仕方なくない

シトラス

第1話

「昨日から、このホテルの一室に宿泊していた加藤志保さんが行方不明となった」


 お昼終わり、ホテルの宿泊客が集まったロビーの前で、よくわからない胡散臭い男が話す。


「おい…、あの人って最近話題の探偵じゃなかったか?」

「あぁー…、あの未解決事件を解決したって人?」


 どうやら前の男は探偵らしい。


「そこでだ。できれば君たちには情報提供をしてもらいたい」

「…警察の仕事だろ」


 俺はため息交じりに独り言ちる。


「確かにそうかもね」


 いつからか隣に立っていた幼馴染は俺の独り言に微妙な笑みで同意する。


「でもまぁ行動するのは速いに越すことはないんじゃない?」

「…それはそうかもな」


 俺達と同様にロビー集まった宿泊客もガヤガヤと騒ぎ始める。内容は大方なぜ自分らも協力しなければならないのか、そもそも本当に行方不明なのかなどだった。


「皆、静かに!こうしてる間にも一人の命がなくなっているかもしれない!それは殺人と何ら変わらない!そうだろう?」


 なるほど探偵様の言っていることは正しい。思わずその情熱的な発言に拍手を送りそうになった。

 意外にもひねくれた考えの持ち主は俺だけだったようで、宿泊客は皆、探偵の発言に対し素直に従い、静かになる。


「…行方不明になった彼女を救出するために協力してくれたことを感謝する。私もなるべく君たちの貴重な時間を無駄にしたくはない。顔の特徴などを掲載するので情報を持つもの以外、この後自由にしてくれて構わない。しかし、今後も人命の救助の為に協力を願うことを理解してほしい」


 本当に情熱的なお方なようだ。周りもそれに感化されて何か手伝おうと行動しているようだった。今なら混むことなく移動できると踏んで足を進める。


「どこに行くの?」

「部屋」

「じゃあ私も」


 部屋へ戻ろうとする俺を見て幼馴染も付いてくる。思った通り、廊下を行きかう人は誰もおらず、するすると部屋へ戻れた。


「ふ~。人が多くて疲れたね」

「…ここ、俺の部屋なんだけど」


 俺がドアを開けると俺が部屋に入るよりも先に入り込み、ベットへと飛び込んだ。


「じゃあ君も一緒に入る?」

「…遠慮しとく」

「恥ずかしがっちゃって。今更じゃん」


 幼馴染の発言は、無視して仕方なく窓際に置いてある椅子に座って外を眺める。大学の夏休みを利用して幼馴染と来たこのホテルは、山中に位置する。晴れていれば自然の綺麗な景色が窓から見えたのだろう。しかし、天気は酷い雨であまり見えない。


「昨日は晴れてたのにね。折角の旅行なのに残念」

「まぁ…山だし梅雨も終わりかけとはいえまだだからな。仕方ないだろ」


 向かい側の椅子に、幼馴染はいつの間にか移動していた。俺らは二人して窓の外を眺める。


「仕方ないってのは、さ」


 しばらく眺めていると、眺めた状態のまま、突然幼馴染は声を発する。


「天気のことだけを言ってるの?」

「…」


 その言葉を聞いて、俺は何も答えられなかった。というよりも、答えたくなかった。


「ごめんね」


 幼馴染はこちらを向いて、申し訳なさそうに謝る。


「…なんで謝るんだよ」


 しかし、幼馴染が謝る必要は全くない。答えない俺が悪いのだから。


「謝るよ、私が悪いんだから」

「…どこが」

「私は君が言いたくないことを聞いた、これは君に謝るべきことじゃない?」

「それなら言わない俺も、何も言わないんじゃなくて謝るべきだ」

「じゃあお互い様だね」


 幼馴染は整った顔でほほ笑む。大学でもその整った顔と優しい性格で人気な幼馴染と旅行にこれたのは、幼馴染という関係の力なんだろうと感じる。そうでなければこうして会話することすらできなかったのではないかとすら思う。

