第30話 修学旅行に不安を感じる彼女

 行動班と部屋割りを決め、ホームルームで飯島先生からのありがたいお言葉を貰った後、俺は蓮と東川と一緒に帰路についていた。 

 今日は嵐山さんと会う日ではない、それは明日だ。 

 だから今日は二人と一緒に帰れているわけで。 

  

「で、夜空君? 部屋割りはあれでよかった?」 

「ん? どういうことだ沙織?」 

  

 不意に聞いてきた東川に対して、返したのは蓮だった。 

 蓮の言葉に、東川は得意げな顔をして説明をする。 

  

「夜空君は、今回の修学旅行で嵐山さんの事を心配していたのよ。特に部屋割りをね。行動班は夜空君と組めばいいけど、性別が違うから部屋割りは無理でしょ?」 

「あー、まあ確かに? でもよくそんなことに気づいたな」 

「ここんところ、夜空君は嵐山さんのこと目で追ってたからね。まるで子供を心配する親のようだったわ」 

「そうだったのか、全然気づかなかった……」 

「ふっふっふっー、私は鋭いからね。まあ他の人は気づいていないと思うけど」 

  

 俺、鋭くないのかー、と落胆する蓮だけど、俺もまさか東川に気付かれているとは思わなかった。 

 けど結果として東川は俺の事を助けてくれたわけで。 

  

「ありがとう東川、今回は本当に助かったよ」 

「どういたしまして。結構夜空君には助けられてるからね、これくらいは安いもんよ。それに栗原さんとも話をしてみたかったっていうのは本当だし」 

「お前、栗原さんと仲悪くなかった?」 

  

 蓮の言葉に、東川は、いーや?、と返す。 

  

「別によ? そりゃあ積極的に話をしたりはしないけど悪くはないわ。別に私そこまで人の事嫌いにならないし。あ、でも私の事を嫌ってくる人や、いやな奴は嫌いね」 

「なるじゃねえか」 

「誰だってそうでしょ」 

  

 東川はかなりさっぱりとした性格をしている。 

 その部分が女子からも人気な理由なんだろう。 

 彼女と一緒なら、嵐山さんも修学旅行の夜は大丈夫そうだ。 

  

 そんなことを考えながら、確かに東川の言う通り、まるで嵐山さんの保護者のようだな、なんてことを思った。 

 まあ、いつもは嵐山先生に色々教えてもらったり、お弁当をごちそうになっているから、修学旅行くらいは彼女に恩を返さないとな。 

  

「それにしても、自分から嵐山さんに声をかけに行くとはなぁ。行動班で一緒になるから少しだけ話したけど、やっぱりちょっと怖いと思っちゃうから、すげえな」 

  

 蓮はまだ嵐山さんに少しだけ苦手意識が残っているようで、羨望のまなざしで東川を見た。 

 東川は苦笑いをして返す。 

  

「私だって最初は怖かったけど……まあ、話してみると普通の人よ」 

「やっぱ夜空の言う通りか。少しずつ慣れてきたから、そのうち普通に話せるかな?」 

「あんたなら余裕だと思うけどね。……ただ調子に乗って逆鱗に触れないことね」 

「ひえ……」 

  

 少し大げさに怖がる蓮にため息を吐いて、俺は二人の会話に加わる。 

  

「嵐山さんはそんなに怖い人じゃないし、すぐ怒ったりしないよ。それに怒ってもそんなに怖く……」 

  

 と言ったけど、怒っている、というより機嫌の悪い時の嵐山さんの睨みは背筋が冷たくなるものがある。 

 彼女はとても優しくて、こちらを気遣ってくれる人ではあるんだけど。 

  

「……俺、もし嵐山さんと仲良くなってもなるべく怒らせないように頑張るわ」 

「いや、怒らせない方がいいのは嵐山さんに限らず、全員にだろ」 

「それはそうね。でも夜空君の言う通り、嵐山さんがそこまで怖い人じゃないっていうのは本当だと思うわ」 

  

 東川も嵐山さんの事を怖いとは思わなくなってきてくれたようで、少し嬉しい気持ちになる。 

 どうせなら嵐山さんは本当は怖い人じゃないっていうことを、俺以外の人にも知ってもらいたいから。 

  

「……それに……夜空君の話を出したときの嵐山さんはなんて言うか……普通の女の子みたいだったし」 

「んー? なんか言ったかぁ? 沙織―?」 

「んーん、なんでもなーい」 

  

 東川が何か呟いていたけど、聞き取れなかった。 

 蓮も同じようで聞き返していたけど、どうやら大したことじゃなかったらしい。 

  

「それにしても、修学旅行かぁ……楽しみだな」 

「そりゃそうでしょ。目いっぱい楽しまないとね」 

「もう一週間もないからな、楽しみだ」 

  

 蓮と東川に同意して言う。 

 修学旅行が楽しみなのは、本心だった。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 翌日の10分休みにトイレから出た俺は、廊下である人物と遭遇した。 

 クラスメイトであり、クラス委員長でもある栗原さんだ。 

 二人して「あ」と言った後に、一緒にクラスに戻り始めた。 

  

 そんなときだった、栗原さんが隣で声をかけてきたのは。 

  

