絶対的な女王様の彼女と絶対服従な奴隷の僕。
「ねぇ、ポチ。あんたさー、なんであたしが怒っているか、わかる?」
「い、いえ……分かりません……」
休み時間の真っ只中。僕―――
すると、一条さんが大きくため息を吐いたのが、頭を下げている僕からでも確認出来た。そして、彼女の怒りのオーラを全身にビリビリと感じ取ってしまう。
「……はぁ」
一条さんは再びため息を吐くと、椅子に座ったまま足を組んだ状態で少し考える素振りを見せた。
その間、僕はただただ沈黙を貫き通すしかなかった。余計なことを言えば怒られてしまうし、なにが逆鱗にふれるか分からない。
だから、ここは大人しく黙っている方が正解なのだ。一条さんソムリエの僕だから分かる対処法なので、ほぼ間違いないぞ。伊達に怒られ慣れしていないからな! HAHAHA☆
「ねぇ、ポチ。あんたさぁ……なんであたしが怒っているか、わかる?」
と、そんな事を考えつつ土下座をしている僕に対して、一条さんは同じ言葉をまた投げ掛けてきた。
ふむふむ、これは……少し怒りのボルテージが上がってますね、はい。僕がなにも分かっていない事に、ちょっとずつ怒りが増しているのだと思う。
しかし、困ったな。僕の対処法である大人しく黙っているやり方は逆効果だったか。これにはソムリエの僕も脱帽ものだ。さて、これからどうしたものか。
とりあえず、一条さんが同じことを2度も聞いてきているという事は、よっぽどのことを僕はやらかしているに違いない。
けど、まったく心当たりが無いので、何が何だか分からないってのが本音だ。というか、大体の一条さんかの追及って、良く分からないことの方が多いしね。
「い、いや、その……」
「あたしが聞いてるんだから、早く答えなさいよ」
一条さんの有無を言わせない言葉に、僕は思わず口を閉ざす。けど、ここは素直に答えた方が良さそうだと判断して口を開いた。
「えーっと……多分ですけど、僕が一条さんに対して、なにか粗相をしてしまったのでは……?」
「は? 多分? なにかってなに? あんた、ふざけてんの? はぁ? 舐めてんの?」
「いえっ! そんな滅相もございません!」
ま、まずい。一条さんの怒りが更にヒートアップしている事に気付き、僕は慌ててそう答えた。しかし、それは逆効果だったようで……彼女は目を細めて僕を睨み付けてきた。その眼光に思わず怯んでしまう僕。
なんか、こう……某漫画の鬼の王みたいな感じに、ビキビキと青筋が浮かんでる気もする。はっきりとした彼女の怒りを無惨にも感じ取ってしまい、思わず冷や汗が頬を伝う。
「……ねぇ、ポチ。あんたさぁ……本当に心当たりないの?」
「それは、ですね……」
一条さんの言葉に、僕は思わず口籠ってしまう。だって、本当に心当たりが無いのだから。無いものは答えられる訳がないって。
「その……正直、心当たりがありません」
「……ふーん」
「僕がなにかしたことは間違いないんですけど、それがなんなのかが分からないんです」
「なるほど。ポチの態度からして、それはホントみたいね」
「はい……」
「……はぁ、しょうがないわねー」
一条さんはそう言って大きくため息を吐くと、組んでいた足を解いて椅子から立ち上がった。そして僕に近付いてくると、しゃがみ込んで目線を合わせてくる。
その動作一つ一つがとても綺麗で思わず魅了されてしまいそうになるけれど……でも、今はそれどころではない。これから何を言われるのかという不安の方が勝っていたからだ。
そんな僕の様子を察してか、彼女は小さく笑みを浮かべると言った。
「そうねぇ……ま、いいわ。今回は許してあげる」
「ほ、本当ですか?」
僕は思わず聞き返してしまった。だって、あまりにもあっさりと許されたものだから拍子抜けしてしまったんだ。
「なによ。せっかくこの有栖ちゃんが許してあげるって言ってるのに、ポチは不満なの?」
「い、いえ……そんな事は……」
「じゃあ、いいじゃないの。良かったわね、ポチ。許して貰えて」
「は、ははは……本当ですね、はい」
「で、なにか言うことは?」
「へ?」
「あたしに言うこと、あるでしょ?」
一条さんはそう言うと、ジト目で僕を見つめてくる。その彼女の視線に僕は思わず戸惑ってしまう。
「え、えーっと……?」
「私がせっかく寛容な心で許してあげたんだから、言うことがあるでしょ?」
「は、はい! あ……ありがとうございます!」
僕は慌ててそう答える。すると、一条さんは満足そうに微笑んだ。
「そう、それでいいのよ。お礼が言えて、えらいわねー、ポチ♪」
そう言って僕の頭を撫でてくる一条さん。僕はそれに対してされるがままになっていたのだが、段々と恥ずかしくなってきたんですが、その……。
「あのー、一条さん?」
「ん? なにかしら、ポチ?」
「そろそろ……その……」
僕はそう口にしてから、離してくれないかなぁ……と、一条さんに向かって目で訴えた。しかし、彼女はそんな僕に対して、優しい笑みを向けてくるだけで何も言ってくれなかった。
「えっと、一条さん……?」
「ん~、なにかしら?」
「いや、もうそろそろ離してくれると、助かるんですが……」
僕は恐る恐るそう口にする。すると、一条さんは少し考える素振りを見せた後で口を開いた。
「そうね。じゃあ、離してあげるわね」
「あ、ありがとうございます……」
僕はほっと胸を撫で下ろしながらそう言った。しかし、そんな僕に対して一条さんは意地悪な笑みを浮かべながら言ってきた。
「でもー、その前に一つ言っておくことがあるわね」
「へ? なんですか?」
僕がそう尋ねると、彼女はニヤリと笑みを浮かべた後に言った。それは……とても恐ろしい一言だった。
「罰ゲーム、決定ぃ♡」
「……はい?」
彼女の言葉の意味が良く分からず、思わず聞き返してしまった。しかし、一条さんは無情にもう一度同じ言葉を口にした。
「だから、罰ゲームよ」
「えっと、その……」
いやいやいやいや、一条さん。ちょっと待って欲しい。あなたはさっき、僕になにを言ったか忘れているのでしょうか?
あなたはさっき『今回は許してあげる』って言いましたよね? なのに、なんで罰ゲームを受けなきゃいけないんですか!?
「あの……一条さん。一つ、聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」
「さっきは許してくれたじゃないですか」
「ええ、そうね」
「じゃあ、どうして僕が罰ゲームを受けないといけないんですか?」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
一条さんはそう言って、僕の顎を指でクイッと持ち上げてきた。そしてそのまま顔を近づけてくると……耳元で囁くようにこう言ったのだ。
「許してあげたけど、ポチが悪いことには変わりないからねー。だから、罰を受けてもらうの♪」
クスクスと悪戯っぽい笑みを浮かべる一条さん。そんな彼女に見つめられながら、僕は思わず冷や汗を流した。
あぁ、神様。今日も僕は、一条さんに弄ばれています。いや、まぁ、僕が悪いんでしょうけども……こう願ってやみません。
誰か、助けて。
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