無口無愛想、けど実は親切依存系美少女、嵐山さん
紗沙
第1章 怖い子との距離は、縮まる
第1話 めっちゃ怖い子のことを依頼された件について
5月も末に差し掛かった頃のちょっと暑くなってきて少し気だるい午後。
担任の先生の帰りの挨拶を聞きながら、ぼーっとその瞬間が終わるのを待つ。
もうすぐ6月だけど、6月は6月で祝日がなくて嫌だな、なんてことを考えていたときだった。
「以上でホームルームは終了だ。あぁそう、優木は後で職員室まで来るように。以上」
「……え」
思いがけない言葉を聞いて担任の先生の方を見たけど、彼女はあっさりとクラス全体から視線を外して教室を去っていくところだった。
いや、ええ? 今俺、呼び出されたよな?
そんな事を思っていると、ニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべたやつが視界の隅で動き、俺の席に近づいてきた。
彼は、あーあ、と言わんばかりの態度で口を開く。
「おいおい夜空、お前なにしたんだよ? 飯島先生から呼び出されるなんて、相当悪い事でもしたのか?」
「いや、流石に記憶にないぞ。……えぇ、俺なんかしたかな?」
親友である
悪い事なんて当然していないし、授業態度だって、テストの点数だってそこまで悪くはない筈。
「中間で赤点だったとか?」
「残念ながら、お前より+20以上だったな」
「だよなぁ。……なんで呼ばれたんだろ。まあでも仮に怒られるとしても、飯島先生に怒られるんならいいんじゃねえの? お前、あの先生の事好きだろ?」
「美人だし、実際、憧れの存在ではある。……っと、行ってくるわ」
「おう、明日何あったか聞かせろよー」
そう言って手を振ってくる蓮に軽く俺も手を振り返してクラスを後にした。
◆◆◆
職員室の扉をノックして開けば、少し離れた位置にすぐ飯島先生の姿を見つけた。
彼女は俺の姿に気づくと、席から立ち上がってこちらへと寄ってくる。
「悪いな優木、ちょっと話したいことがあるんだ。そうだな……生徒指導室で話すか」
「え? あの俺……なにかしちゃいました?」
生徒指導室。それは学生の間で恐れられる場所No1……の筈だ。
少なくとも俺はそうなので恐る恐る聞いてみると、飯島先生は、いや、と呟いた。
「違う違う、話をするだけだ。別に優木を注意しようとか、そういうわけじゃない」
「……良かったです」
「心配かけてすまなかったな。さあ、こっちだ」
職員室を出た飯島先生の背中を追って移動する。
俺の担任の
凛々しい雰囲気からはちょっと冷たさも感じるけど、生徒の事を気にかけてくれる優しい先生だと俺は思っている。
厳しくもあり優しくもあり、そして見た目は大人な美人教師の飯島先生に憧れる男子生徒は多い。
俺もその一人だ。
そんな彼女に導かれるまま、俺は職員室のすぐ近くにある生徒指導室に案内された。
飯島先生の後に続いて部屋に入れば、当然今まで入ったことがない部屋なので不思議な感じになる。
高級そうな黒革のソファーの片方を手で示されて、俺はそっちに腰を下ろした。
「さて、それで早速本題なんだがな」
向かいに腰を下ろした飯島先生は手を組んで俺をじっと見た。
真剣な雰囲気に俺も思わず姿勢を正す。
「実は優木に頼みたいことがあるんだ」
「頼みたいこと……ですか?」
なんだろうか? 相当無理なことでなければ喜んで協力するつもりではある。
憧れの先生からの依頼だし、頼みごとに応えるのは俺がしたいことでもあるから。
「あぁ、お前に仲良くなってもらいたい人がいる」
「……俺に?」
仲良くなってもらいたい、その言葉に一瞬だけ嫌な予感がした。
そしてそれは現実になる。
「嵐山と、仲良くなって欲しい」
「…………」
絶句した。その名前はよく知っている……というよりも、
普通の高校生とはちょっと違う、ある意味では有名人。
クラスに友人が多い俺も彼女とは話したことはほとんど……いや、まったく無い筈。
そのことが態度に出たのか、飯島先生は少しだけ目じりを下げて語り始めた。
「嵐山がクラスで孤立しているのは知っているな? 正確にはそれを何とかして欲しいんだ。
別にクラス全員と仲良く……とは言わないが、少しくらい打ち解けるように手を貸してくれると助かる」
「……はぁ」
嵐山さんはクラスで孤立しているけど、別にそれはいじめとか無視とかそういう悪い意味じゃない。
彼女は孤立しているというよりも、孤高って感じ。
でも実際、多くのクラスメイトは嵐山さんを怖がっているから先生が心配するのも分かる。
嵐山さんの姿は、普通の高校生とは大きく異なる。
ショートのボブヘアに、髪の内側だけを紫色に染めたパンクって呼ばれるスタイル。
そして耳に空いた大量のピアス。
うちの高校はピアス自由らしいけど、あそこまで空いているのは彼女だけだと思う。
そして表情が変わることは基本的にないし、なにより目が冷たい。
蓮が言うには光がなくて怖い、らしい。
高校2年になって女子生徒の何人かが嵐山さんに話しかけていたけど、あのルックスと冷たい対応で、すぐに距離を置いていたくらいだ。
ちなみに身長は女子にしては高い方。
流石に男子よりは低いけど、ほとんどの女子は見下されるか同じ目線での会話になるからそれもあるのかもしれない。
まあ、見上げられる形になっても怖いんだけど。
彼女自身、遠くから見ればかなりの美人ではあるんだけど、雰囲気が怖いっていうのは俺も同意だ。
話しかけないで、というオーラが凄いので、俺も彼女に自分から声をかけたことはない。
「高校は義務教育ではないから、嵐山がクラスと馴染めていないのも私が口出しするようなことではないと分かってはいるんだが……少し心配でな」
「……少なくとも、いじめのようなことになるとは思えませんが」
見ている限り、嵐山さんは恐れられているけど、排除しようというような動きは皆無だった。
だから俺は彼女を孤立ではなく、孤高の存在、って表したんだけど。
俺の言葉に、飯島先生は頷く。
「あぁ、今年のお前達は優しい生徒が多くて助かっている。今のところそういった問題がないという事も分かっている。……とはいえ多少は仲良く、でもいいだろう?」
「確かにそれは俺も思いますけど……」
同意すると、飯島先生は難しそうな顔をして続けた。
「これは他言禁止だが、実は4月から5月にかけて嵐山と話をしたり、栗原に頼んでみたりしたんだ。けど結果は鳴かず飛ばずでなぁ……」
「栗原さんにも、ですか」
栗原さんは俺のクラスの委員長の女子生徒だ。
まさに委員長っていう感じの人で、真面目な性格をしている。
でも優しく気配り上手な人でもある。俺も彼女に助けられたことが何度かあった。
もしもうちのクラスから学校の模範生を選べと言われたら、全員がきっと栗原さんを選らぶと思う。
でもそんな優等生である栗原さんでもダメだった、ってことか。
「私からも栗原からも、どちらもダメだった。というわけで諦めようと思っていたんだ。
流石にこれ以上は無理やりすぎるか、と思っていたしな。けど最後にどうしてもと思って、男子で比較的信頼できる優木に声をかけた、というわけだ」
「そういうわけで、俺なんですね」
憧れの飯島先生にそこまで言ってもらえるのは嬉しい。
なるほど、飯島先生と女子生徒の栗原さんでダメだったから、最後に男子生徒の俺というわけか。
俺の言葉に飯島先生ははっきりと頷いた。
「あぁ、一年の時の担任の渡辺先生はお前の事を高く評価していたし、私もここ二か月くらい見てきてお前の社交性や協調性には目を見張るものがあると感じた。
どうだろうか優木。……嵐山の件、引き受けてくれないだろうか? 彼女とちょっと仲良くなるだけでも構わないんだ。無論、嵐山がクラスに馴染むのが一番良いんだが……」
ここまで期待をかけられたら、やるしかない。
飯島先生に良いところを見せるチャンスでもある。
俺は息を大きく吸って、そしてまっすぐに先生を見つめ返した。
「分かりました。出来るか分かりませんが、やってみます」
俺の言葉に飯島先生は笑顔になる。
「あぁ、ありがとう。……自然な感じで仲良くしてみてくれ。無理なら無理で、それでも構わない。あまり無理なアプローチをかけると、かえって嵐山にとっても迷惑だろうからな」
「分かりました」
「6月に、2か月に一回するという名目で席替えをする予定だ。
その時にお前と嵐山が隣の席になるように裏で細工しておこう」
「ありがとう……ございます?」
そんな職権乱用していいのかと思ったけど、嵐山さんと席が隣になるならやりやすくなる。
いくらクラスで孤高の存在である嵐山さんでも、話をしているうちに打ち解けてくれるだろう。
そうして仲良くなって、蓮や東川辺りとも仲良くなってもらって、クラスに打ち解ける。
うん、完璧な計画だ。飯島先生の心配もきっとこれで解消できるだろう。
そう思って、俺は生徒指導室を後にした。
このとき、俺は頼まれたことがそこまで難しいことじゃないと考えていた。
けど6月に入ってすぐ、俺はそれがあまりにも希望に満ちた考えだったことを思い知らされることになった。
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