 しかし、その関係の力もむなしく俺らの間には微妙な空気が漂う。


「…飲み物買ってこようと思うけど、何かいるか」

「いいの?じゃあミルクティーがいいなぁ」

「わかった」


 その空気感に堪えられなかった俺は、逃げるようにロビーの自販機へと向かう。ロビーは相変わらず捜索のための提案や情報共有で騒がしかった。残念ながらそこに参加するほどの熱い心を俺は持ち合わせていないので、そそくさと飲み物を買うために自販機の前へと向かう。


「…やっぱ捜索するなら早い方がいいよな」

「そうだね。探偵さんもこの旅館に来てる人みんなに協力を仰いで捜索をしようとしてるらしいよ」


 ロビーで探偵の手伝いをしてるのであろう人たちの会話が聞こえる。少し前、幼馴染が「行動するのは速いに越すことはない」と言っていたが、これはもう明らかに一探偵がする範疇じゃないと思わざるを得ない。

 胡散臭いという第一印象は大正解だったな、とここにいる人たちに聞かれれば面倒なことになりそうな事を考えながらロビーを離れる。


「戻ったぞ」


 部屋に戻り、一言発するが返事はない。カーテンの閉められた部屋の奥へと進むと、掛け布団が膨らんでいることに気付く。気になって少しめくってみると、そこには幼馴染の寝顔があった。


「…マジか」


 この幼馴染はわかってないようだがここは俺の部屋である。幼馴染とはいえ男の部屋で寝るとはいささか警戒心が足りてないと思わされてしまう。だからと言って手を出すわけでもないが。

 せっかく寝てるのに起こすのも申し訳ないので、このまま寝かせておこうと考えていると、窓の向こうからゴロゴロと雷鳴が聞こえたような気がした。雨音も先程と比べ大きくなっているような気がしたので、気になって窓の方を向く。すると、寝ていたはずの幼馴染が俺の腹部に手を回し、自分の方へと引き込んだ。


「…おい」

「よいしょっと」

「おいって」


 引きずり込んだだけでは飽き足らず、更に俺の上に馬乗りになる。前かがみで両手を俺の横に付いているので、幼馴染の髪が顔にかかる。


「…髪の毛が口に入るんだけど」

「美味しい?」

「シャンプーの味がいい感じだな」

「ちゃんと洗い流してるんだけどなぁ」


 幼馴染はにへっと笑うだけで顔は上げない。


「…こうしてさ、何度も君のことを慰めたっけ」

「頼んだことは一度もないけど」


  幼馴染は慈しむ様に俺の頬を撫でる。


「何をやっても上手くいかない君に美人な幼馴染が体を使ってまで慰めてあげたんだよ?もうちょっと喜んでよ」

「別に嫌とは言ってないだろ」


 そう言うと幼馴染はわかりやすく喜び、俺に抱き着いてくる。夏ということもあり、少し暑苦しい。


「じゃあさ、なおのことわからないんだ」


 幼馴染は耳元でこしょこしょと話す。少し耳がくすぐったい。


「どうして君は私を殺したの?」


 ぎゅっと、幼馴染が、俺に抱き着く力を強くした。


「嫌いだったの?私のこと」

「…いいや」

「じゃあ何か仕方ない理由があったの?」

「…それも違う」


 幼馴染を殺したのはもっとわがままな理由だった。


「じゃあなんで…。なんで小さい頃からずっと好きで、体まで許した人に私は殺されなきゃいけなかったの…?」


 幼馴染は顔を上げる。目元には、大粒の涙が溜まっていた。


「幻覚のお前まで、泣かせることになるとはな」


 幼馴染に言われている通り、幼馴染は俺が殺した。だからこれはきっと俺が勝手に見ている幻覚だ。それでも泣かせてしまったのは心が痛む。

 幼馴染は、俺の発言が気に障ったのか目元を強くゆがませる。


「私のこの思いが幻覚だって言いたいの?」

「お前は俺が殺しただろ」


 幼馴染から滴る涙が俺の顔に降る。


「私が君の幻覚だって言うなら、私がすることを止めてみなよ」


 幼馴染はそう言うと、俺の唇に自分の唇を重ねる。それどころか、舌まで入れてのキスだった。


「…ぷはっ。えほっえほっ…」


 先程の発言から考えるに、恐らく、自分よりも先に俺が苦しくなって抵抗することを期待してたのだろう。しかし、残念ながら男女の肺活量の差には勝てず、長い長いキスの末に耐えられず苦しそうにしながら幼馴染は唇を離す。


