブルを押して、そして座布団を手に彼女の近くに腰を下ろした。 

 チラリと一瞬だけ嵐山と目が合うものの、本当に美人だな、と思って、怖さよりも感嘆の方が勝ったりした。 

  

 こういう時、すぐに同じような動きをしてくれる人が居ることを東川は知っていた。 

 クラス委員長でもある栗原は同じように座布団を持って、東川の反対側に座る。 

 矢島も、残りの真下と佐々木も同じように座布団を持ってテーブルに移動した。 

  

「いやー、でも初めて奈良に来たけど楽しいわね。クラスメイトと来る修学旅行ってだけで最高だわ」 

「東川さん、少しおじさんっぽいわよ?」 

「うっさい」 

  

 失礼なことを言う栗原にそう返すと、矢島達からも笑顔が漏れる。 

 そんな始まりを皮切りに、皆が口々に話始める。 

 東京駅に来る途中や、新幹線の中、あるいは観光バスや、法隆寺、東大寺のことなどだ。 

  

 皆が口々に話す中で、嵐山は会話に参加しない。 

 けど確実に耳を傾けてくれているのは東川には分かっていた。 

 その証拠に、さっきからスマホを持った指は一切動いていないからだ。 

  

「嵐山さんはどうだった? まだ一日目だけど、楽しかった?」 

  

 ちょっと話を振ってみようと思って振ると、嵐山と目が合う東川。 

 その瞳や雰囲気が怖いと前は思っていたけど。 

  

「鹿は可愛かった。おせんべいを美味しそうに食べていたし」 

  

 今はそう思うことも多くはない。 

 嵐山の一言をきっかけに、今度は鹿で盛り上がる他の女子達。 

 色々調べた子も居るようで、その事を話す子達もいたくらいだ。 

  

「あっ、そういえば法隆寺か東大寺について色々と書かないといけないんだよね? うわー、大変だぁ」 

  

 佐々木の発言に、苦笑いして矢島が返す。 

  

「で、でもとりあえず今は忘れるでいいんじゃないかな……」 

「そ、そうは言うけど私全然話聞いてなかったよ……栗原委員長、作るときなんて言っていたか教えてもらってもいいかな?」 

  

 成績優秀で優等生な栗原なら聞いていると思ったのだろう、そう頼み込む佐々木に、栗原は頷いた。 

  

「ある程度は聞いているだろうから大丈夫だと思うけど、共有は出来るわ。一応内容もまとめているし」 

「……あんた、本当に凄いわね」 

  

 修学旅行に来てメモを取る程のしっかりさに驚く東川。 

 ちなみに出来れば自分も教えて欲しいと思っているのは彼女だけの秘密だ。 

 けれどそれをうっすらと感じているのか、栗原は小さく微笑む。 

  

「念のためによ……その時が来たら嵐山さんにも教えるけど、どう?」 

「…………」 

  

 栗原が嵐山に尋ねると、嵐山は栗原の方を向く。 

 栗原は少しだけ緊張した様子を見せた。 

  

「ありがとう……でも大丈夫」 

「そう……」 

  

 断ったという事に少しだけ緊張が走る東川達。 

 けど栗原はにっこりと微笑んで、嵐山に返した。 

  

「そうよね、嵐山さんは大丈夫よね」 

「…………」 

  

 嵐山は何も言わずにスマホに視線を落としてしまう。 

 そんな二人のやり取りを見て、なんで嵐山は大丈夫なんだと東川は思ったものの、それに応えてくれる人は居なかった。 

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