第2話 このミッションの難易度は高すぎます・・・
6月1日は事前に飯島先生から言われていたように、ホームルームで席替えを行った。
席の決め方は簡単で、教卓に置かれた箱からくじを引いて、黒板に書かれた席の数字の場所に移動する、というシンプルなもの。
こんな簡潔な方法じゃ飯島先生の言う細工なんて出来ないんじゃないか、と思ったけど、見事に俺と嵐山さんは隣の席になった。
嵐山さんが窓際の一番後ろの席、そして俺がその一つ右隣りだ。
周りに蓮や東川といった仲の良いメンバーが居ないのを見ると、飯島先生が細工できたのは俺達二人だけみたいだ。
あるいは、あえて仲の良いメンバーを遠くの席に置いたっていうのも考えられなくもないけど。
というか、あんな箱からくじを引くだけの席の決め方で一体どんな細工をしたのか。
ひょっとしたら飯島先生は手品の才能があるのかもしれない。
「ふむ、全員席に着いたな。二か月は今の席で授業をすることとする。次に行うのは9月だ。……席替えは面白いイベントだが、夏休み明けまで今の席を楽しみつつ待つように」
飯島先生からのありがたい話が終わり、今日は解散となる。
目の前では隣の席、後ろの席、前の席の人と話す人がちらほら見えていた。
俺も早速行動を開始する。
隣に座るクラス一……いや学園一怖い嵐山さんに、恐る恐る声をかけた。
「えっと……初めましてだよね? 俺は優木夜空、よろしくね嵐山さん」
声をかけると、暗めの茶色い瞳がチラリと俺の方を向いた。
「……よろしく」
低めの声で一言、挨拶を返してくれたが、すぐに帰りの支度をし始める嵐山さん。
彼女は確かに怖い人だけど、掴みは上々といったところだろうか。
そそくさと帰る準備を終えて去っていく後ろ姿に、続けて声をかけてみた。
「また明日ね、嵐山さん」
「…………」
首を少しだけ動かして、片目だけで俺を見る嵐山さん。
その風貌と冷たい視線に少しだけ背筋が冷たくなったけど、なんとか笑顔を浮かべ続けた。
結局嵐山さんはなにも言うことなく、教室を後にした。
音を立てて閉まる扉を見て挙げていた手を下ろす。
初日にしてはまあまあ良かったんじゃないか、と自分の気持ちを騙す形で自身を励ました。
◆◆◆
「嵐山さん、次の授業の宿題やった? 俺この問題が分からなくてさ」
「知らない」
週末を迎えた金曜日、俺は嵐山さんに今日も軽くあしらわれていた。
席替えをしたのが月曜日だから5日間経ったものの、俺と嵐山さんは一向に仲良くなっていない。
この間、もちろん俺から積極的に嵐山さんに話しかけた。
好きな教科は何か? 得意な教科は何か? といった学校に関するもの。
好きな食べ物は何か? 好きな遊びは何か? といった日常に関するもの。
趣味や特技、つい昨日やっていたドラマの話題や、ネットで有名な動画の話。
それらすべてに対して、嵐山さんが反応を返してくれる確率は大体60%と言ったところ。
これでも十分高いけど、その後会話が広がる可能性は0%だ。
どんな切り口から話を広げようとしても、嵐山さんに話を広げる意志がない。
俺が広げようとしても、それに対して乗ってきてくれない。
返答に関しても「そう」や「ん」というとても短いもので、返事というよりも相槌と言った方が正しかった。
しかも何度も話しかけたことで段々嵐山さんもイライラしてきたのか、視線が冷たい気もする。
昨日に関しては変な質問をして少し睨まれ、まずいと思って体温が一気に下がったくらいだ。
……飯島先生、進捗、ありません。
最近ネットでもちょっと有名なセリフを心の中で飯島先生に投げかける。
始めはそこまで苦労しないだろうと思っていたのもあって、正直、結構心に来るものがある。
嫌われているわけじゃないと思うけど、逆に話しかけ続けることで嫌われてしまう感じすらしてきた。
このままじゃ嵐山さんをクラスに馴染ませるなんて夢のまた夢だ。
6時間目の授業が終わり、ホームルームが終わる。
今日も色々な質問を考えてみたけど、効果がありそうなものは何一つなかった。
ホームルームの時に目が合った飯島先生からも、俺と嵐山さんの事を心配しているような、そんな気持ちを感じた気がする。
今日も特に何かあるわけでもなく、ホームルーム終了と同時に学校は終わる。