「私の!この気持ちが!君への思いが!幻覚なわけないじゃん!」


 結局証明することもできず、悔しそうに幼馴染は泣きながら言葉を吐き出す。


「答えてよ…。なんで私を殺したのか…」


 ずっと抱えていた心の痛みが、幼馴染の絞りだした声にとうとう耐えられなかった。


「お前を殺したのは…。俺がお前に耐えられなかったんだ」


 気付いたら、俺は幼馴染を殺した理由を話していた。


「…私の何に、殺してまで耐えられなかったの?」

「それは…」


 言葉を続けようとしたとき、ドアの方からノックが聞こえた。


「私だ。すまないが出てきてくれないか」


 ノックと声の主は例の探偵だった。


「悪い、どいてくれるか」

「…いいよ」


 幼馴染が以外にもすんなりとどいてくれたことに驚きながら、一緒にドアの方へ向かう。


「プライベート中にすまないな。少し協力してもらいたいことがあるんだ」

「…何でしょう」

「20分後、加藤志保さんの捜索を開始しようと思うんだ」


 俺は喉元まで出かけたため息を飲み込む。それと同時に、俺である程度隠れているとはいえ、やはり当の本人である幼馴染には気付けていないことに気付く。


「…この雨の中でですか」


 確かに先程、ロビーでそのような会話が耳に入ったが、外では雨がどんどん強くなっている。この状況で捜索など余計に行方不明者を出すだけだ。


「もちろん、これ以上行方不明者が出さないようにはする」


 探偵は俺の考えに気付いたのか自信満々に具体的な例は一切出さずにそう言う。俺はまたもやため息を飲み込む。


「それで、参加してくれるのか?」

「えぇ、参加しますよ」

「…え?」


 後ろにいる幼馴染から驚きの声が発された。


「わかった。じゃあ準備ができ次第ロビーで待機してくれ」

「わかりました」

「それでは私は次の人のとこへ行くとするよ。…おっと、そうだ。参加するのだったら服を着替えた方がいい」

「?…あぁ、確かに濡れますからね」

「あぁいや、そういうことではなくでだな」


 探偵は俺の胸の辺りを指さす。


「水でも溢したのか?随分と胸の辺りが濡れてるぞ。その状態で行くのは君が恥ずかしいだろう」


 俺の胸には幼馴染の涙の跡がはっきりと残っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なんで捜索に協力しようと思ったの?君が私を殺したんだから、意味がないことは君が一番知ってるでしょ?」


 幼馴染の捜索が始まり、レインコートを羽織り森の中を歩いていると、幼馴染は俺に問いかける。


「まぁ…こうやって怪しまれずに外に出るためだな」

「外に何か用があるの?」

「ここら辺、見憶えないか?」


 幼馴染はあたりを見わたす。


「…わかんない」


 しかし、幼馴染にはよくわからなかったようだ。


「もうすぐわかる」


 俺と幼馴染はそのまま森の中をしばらく歩き、あたりを一望できる崖までたどり着いた。


「ここは…」

「そう、俺がお前を殺したところだ」


 俺たちは以前、同じ道を通り、そして幼馴染をこの崖から突き飛ばして殺した。


「…嫌な場所ではあるけど、やっぱり景色は綺麗だね。雨が降ってるのも幻想的で綺麗」

「そう言ってくれると、この場所を調べた甲斐があるな」

「え、調べたの?」

「ネットで調べて、自分でも一回事前に見に行った」

「…もしかして、私のため?」

「まぁ…そうだな」

「…そっか。ありがとう」


 幼馴染は、微笑みながら俺の腕を絡み取る。


「この景色を見て私が何を言ったか覚えてる?」

「『君とこんな綺麗な景色を一生一緒に見ていたい』だったな」

「…我ながら恥ずかしいプロポーズだね」

「そんなこというなよ。俺は嬉しかった。…それが、お前を殺すことになった最後の後押しでもあったけど」

「…どうして?」


 幼馴染は俺の腕を絡み取る自分の腕に力を入れる。


「お前が俺に好意を抱いてるのは知ってた。俺もそれは嬉しかった。でも、お前は俺よりも勉強もできて運動もできて優しくて人望があって容姿もよくて…そんな人間に好意を抱かれるのがつらかった」


