第21話 穏やかな日々と、影
10月に入り、中間試験まであと1週間を切った日のこと。
俺は昼休みに後ろの席の蓮と東川と一緒に昼食を食べていた。
嵐山さんとの昼食は二日後にあるけど、彼女との昼食以外は誰かと食べていることが多い。
けどやっぱり一番多いのは長い付き合いのある蓮と東川だった。
「なあ夜空―、試験対策どうよ? 順調?」
「まあ、順調ではある。上手くいくかは別として」
「とかいうけど、お前基本的にどの教科もそれなりに出来るじゃねえか」
「いや、それはお前が……いや、東川だってそうだろ」
いつも赤点ギリギリで試験前に一夜漬けで対策する蓮に比べたら、流石に出来るだろと言いそうになったけど、咄嗟に言葉を変えた。
俺から話を振られた東川は持参した弁当の箸をおいて蓮を見る。
「いやいや、そもそも毎回赤点ギリギリの蓮に比べたら、誰だってそれなりでしょ」
「ひでぇ!?」
思っていたことと全く同じことを言ってくれた東川に苦笑いする。
やっぱり東川も同じことを思っていたのか。
「でも、東川も実際テストの点数いいだろ?」
確か文系科目はそれなりの点数だったと覚えている。
部活をしているのになんでそんなに頭が良いんだ、って蓮が怒っていたっけな。
それを思い出して尋ねると、東川は首を横に振った。
「あたし、数学が終わってるのよ……なによあれ、寝るに決まってるでしょ」
「あー、分かるわ。この後数学だろ? 昼飯の後の数学ってめちゃくちゃ寝れるんだよなぁ」
「いや、起きて授業聞けよ」
確かに俺もウトウトすることはあるけど、蓮は爆睡だった筈だ。
そういえば東川もたまに寝ている気がする。
「塾の先生にも言われたわ。もう少し授業を聞いた方が良いって。でも眠いものは眠いもの。人間に備わった欲求には逆らえないわよ」
「開き直るなよ……」
なぜか胸を張る東川に呆れた声で返すと、俺と東川の二人を見ていた蓮が口を開いた。
「やっぱ塾行くべきかなぁ……夜空も沙織も行ってるし」
「まあ……ちょっとは勉強するからそれなりに点数は上がるわよ。テスト前は分からないところも教えてくれるし」
「そっかぁ……沙織と同じところ行こうかな……」
「いいけど、私の塾宿題めちゃくちゃ多いわよ? 家庭学習の時間も重視しているから。物量で理解を促す感じね」
東川が行っている塾の宿題の多さを伝えると、蓮は目に見えて嫌そうな顔をした。
彼は学校の宿題もいつもギリギリにやっているから、塾の宿題も抱えたらやる時間は無いんじゃないかと思うんだけど。
そんな事を思っていると、蓮は今度は俺の方を見た。
「な、なら夜空の塾にするわ。結構先生面白い人なんだろ?」
「まあ長い付き合いだし、面白い人ではあるよ。説明も分かりやすいし、結構熱心に教えてくれるし」
「宿題はどれくらいだ?」
「……結局そこかよ。……いつもは両面印刷のプリント1枚かな」
「マジか! それなら行けるかも!」
目に見えて目を輝かせた蓮に、東川はジト目で彼を見た。
「夜空君の言ってるのってあれでしょ? たまに休み時間にやってる、めちゃくちゃ難しいやつ」
「え? そうなの?」
「ああ、蓮には見せたことなかったな」
ちょうどいいやと思って、机の横にかかっている鞄から出されている宿題のプリントを取り出して蓮に渡した。
それを手に取って眺める蓮は、最初は普通の表情をしていたけど、裏面を見ると段々と眉間に皺が寄っていく。
やがて俺に死んだ魚のような目を向けた。
「マッタクワカラナイ」
なぜカタコトなんだと思ったけど、とりあえず苦笑いを浮かべて、返されたプリントを受け取った。
風見先生との授業で使う英文法のテキストは、難易度がめちゃくちゃ高い。
全部完璧にすれば、文法だけなら難関大学にも挑戦できるレベルになるとか。
たった1枚のプリントだけど、やってくるのも、授業を受けた後に復習をするのも一苦労だ。
俺と東川、両方にノックアウトされた蓮は何とも言えない顔でパンを頬張り始める。
もう塾に行こうかな、なんて言わないんだろうなぁ、って思ったりした。
「?」
ふと視線を感じて教室を見渡す。
俺は蓮の机にパンを置いて食べているから後ろを向いているけど、見渡したときに一人と目が合った。
窓際の一番後ろに座る嵐山さんが、俺をじっと見ていた。
かと思えば彼女はすぐに目線を外して、ヘッドフォンをつけて机に伏せてしまった。
何か用事でもあったんだろうか?
