第31話 彼女の家へ、初訪問
修学旅行初日、朝日もまだ登り切っていない時間帯に、俺は住宅街に居た。
こんな時間にこんな場所に居るのにはもちろん理由がある。
制服姿で通学鞄を持ったままの俺は、スマホを取り出してRINEを開いた。
『俺、大きな行事の日とかは早く寝て早く目が覚めちゃうんだよね。
きっと修学旅行の日も3時とかに起きそう』
『それだけ楽しみってことでしょ。でも気持ちは分かるよ』
一番上には嵐山さんとのやり取りが書かれていて、その翌日のRINEが下に続いている。
こちらは、嵐山さんのメッセージから始まっていた。
『修学旅行の日、一緒に行きたい』
『うん、いいよ、朝一緒に行こう! どこ待ち合わせにする?』
『朝早いんでしょ? それなら、家で一緒に朝ごはん食べない?』
『え、いいの?』
『優木が良ければだけど』
『分かった、嵐山さんの家に行くよ』
こうして並べてみると普通の会話に思えるけど、家に誘われたときの俺の返信タイミングで時間が少し空いている。
そりゃあ急に女の子の家に招待されて、ちょっとだけドキドキしたりもした。
でもよくよく考えれば朝の凄く早い時間帯だし、嵐山さんは好意でそう言ってくれているのが分かって冷静になったりもした。
『ここ、家の住所ね』
そして一番下には嵐山さんからのメッセージと、URLがついていた。
タップすれば、地図がスマホに表示される。
そして何度見てみても、やっぱりここだった。
「……デカくない?」
再度上を見上げて、俺は独り言を呟いた。
時間的にまだ朝日が昇っていないから薄暗いけど、目の前には見上げると首が痛くなるくらい高い高層マンションがある。
ここに、嵐山さんが住んでいる……彼女の家はお金持ちなのだろうか。
再びスマホに視線を落として地図を消す。
メッセージが再び表示されて、嵐山さんからの最後のメッセージの数字に着目する。
1301……つまり13階ということだろう。
マンションに入れば、目の前にすぐに閉ざされたガラスのドアが出迎えてくれた。
すぐそばに番号付きボタンを備えた操作パネルのようなものがある。
穴が開いているってことはこれがスピーカーで、ここで番号を入力すればいいんだろうか。
とりあえず、1301と入力してみる。
電光掲示板に入力した数字が表示されるけれど、スピーカーから音は聞こえてこない。
しばらくしてから、電話をかけるようなマークのあるボタンに気づいた。
「あっ、これか」
押せば、プルルルッと電話が繋がるような音が響く。
しばらくして、スピーカーから声が聞こえた。
『はい』
『あ、嵐山さん? 優木です。来たよ』
『早かったね、入って』
ブツッという音と共に嵐山さんとの声の繋がりが切れて、代わりに小さな電子音が響いた。
ロックが外れたらしく、近づけばガラス扉が横にスライドする。
おぉ、なんて少し感動して、俺は中へと入った。
何やらよく分からない絵が飾られているロビーを進み、その背後にあるエレベーターホールへ。
ちょうど1階にエレベーターが一基止まっていたから中に入って、13階のボタンを押した。
ちょっとわくわくした気持ちになっていると、扉が閉まり、エレベーターは上へ上へと上がっていく。
最上階まで通り過ぎる光景をガラス越しに見ていると、すぐに13階へと到着した。
エレベーターを降りてすぐの位置に「1301」と「嵐山」の表札を見つけて、インターホンを押す。
本当にここに住んでいるんだ、なんてことを思ったりした。
しばらくして部屋の中から物音が響いて、鍵が開く。
扉を開けてくれたのは、制服姿の嵐山さんだった。
「おはよう嵐山さん」
「おはよう、とりあえず入って」
朝なので小声で挨拶をすると、嵐山さんはすぐに俺を中に迎え入れてくれた。
おしゃれな玄関で靴を脱いで、俺は嵐山さんの家に足を踏み入れた。
廊下を歩いて扉を開けば、広いリビングと美味しそうな香りが迎えてくれる。
「もう少しかかるから、そこに座って待ってて。テレビとか適当に見てていいよ」
嵐山さんは奥のキッチンに向かう途中でテーブルを指さす。
その言葉に甘えて、空いている席に座った。
テーブルは四人掛けで、父、母、姉、嵐山さんかな? なんて思いつつ、テーブル上のテレビのリモコンを手に取る。
見てみればテレビもかなり大きなサイズで、少し驚いてしまった。
これ、家にあるテレビよりも二つ……いやさん回りほど大きい。
テレビ好きなお袋が喜びそうなサイズだな、なんてことを考えたりした。
電源をつけてニュースを流していると、奥から嵐山さんがカップを手にやってくる。
「ホットミルク、外寒かったでしょ? もし暑くなってきたら、そこにコートはかけていいよ」
近くのハンガーを指さしてそう言う嵐山さんは、俺の前にカップを置いてくれる。
「ありがとう嵐山さん。それにしても驚いたよ。こんな凄いところに家族で住んでるの?」
「ううん、ここはお姉ちゃんの借りている部屋で、住んでいるのは私とお姉ちゃんだけ。でもお姉ちゃんは、今はいないよ」
「え? あ、そうなんだ……」
家族で住んでいると思ったらお姉さんとの二人暮らしだったらしい。
こんな立派な部屋を借りれるなんて、嵐山さんのお姉さん、一体何者?
「まだ時間あるし、よければ後で部屋を案内するよ」
「本当? ありがとう」
「うん」
そう言い残すと、嵐山さんはまたキッチンへと戻っていってしまった。
俺はすることもないのでテレビを見ながら時間を潰す。
11月だから寒いなぁ、と思っていると、部屋は暖房がよく効いているために段々と暑く感じてきた。
コートを脱いで指定された場所に掛けると、ちょうど嵐山さんがトレイに乗せた朝食を持ってきてくれたところだった。
「簡単なものだけど、食べようか」
「いや、凄くありがたいし、美味しそうだよ。ありがとう嵐山さん」
彼女が持ってきてくれたのは焼いたベーコンやスクランブルエッグ、刻んだ野菜など、典型的な洋食の朝ごはんだった。
空いていたお腹にはクリティカルヒットする美味しさと見かけ。
とても美味しそうだ。
用意してもらった箸で嵐山さんお手製の朝食に手を付けていく。
最初に口にして感じたのは、「美味しい」という感想だった。
お弁当を食べているから美味しいだろうとは思っていたけど、お弁当と違って温かく出来たての食事はさらに美味しい。
ごめんお袋、こればっかりはお袋が作る朝食よりも美味しいかも。
心の中で、お袋に謝った。
「すごく美味しいよ。ありがとう嵐山さん」
「どういたしまして。今回は特別にタダでいいよ。せっかく朝早くから来てくれたんだし」
「うん、美味しさを噛みしめて食べます」
「よろしい」
会話をした後も、俺の手は止まらなかった。
嵐山さんの作ってくれた朝食は本当に美味しくて、最後の最後に飲んだ味噌汁も美味しかった。
完璧な朝食だな、なんてことを思いながら、手を合わせて「ごちそうさま」と告げた。
俺が食べ終わっても嵐山さんはまだ食べている最中で、最初に出してもらったホットミルクを飲みながらその様子を何気なく見る。
小さく、けど箸をてきぱきと動かして食事をしていく嵐山さんは、食べ終わると一息ついて食器をまとめ始めた。
「あ、手伝おうか?」
「いいよ、優木はお客様だから。だからちょっと待ってて。まだ時間はあるから、大丈夫」
そう言って嵐山さんは俺の食器もトレイにまとめて持っていってしまう。
彼女がそう言うならと思ってテレビを見ると、確かにまだ時間はありそうだった。
集合は東京駅で、集合時間を考えると余裕をもって30分後くらいに出ればいいだろう。
ニュースによると天気も修学旅行の四日間は悪くならなさそうだ。
そんな事を思っていると、しばらくしてからふとあることを思い出してスマホを取り出す。
RINEを開いて、上から三番目の人物とのメッセージのやり取りを開き、通話をかけた。
スマホを耳に当てて、数コール待てば、声が聞こえてくる。
『おう、夜空ありがとうな。沙織に起こしてもらったわ』
「起きれたなら良かったよ。じゃあ東京駅でな」
『ああ、東京駅で。じゃ!』
昨日の内に蓮から、起きられないかもしれないから通話をかけてくれ、と頼まれていたけど、どうやら東川に起こしてもらったらしい。
あの二人は家も近いらしいし、俺の通話は要らないんじゃないかと思っていたけど、そうやら予想通りだったみたいだ。
蓮の部屋に突撃してあいつの体を勢いよく揺らす東川の姿が容易に想像できる。
俺が苦笑いを浮かべるのと、洗い物を終えた嵐山さんが戻ってきたのはほぼ同時だった。
「藤堂君?」
「あ、うん、そう、起こしてほしいって言われていたから通話をね。それにしても嵐山さん、早かったね」
「いくつか洗って、残りは食洗器にかけるだけだからね」
なるほど、そういった機器もあるのか。
そりゃああるか、ものすごくお金持ちみたいだし。
「嵐山さんの家って……お金持ち?」
