女王様な彼女との罰ゲームの執行。
******
「えーっと、すみませーん。受付をお願いしたいんですけどー」
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「あっ、2人です」
「利用時間はどうされますか?」
「そうねぇ……じゃ、フリータイムでお願いします」
「かしこまりました。ちなみに、会員カードはお持ちでしょうか?」
「ありますよ。はい、これで」
一条さんがそう言ってから、受付の人に会員カードらしき物を提示する。それを確認した受付の人は小さく頷くと、僕達に向かってニコリと微笑んだ。
「ありがとうございます。それと、ご希望の機種はございますか?」
「あたしは特に無いけど……ねえ、ポチ」
「は、はいっ! なんでしょうか?」
「ポチはなんか、使いたい機種とかあるの?」
「えっと……じゃあ、その、これでお願いします」
「あっ、そうだ。それと、ドリンクバーつけて貰ってもいいですか?」
「かしこまりました」
そして僕らは受付の人から伝票を受け取ると、指定された番号の部屋に向かっていく。一条さんは楽し気に、そして僕はというとそんな彼女とは対照的に重い足取りで。
ちなみに今、僕らがどこにいるのかというと……学校に一番近い場所にあるカラオケ店である。そこらかしこから他の利用客の歌声や曲の音が部屋から漏れ出て、通路中に響き渡っていた。
どうしてそんな場所に来たかと問われれば、まぁ……これが罰ゲームだからとしか言いようがない。僕としては本当に乗り気じゃないから、今すぐにでも帰りたい気分ではあるけども。
それから僕らは歩き続け、指定された番号の部屋の扉を開くと、そのまま中に入っていく。一条さんが先に入り、僕がその後を続いていく感じで。
そこには、大体5、6人が利用できそうな空間が広がっていた。その部屋の中央にはテーブルがあって、その上にはマイクと選曲をする機械が置いてあった。
僕が部屋の内装やテレビの画面を眺めていると、一条さんが声を掛けてきた。
「なにキョロキョロしてんのよ。さっさと座るわよ」
「あ、はい……」
僕は言われるままに椅子へと腰かける。すると、一条さんは対面に座るかと思ったら、まさかの僕の隣に座ってきたじゃないか。
「あ、あの……」
「なによ?」
「えっと、向かいの席が空いているんですけど……」
「だから?」
「そっちに座ればいいんじゃないですか……?」
「いやよ」
「えぇぇ……」
おいおい、即答で拒否られたよ。なんでさ、別に隣同士で座る必要なんてないじゃないか。なのに……どうして?
「これも罰ゲームの一環なんだから、黙って従いなさい」
「あ、はい……」
うん、じゃあ、仕方ないですね。一条さんにそう言われてしまったからには、我慢して受け入れるしかない。僕は諦めて一条さんに従う事にした。
「じゃあ、ポチ。あたし、ウーロン茶ね」
「へ?」
「だーかーらー、飲み物を持ってきてって言ってんの」
一条さんはそう言うと、僕の肩をバシバシと叩いてきた。痛いから止めて欲しいんだけどなぁ……と思いつつも口には出さず、僕は渋々立ち上がったのだった。
とりあえず、部屋を出てドリンクバーのコーナーに直行する。そして一条さんに頼まれたウーロン茶と僕が飲みたいと思ったメロンソーダを注いでいく。
途中、少しばかり悪戯心が湧いてきたので、犬塚ブレンドなるものを編み出してみようかと思ったりもしたけど、やったら普通に怒られるのでやめておいた。僕は学習する男だからね、うん。
それはさておき、飲み物を持ちながら部屋に戻ると、一条さんがスマホを操作しながらくつろいでいるのが見えた。
「も、戻りました」
「んー、ありがとー」
僕が声を掛けると、一条さんは間延びした声で返事をしてきた。そんな彼女の目の前にグラスを置いてから僕も椅子に座る。
「……」
「……」
な、なんだろう。この空気、ちょっと……というか、かなり気まずいんですが。一条さん、なにもしゃべってくれないし。
これから僕、どうすればいいんでしょうかね。カラオケに来たのなら、歌うのが正解なんだろうけども、そもそもが乗り気じゃないから、率先して歌いたくはないし……。
そんな風に僕が思っていると、隣にいる一条さんが何故か顔を赤く染めながら、手うちわで自分を扇いでいた。
僕とも目を合わせてくれないし、ひょっとすると暑いっていうのを察して欲しいのだろうか。
くそっ、なんて我が儘なんだ、一条さん。暑いんだったら、ちゃんと口で言ってくれないと分からないじゃないか、全く。
「あ、あの……」
「な、なに? なんなの?」
「暑いのなら、空調でも入れますか?」
「へ?」
僕が恐る恐る尋ねると、一条さんは少し間を時が止まったように動かなくなった。しかし、それも一瞬だけの事で……すぐに何事もなかったかのように動き出す。
「ぽ、ポチにしては気が利くじゃない! ちょうどあたし、ちょっと暑いなぁ~って思ってたところなのよねー」
「あ、あはは……そうだったんですね。それは良かったです……」
僕は苦笑いしながら一条さんに返事を返す。そして、空調のリモコンを手に取るとスイッチを入れた。すると、すぐに涼しい風が僕らの元にやってくる。
「こ、これで少しは楽になりましたか?」
「う、うん……まぁ、そうね……」
一条さんはどこか歯切れの悪い返事をすると、こちらをチラリと見てきた。そんな彼女の態度に、僕は首を傾げる。
すると、彼女は慌てたように視線を逸らすと、グラスを手に取って飲み物をゴクリと飲んだ。そして一息吐いてから再び口を開く。
「と、とりあえず、始めるわよ。罰ゲーム」
「あ、はい……そうですね」
「じゃあ、ポチ。早く歌いなさい」
一条さんはそう言うと、僕に向けて端末を差し出してきた。いや、一条さんから歌えばいいじゃん……と、思うけれども、これが罰ゲームの内容なので拒否することは出来ない。
僕は渋々だけど受け取って、曲を選ぶことにした。えっと……どれにしよう。正直、こんな内容の歌を意識的に選んだりしたことがないから、困ってしまう。
とりあえず、嫌だけど歌えそうな曲を選んで、送信ボタンを押す。すると、前奏が流れ始めたので僕はマイクを持って立ち上げる。
立ち上がった途端、ドキドキと心臓が大きく脈打った。やばい、緊張する。そして横に目を逸らせば、一条さんがこっちをジッと見ている。
これはきっと、ちゃんと僕が歌うのか監視をしているのだろう。だけど、あまりジロジロと見ないで欲しい。緊張するし恥ずかしいじゃないか。
けど、歌わざるをえない。だって、罰ゲームなんだから。僕は覚悟を決めて、大きく深呼吸をしてから、曲を歌い始める。
「あ、愛してるよー、きみをー、ずっとー」
あぁぁぁぁぁ! いやぁぁぁぁぁ! 心が痛いよぉぉぉぉぉ! どうして、僕はこんなことをしなくちゃいけないんだぁぁぁぁぁ!!
そう、今回の罰ゲームはというと、まさかの『カラオケで恋愛ソング縛りで歌う』という羞恥プレイだった。どんな頭してたら、こんな罰ゲームを思いつくんだよ、畜生!
しかも、提案者である一条さんは手拍子までして盛り上げてくるしで、僕は泣きそうになりながら歌い続けた。
「す、好きよー、大好きー」
いや、もう勘弁してください! 僕のライフポイントはもうゼロよ!
そうして僕は羞恥心と屈辱にまみれながら、なんとか1曲を歌い切るのであった。
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