「ありがとうね優木くん、行動班の時も部屋割りの時も」 

「え?」 

「行動班の時は嵐山さんや私に声をかけてくれたでしょ? 部屋割りの時も、東川さんに頼んで嵐山さんと私達に一緒になってもらった。私はあぶれた子をまとめていたけど、本当に助かったわ」 

  

 栗原さんは俺に感謝してくれているみたいで、穏やかに微笑んでいる。 

 ただ部屋割りに関してはどっちかというと東川が自分で動いてくれたから、俺が頼んだわけじゃないんだけど。 

  

「東川の件は彼女が自分で考えて動いてくれたからだよ。俺は何も言ってないさ」 

「謙虚なのね。でも、彼女が自発的に動くだけでも見事だわ。それに、嵐山さんの友人になったことも。私には無理だったから」 

「……栗原さん」 

  

 彼女は5月に飯島先生の依頼で嵐山さんに接触したけど、失敗に終わっている。 

 クラス内部の輪を大事にしている彼女にとって、嵐山さんは心残りだったんだろう。 

  

「でも、優木君が同じクラスで良かったわ。きっと皆、そう思っている。ちょっとあなたが羨ましいけど、私だってそう。だから修学旅行もよろしくね、優木君」 

「ああ、こっちもよろしく、栗原さん」 

  

 俺達はそう言って、同じクラスへと入っていった。 

  

  

  

 ◆◆◆ 

  

  

  

 修学旅行の日は迫りつつある。 

 ついこの間は、関西方面に荷物を学校全体で郵送した。 

 また、新幹線の座席割も決まったりした。 

  

 飯島先生が考慮してくれたんだと思うけど、俺と嵐山さんは隣の席になった。 

 しかも新幹線の一番後ろで、二人掛けの席にだ。 

 俺が窓際、嵐山さんが通路側という配置だった。 

 まあ、これに関しては左右は入れ替わっても良いらしいけど。 

  

 ちなみに前の席には蓮と栗原さんだったりする。 

 座席の変更は同じ行動班の中なら自由にできたけど、俺達の班は交換することはなかった。 

 誰も交換したいって言いださなかったから。 

  

 さらに京都市内を自由に巡る二日目の班別行動についても、ある程度の行き先を決めたりした。 

 班の全員が京都の観光名所を調べてきたけど、有名な清水寺や金閣寺とかは三日目に回ることが決まっているから、そういったものは省かれる。 

 ただそれでも流石は観光名所の京都だけあって、調べただけでも50を越えるおススメスポットがあったりした。 

  

 6人いるのに、被った個所が多くはなかったくらいだ。 

 見るための観光名所は勿論、今回は時間的に出来ないけど伝統工芸の体験会とかもあるらしいし。 

 二日間京都を観光するのは長いかと思ったけど、調べてみるとそんなことはないな、と思った。 

  

 そんなわけでクラス内の雰囲気は迫る修学旅行に向けて期待と興奮を抑えきれない様子だ。 

 だけどそれとは逆に、少しずつ表情が暗くなってきた人もいる。 

 それが昼休みの今に、隣で食事をしている嵐山さんだった。 

  

 修学旅行までは片手で数えるくらいまで近づいてきたけど、普段通りのように見える嵐山さんは、時折小さくため息を吐いている。 

 そしてそのことを俺は指摘も、訳も聞けずにいた。 

  

「うん、今日も美味しかったよ。本当にありがとう、嵐山さん」 

「そう? なら良かった」 

  

 ただ嵐山さんが悩ましげな様子を見せるのは本当に時々で、声をかけたときは普通に返してくれる。 

 今も俺のお礼を小さく微笑んで受け入れてくれたし、そういった意味ではいつもの彼女だ。 

  

 お弁当箱の蓋を閉じて、彼女に返す。 

 それを手提げ袋に戻す嵐山さんを見ながら、俺は小さく語り掛けた。 

  

「修学旅行」 

  

 ぴくりと、嵐山さんが一瞬だけ動きを止める。 

  

「いっぱい楽しもうね。学生の一番の思い出になるくらい、京都を満喫しよう」 

「そうだね。そのために色々調べたり、したんだもんね」 

  

 手提げ袋にお弁当箱を戻しながら、嵐山さんは俺に小さく微笑む。 

 その笑顔からは影は感じないから、行動班や部屋割りを不安に思っているわけじゃないんだと思う。 

 だったら何が、嵐山さんを不安にしているのか。 

  

「……そういえば、京都と言えば麒麟やSIX STARが過去にライブをした会場があるよね?」 

  

 それは分からないけど、少しでも忘れられるようにV系の話題を出す。 

 嵐山さんはすぐに微笑んで、話に乗って来てくれた。 

  

「うん、あんまり人が入らないから定員が少なかったんだけど、応募した人がそれなりに居て、倍率が高かったらしいよ」 

「やっぱりそういうのもあるよね。本当は一目見に行きたかったけど、流石に他の四人が楽しめないだろうから候補から外したんだ」 

「あ、優木も? 実は私もなんだ」 

  

 どうやら嵐山さんは同じようなことを考えていたらしい。 

 それが少しおかしくて、俺達は二人して小さくだけど笑い合った。 

 こういった話をすることで、嵐山さんの気持ちが少しでも軽くなればいいなと思ったし、多分……いやきっとなっているんじゃないかなって、そう思った。 

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