 幼馴染は唖然とする。そんなことを言うとは予想だにしてなかったのだろう。


「その状態でお前もプロポーズを受けて…俺は耐えきれなくなった。だからお前を崖から突き落とした」

「…随分、わがままな理由だね」

「ほんとにな」


 俺は苦笑するが幼馴染は笑わず、下を向く。


「…全部、君に好意を抱いてもらうために頑張ったんだけどね」

「それも知ってた。だからなおのことつらかった」

「…ごめんね。そういう風に思われてたなんて、知らなかった」

「謝るなよ。こんなわがままな男に頭なんか下げるな」

「謝るよ。そのわがままなな男が私は今でも好きなんだから」


 幼馴染は顔を上げ、力強い声で言う。


「…男を見る目がないな」

「…そうかもね。でも私はこれでいいの」


 幼馴染はやっと笑い、俺に抱き着いてくる。


「つらいよね、ごめん。でも私は君が好きなの」


 俺に対してずっと優しかった幼馴染の、唯一の反抗だった。


「なぁ…どうして俺はこの雨の中、外に出たと思う?」

「…私を殺した理由を言うためじゃないの」

「それもあるな。でも、本当の目的は他にあるんだ」


 幼馴染は密着した状態で俺を見上げる。


「お前を殺した後、俺も一緒に死のうと思ったんだ。でも、できなかった」


 俺はその時のことを思い出して自嘲する。


「笑えるよな、俺のことをずっと思ってくれてた幼馴染を自分可愛さで殺しておいて、その後も自分可愛さで自殺せずに生きてるんだ」

「それで…君はまた死にに来たの?」

「そうだったんだけどな」


 幼馴染を突き落とした崖の方を見る。


「ここまで来て、まだ自分が可愛いんだ」

「…そっか」

「呆れたか?」

「全然」

「ほんとに男を見る目がないな」

「ほんとにね」


 幼馴染にへっと笑う。俺は昔からその笑顔をみるたび、自分との違いが見せつけられたようでつらかった。


「ねぇ…手伝ってあげようか」


 君が死ぬのを、と幼馴染は付け加える。予想外の言葉に少し俺は驚く。


「なんだ、俺を突き落としてくれるのか」

「私にそんなひどい事させないでよ」


 幼馴染ぷくりをほ頬を膨らます。


「もう一回死んであげるって言ってるの。ほら、みんなで死ねば怖くないって言うじゃん?」

「そんな怖い言葉があってたまるか…。お前はいいのかよ」

「何が?」

「もう一回、俺に殺されてもいいのか」

「何言ってんのさ」


 幼馴染は密着していた俺から少し離れ、俺に屈むようにハンドサインをする。それに従うと、幼馴染は俺の耳元まで口を近づける。


「好きな人にだったら、なんだってしたいのが私だよ」


 そんな、男なら誰だって言われたいようなことを幼馴染は言う。


「それじゃあ、仕方ないな」

「君がそれを言うのはなんか違うなぁ」

「それもそうだな」


 俺らは仲良く手をつないで崖の方へと向かう。


「ねぇ…」


 崖の方まできて、幼馴染はこちらに問いかける。


「ここで死ぬのも君にとっては仕方ないこと?」


 幼馴染の目は、少し悲しそうだった。


「いいや」


 俺ははっきりと言う。


「仕方なくなんかない。俺がそうしたいからここに立ってる」

「そう言ってくれると嬉しいよ」


 幼馴染はひと際嬉しそうに微笑む。


「来世は私のこと好きになってね」

「じゃあ来世も俺みたいなカスを頼んだ」

「任せなよ、こちとら一回殺されてるんだから。並大抵のことなら許すよ」


 俺らはその後、雨のザーザー降る森の中でひと際目立つ鈍い音を響かせた。

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