委員会や部活がある人はそっちに、それ以外の人は友人と話したり帰る準備をする。
俺も図書委員会には入っているけど、担当日は今日じゃないためフリーだ。
そしてそれは委員会にも部活にも所属していない嵐山さんも同じで、彼女はいつものように帰りの準備を素早く済ませると教室の扉に足早に向かってしまう。
扉が開き、そして閉まる音を聞きながら、俺は少し焦っていた。
これまで全く進展がなく、今日は金曜日。
次にまた学校に来るのは土日を挟んだ月曜日で、このままじゃ来週も同じになるように思えた。
だから、席を立って嵐山がたった今出ていった扉へと向かう。
衝動的に扉を開けて廊下を駆ければ、少しだけ歩いていた嵐山さんに追いついた。
追いついたは、いいんだけど。
「あ……。その……」
並ぶ形になると同時に嵐山さんは足を止めて俺を見上げる。
俺よりも身長は低く、見上げる形になるのに、その瞳を、感情のない表情を見ると迫力があった。
「…………」
「…………」
互いに無言。それに耐えきれなくなって、何をしているんだ俺は、と思って。
それでも何かを言わなきゃと思ったとき。
「しつこい」
冷や水を浴びせられるような錯覚を覚えた。
嵐山さんは俺を変わらずに見上げていて、けどそこには確かに苛立ちがあった。
「関わらないで」
「あ……。ごめん……」
「…………」
思わず謝った俺に対して、嵐山さんは何も言わずにまた歩き始める。
それを追うことなんて出来るわけもなくて、ただ小さくなっていく背中を見送ることしか出来ない。
この日、俺は飯島先生に頼まれたことがどれだけ難しい事であるのかを理解した。
そして最初から間違えた手を取ってしまったのではないか、と思い悩むしかなかった。
明るい日差しが射しこむ廊下はこれまで見ていた以上に長く感じて、そこにはもう嵐山さんの姿はなくなっていた。
◆◆◆
失意のままに俺は教室へ戻る。
失敗したのもそうだし、嵐山さんにあそこまで拒絶されたのがなかなか心に来た。
話しかけ過ぎたかな。
そんなことを思って自分の机に向かうと、後ろから声をかけられた。
「おい夜空、帰ろうぜ? 沙織は今日部活休みだってさ」
「……蓮」
親友の蓮に声をかけられて、少しだけ気持ちが上向いた。
彼の後ろからは蓮の幼馴染で俺とも仲が良いテニス部期待のホープ、
机の中で必要なものをささっと鞄に詰めて、俺と蓮、そして東川は一緒に帰路についた。
◆◆◆
「それにしても夜空、最近は嵐山さんに声をかけてるけど、よく出来るな。俺なんか怖くて話しかけらんねえよ」
「あんまり上手くはいってないけどね」
帰り道、蓮と東川と並んで帰る。
自転車登校の俺達だけど、こうして三人で帰るときは誰の用事もない時で、そんなときは自転車を手で押しながら、そしてどうでもいい話をしながらゆっくり帰るのが決まりだった。
今回の話題に上がったのは嵐山さんの事で、蓮は最近俺が彼女に話しかけていることに気づいていたらしい。
あれだけ頻繁に声をかけていれば、それもそうか。
ちなみに蓮と東川には飯島先生からの依頼は話していない。
単純に飯島先生から止められているっていうのもあるし、言いふらすようなことでもないと思うから。
「まあでも、同じ女子でも話しかけるの躊躇しちゃうもんなー。嵐山さん、ちょっと私達とは違うっていうか。……不良に対する怖さに似ているんだけど、それとは違うというか」
「女子に対してだとギャルとかを怖いっていうのはあるけど、それとはちょっと違うんだよな……」
同じ女子である東川も蓮も、嵐山さんを怖く思って距離を取っている。
特に女子たちからも人気の高い東川がクラスで唯一距離を取っているのが嵐山さんだ。
そんな東川は日焼けした腕を頭の後ろに回す。
彼女の手のひらで、短く切りそろえた茶色い後ろ髪が押し潰された。
「悪い人じゃないと思うんだけどね。街で見たとか全然聞かないし。まあ、薬やってるとかパパ活してるとか悪い噂はあるけど、そんなの本当の事じゃないだろうし」
「……ぞっとするほど美人ではあるよな。あれでもっと愛嬌が良ければ――いてえ!」
「ふんっ!」
腕を叩かれた蓮が大きな声を出す。
いい感じに蹴りが入っていたけど、音も大きかったから痛くはない筈だ。
あれ? 音が大きいと痛くないんだっけ? 痛いんだっけ? どっちだっけ?
どっちか分からなくなったけど、まあいいや。
蓮と東川は幼馴染らしく、昔から蓮に対してツッコミを入れることが多い。
1年の時もまるで夫婦漫才だなと思っていたし、実際に言ったこともある。
その時は二人揃って「こいつと? ないない」って言われてしまった。
揃って言っている段階で仲が良いのは間違いないんだと思うけど。
「でも嵐山さんって1年の時からあんな感じだったよな。噂で聞いたことはあったし、たまに見かけたこともあったけど」
「クラスは違かったけど、そうね。あれ? でも確か2年で今のクラスになってから最初にカラオケに行ったけど、そのとき参加してなかった?」
「んー? いたっけかぁ?」
東川の言葉に考え込む蓮。
蓮は記憶にないみたいだけど、思い返してみたら確かに嵐山さんはあのカラオケ会に参加していた気がする。
人数が多かったから、部屋移動を自由にする代わりに近くの部屋をまとまって借りたんだったかな。
俺も何部屋か移動したから、その内の一つで嵐山さんを見た気がする。
確かその時は、スマホをずっと弄っていたと思ったけど。
「いた筈よ。でも全く歌わなかったから、付き合いで参加してくれたのかもしれないわね」
「なるほどな。……それなら夜空の頑張りも報われる日が来るかもしれないってことか」
「報われるって……」
実際頑張ってはいるけど、その言葉はどうなんだろうか。
それに今のところは全く進展がないし、関わらないで、とまで言われてしまった。
結構絶望的だと思っているんだけど。
「……まあ、相手はかなり高嶺の花……いや孤高のライオンだけど、頑張れば振り向いてくれるかもしれないぜ」
「?」
そんな事を思っていると、蓮は俺を慰めるように肩に手を置いて口を開いた。
あれ? これ、なんか勘違いされている? と思うものの、そりゃあ飯島先生からの依頼を知らなければ、俺が嵐山さんに思いを寄せている構図に見えるか。
どっちかというと学校で俺が好きなのは飯島先生なんだけどなぁ。
否定したくても否定できない気持ちがもどかしかった。
「ところで、6月と言えば体育祭だろ? そろそろ出る種目とか決めるのかもな」
「あー、確かにそうね」
「女子期待の星の東川さんは、今年も大活躍か?」
「まあ、任せておきなさいって感じね」
話は、気づけば6月にある体育祭に移っていた。
東川は運動神経が良いために1年の体育祭の時も活躍して女子から黄色い声援を受けていたらしい。
正直、ちょっと羨ましい。
そんな事を思っていると、蓮は俺に話を振ってきた。
「でも、夜空も結構多くの種目に出るよな?」
「あぁ、それなりに頑張るつもりではあるよ」
「へぇ、じゃあ男子の方もいい線行くかもね」
蓮の言葉に頷けば、東川がニヤリと笑みを浮かべた。
今年もまた、多くの種目に参加するつもりではある。
運動するのは好きだし、運動が苦手であまり参加したくない人が嫌な思いをしないために。
それよりも、まずは嵐山さんだよなぁ。
目先の一番の不安点を思いながら一切気持ちは上向くことなく、俺は蓮と東川と一緒に帰宅した。
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