「どうした? 夜空?」
「いや、なんでもないよ」
そう言って俺も嵐山さんから視線を外して、パンを口に運ぶ。
最後にチラリと少しだけ見たけど、嵐山さんはさっきと同じように机に伏していた。
×××
日直の仕事は全部で3つある。
授業開始前の号令に、終了後の黒板消し、そしてゴミ出しの3つだ。
なんでこんな話をしているのかというと。
「じゃあ行こうか、嵐山さん」
「うん」
その日直が、今日は俺と嵐山さんだからだ。
ちなみに授業前の号令は俺が、黒板消しは嵐山さんが担当した。
どちらも俺がやって良かったんだけど、朝の段階で嵐山さんが黒板消しを担当するって言ってくれたからだ。
号令をやりたくないのは目立ちたくないからなんだろうな、なんてことを思ったりした。
で、今は放課後のゴミ出しをしているところだ。
燃えるゴミとプラゴミのゴミ箱のうち、それぞれを軽く持って重い方を手に取る。
もう片方を嵐山さんが持ってくれて、そのまま二人で廊下に出た。
帰っていく生徒をチラチラ見ながら、俺と嵐山さんは無言で廊下を歩く。
そして階段を降りて、裏手のゴミ収集場へ。
その途中で、嵐山さんがぽつりと呟いた。
「今日の日直、優木とで良かったよ」
「え?」
「いつもは役割決める前に全部もう一人の生徒がやるって言ってきちゃうからね。流石にその人一人に全部やらせるわけにはいかなくて、黒板消しだけは勝手にやるんだけど」
「な、なるほど……」
見ていて黒板を消す手際がやけに良いと思っていたけど、そういう事だったのか。
ゴミ箱を両手で持った嵐山さんは俺の方を向いて、少しだけ口角を上げる。
「だからゴミ出しも微妙だったんだ。雰囲気がちょっと悪くなるし、全然話さないから。優木と毎回日直ならいいのにね」
「……それは難しいでしょ」
「そうだね」
そうは言ったけど、嵐山さんの言葉は正直に嬉しかった。
×××
「でもさ、この曲も良くない?」
「うーん、俺はこっちの方が好きかなぁ……」
「えー、まあそれもいいけど……」
放課後、俺と嵐山さんはいつものように校舎裏でV系の話をしていた。
話している内容はお互いにあげた曲の内、どっちが良いかというもの。
どちらも似た傾向のバラード曲だからか、少しだけ意見がぶつかっていた。
「でもライブで最後に流れるなら、こっちの方がテンション上がらない?」
「……いや、最後に流れるならこっちだと私は思うけど」
「えー……まあ、そういう考えもある……かぁ……」
少し嵐山さんの言葉に負けそうになる。
でもちょっと落ち着いて、目を瞑ってその光景をイメージしてみた。
確かに嵐山さんのいう曲の方も……悪くはないかもしれない。
目を開けると、嵐山さんは勝ち誇ったような笑顔を浮かべていて、ちょっとだけむっとした。
「ほら、やっぱりそうでしょ?」
「それも悪くないなって思っただけだよ。同じように目を瞑って俺の曲でも考えてみてよ」
「えー」
少しだけ不貞腐れたような声を出すものの、嵐山さんは同じように目を瞑ってくれた。
俺達の間に沈黙が流れる。
っていうか、こうして見てみると、嵐山さんって本当に美人というか、カッコいいというか。
じっと見ていると、不意に嵐山さんが目を開けた。
「……うん。……悪くなかった」
「あ……で、でしょ? 悪くないでしょ?」
見ていたことが気付かれたかと思って少し焦ったけど、どうやら気づいていないみたいだ。
慌てて尋ねてみると、嵐山さんははっきりと頷く。
「どっちもいいってことだね」
「そうそう」
たまに意見が合わないこともあるけど、でもどっちの意見も尊重する。
それって友達らしいな、なんてことを思ったりした。
「あっ、もうこんな時間か。今日はここまでだね。次回は試験後かな?」
「そうだね。ああ、明日の昼食はお弁当作ってくるよ」
「本当? ありがとう、楽しみにしているよ」
「はいはい」
嵐山さんは俺のお礼を軽くあしらってくるけど、口角が上がっていることは見えていた。
俺は立ち上がると、「じゃあ」と言って嵐山さんと別れる。
放課後に会った後は少しタイミングをずらして帰るっていうのが前々から決めている事だった。
軽く手を挙げて別れの挨拶をすれば、嵐山さんも手を挙げてくれる。
最近では嵐山さんも打ち解けて来てくれていて、普通の友人同士のようにやり取りが出来ていると思う。
6月の頃を思い出すと随分仲良くなれたもんだ、と思ったりした。
だから気づけなかった。
校舎の3階廊下から俺と嵐山さんを見下ろす人影があったことに、その時気づかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます