第2話 現場

 試用期間の三十日はあっという間に過ぎ、研修期間の三百三十日の内、百五十日が過ぎだ。

 現場に向かうバスに乗り込もうとすると、エリザベスは呼び止められる。

「お前はそっちじゃないぞ。今日から、こっちだ」

 いつもと違うバスだ。

「どういうことだ」

「お前の働きが認められたから、今日からはこちらのバスだ」

「そうか、そうか。俺の働きが認められたのか」

 高いランクの土木作業員が働く作業場へ行くバスであったが、エリザベスは気付かなかった。

 バスに暫く揺られた後、到着した場所に降りたら、そこは砂嵐であった。

「な、なんじゃこりゃー」

 エリザベスが驚く。

「おい。ルーキー。この程度で驚くなよ。作業はこれからなんだから。とにかくあの休憩小屋に入れ」

 親切に近くにいた土木作業員が教えてくれる。

「なんだかボロッちい小屋だな」

 しかし中に入ってみると案外ちゃんとした造りだった。入口の扉を開けると中から外へと空気が噴き出し、砂嵐の砂が中に入らないようになっていた。そして入口を通り抜けると、強風が体に着いた砂を落とし、床に落ちた砂を吸引して、除去している。かなりハイテクな小屋だった。

 エリザベスはこのハイテクぶりに呆然としていると、「これから警備係が結界をはるからしばらく待っていろ」と言われた。

「あ、あんたは?」

「俺はこの現場の現場監督だ。お前は暫く俺の下で働くことになる。いいな」

「お。おう」

 ラウンジのような場所があり、バスに乗っていた面々がくつろいでいる。

「おい。ルーキー。ここのティーコーナーのコーヒーは無料だぞ」

 そう言うとエリザベスにコーヒーを勧める。エリザベスはコーヒーをもらうと、砂糖を二つとミルクを入れ、そして飲み始めた。

『結構くつろげるもんだ』と感心した。

 しばらくすると外に出ても良いと言う合図がある。

 外に出てみると全く風はなかった。

「どうなっているんだ。さっきはあんなに酷い砂嵐だったのに」

「ああ、警備係が結界を張ったんだ。結界の内側は砂嵐から守られているから。結界の境目はわかるように赤い旗の付いた棒が地面に刺してあるから、それを見たら外に出ないように気をつけろ」

「わ、わかった。それにしても急に物騒な現場になったな」

「そりゃそうだ。高ランクの土木作業員を目指しているんだろう。だったら、こういう危険な現場の仕事も覚えなければな」

「そ、それじゃあ、ここは、高ランク土木作業員の現場なのか」

「おい。誰にも聞いてこなかったのか?」

「あ、ああ」

「そう、なんだ。まあ、とにかく今日からお前はこういう危険なところで仕事する事になる。わからない事があったら周りにいる奴、誰にきいても良いぞ」

「あ、ありがとう。どうしてそんなに親切なんだ」

「そりゃ。俺たちだって仲間が必要だからな」

「仲間が必要って……」

「ここにいる奴みんな優秀ではあるが、それでも人材は不足しているってことさ。お前が戦力になってくれればそれだけ、俺たちも働きやすくなるってもんだ」

「な、なるほど」

 そんな事を話している内に、もうパワーショベルやブルドーザーが動き始めている。

「ここの現場は何をやるんだ」

「池と防風林と丘を造成する」

「どうしてそんな物を造成するんだ?」

「それを知りたかったら監督に聞いてくれ。俺は自分達がする仕事の内容だけで、その目的まではわからん」

「あ、ああ。そうするよ。ありがとう」

 現場監督の所へ行き、同じ質問を投げる。

「そりゃ、この辺の気候を変える為だ。宅地はできたが、ずっと砂嵐では、住み辛いからな」

「そりゃそうだけど、防風林と丘を作るだけで、そんなに気候が変わるのか?」

 エリザベスの疑問ももっともだ。

 結界がなければ、目を開けるのも大変な程の砂嵐が吹いている土地だ。これだけで変わるとは思えないだろう。

「まあな。池を作る為に穴を掘り、掘った土を盛り上げて丘を作る。高低差や林、池で土壌を変え、風の流れを変え、環境を変えていくんだ」

「頭の悪い俺にはわからんが、環境が変わるってわけだな」

 エリザベスは顔をしかめながら言った。

「なに、造成が完成してきたらわかる」

 現場監督が言った。

「それにしても結構掘るんだなあ」

 エリザベスがショベルカーが掘る穴の様子を見ながら言った。

「まだ、序の口だ。もっと深く、幅広く掘る。底をコンクリートで固める必要があるからな」

「へえ。コンクリートで固めるんだ」

「この辺の土壌が砂と岩だから、池を作るには、コンクリートで固めないと、水が全部地下にしみ込んでしまうんだ」

「なるほど」

「だが、砂の地層に直接コンクリを流しても上手く行かないから、掘って、掘って、掘りまくって、砂じゃない地層にぶち当たるまで掘るってわけだ」

「なるほど」

 エリザベスは、ネコという一輪車で砂を運ぶように指示される。言われた場所にもって行くと何かを混ぜ合わせている箱の中に入れるように言われる。

「何と混ぜているんだ?」

 混ぜている人にエリザベスは聞いた。

「これは、ヘドロを微生物に分解させて、できたドロだよ。これと砂を混ぜて、土壌の質を変化させるんだ」

「変化させてどうするんだ」

「この土の土壌の上を防風林にするんだ」

「どうして土壌の質を変えるんだ。砂のままじゃダメなのか?」

「砂のままじゃ、木が育たないし、仮に育っても、地面が砂じゃ、木が自分自身の重みで倒れちゃうだろ」

「おう。なるほど」

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