「うーん、というよりもお姉ちゃんが、かな。社長をやってるの」
「社長!? なるほど……」
社長さん、ということならこれにも納得だ。
それにしても嵐山さんのお姉さんは凄い人なんだなぁ、なんて思ったところで。
「部屋、案内するよ? 見る?」
「ああ、うん。見てみたい」
魅力的な提案を嵐山さんがしてくれた。
まあまあ大きなマンションだから、部屋がどうなっているのかも気になるところだ。
嵐山さんに案内されて、俺はいくつかの部屋を見て回る。
トイレや浴場は勿論の事、和室なんかもあったりした。
流石に嵐山さんのお姉さんの部屋の中を見せるわけにはいかないみたいで扉のみの紹介になったけど、それは仕方ないことだと思うし、俺も別にお姉さんの部屋に興味はない。
いやでもものすごく高価そうなものがあったりするのかな、なんて気になったりはしたけど。
「で、最後が私の部屋」
そうして最後に案内されたのは嵐山さんが普段使っている部屋だった。
引き戸の扉を開けて、先に中に入る嵐山さんの後に従って俺も中へ。
部屋の中は思った通りに広くて、色々なものが大きかった。
まず目に入ったのは一番奥に置かれた大きなベッド。
その上に設置されたエアコンも大きいし、次に目に入った勉強机も大きい。
そして壁にはV系のポスターが張られていて、これまた大きな棚にはCDやグッズ、本なんかが詰め込まれていた。
俺は女子の部屋に入ったことがほとんどない。
一度だけ蓮と一緒に東川の部屋にお邪魔したことはあるけど、それだけだ。
東川の部屋は少し可愛らしい小物があったけど、この部屋はそういったものはない。
嵐山さんの部屋と聞いていなければ、どちらかというと男性の部屋だと思うかもしれない。
そのくらい、カッコいいものが多い。
「おぉ……ライブのポスターだ」
「それ、意外と手に入れるの大変だったんだ」
「この棚も凄いね……V系のCDだけでこんなに沢山……」
その中には以前嵐山さんが貸してくれたCDもあって、少し懐かしかった。
棚を順に見てみれば、ライブのDVDも収納されている。
嵐山さんのマニアっぷりが分かる棚だった。
「閉じてるところは開けていいよ。崩れてきたりとかはしないし、優木なら乱暴には扱わないだろうから」
「そりゃあもう、丁寧に扱いますよ」
言われたように扉を開けば、これまた別のV系のCDやグッズが出てきて目が喜ぶ。
正直、この部屋だけで何時間も楽しめてしまいそうだ。
一つのCDを手に取ってジャケットを見たり、開いてCDそのものを見たりした。
「……そろそろ時間だよ、優木」
「え、あ、もう? ごめん夢中になってた」
「それは嬉しいけど、修学旅行は修学旅行で楽しまなきゃね」
嵐山さんの言葉を聞きながらCDを棚に戻す。
スマホを取り出して確認してみれば本当に夢中になっていたようで、もう出ないといけない時間だった。
棚の扉を閉じて、俺は嵐山さんと一緒にリビングへと戻る。
掛けてあったコートを身に纏えば、いつのまにか自分の部屋から持ってきていたであろうコートを着た嵐山さんがいた。
「それじゃあ、忘れ物、ない?」
「うん、特に何も置いたりしていないから、大丈夫だよ」
「そう。じゃあ、行こうか」
俺は頷いて嵐山さんよりも先にリビングを出て玄関に向かう。
靴に履き替えて玄関の扉を開けば、さっきまで暖かかったのに寒気で少しだけ震えた。
家の最終確認をした嵐山さんがしばらくしてから出てきて、鍵を取り出す。
閉まる玄関の向こうは、まだ俺にとっては魅力的に映った。
楽しかったな、嵐山さんの家。
そんなことを、ぼんやりと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます