第11話 遺体安置所にて
ここは、教会の管理する遺体安置所。時には、罪人の拷問や医学的研究にも使われた。薄暗い石作りの安置所はがらんどうでなおさら冷たく感じられた。何本も立てた蝋燭の炎が影を大きく映している。窓もなく昼か夜かも定かではない。床に染みついた血の鉄臭い匂いが鼻についた。
大司教、ヴァルターの遺体は現場検分ののち、教会の上層部の手でここに運ばれてきた。事情聴取のために娘のアデルハイトを探したが、その姿はすでに無かった。
教会所属の医師クラウスは額の汗を拭いながら、集中して作業を続けていた。美男子だが、頬は欠け、今は長髪の黒髪が汗で額にへばりつき、大きすぎる瞳の下には黒い隈がある。黒色の教会の正装に血の飛沫を防ぐエプロンをしている。枢機卿から命じられた特別な解剖。何度も訪れる機会ではない。このチャンスをものにしたかった。
「今回こそ、魂の片りんを見つけてみせる」
ぎらついた目が今にも飛び出しそうだ。
「待っていてくれ、ゲルトルーデ」
優しく呟く。彼の脳裏に、自宅の棚に並ぶ精巧な人形たちの姿が浮かぶ。特に愛おしい人形は、かつてのクラウスの恋人の名をつけたもの。
クラウスは特殊な形ののこぎりを手に取った。その歯は不気味に光っている。慎重に、しかし確実に、遺体の頭部に近づけていく。ギィィィ……
金属が骨を削る音が部屋に響き渡る。床に黒い血液が滴り落ちる。まるで缶詰を開けるかのように、頭部が開いていく。クラウスの呼吸が荒くなる。
ついに脳が露出した。クラウスは目を凝らす。その時、視界の端に何かが動いたような気がした。
「なんだ……?」
彼は顔を近づける。そこには、予想外のものがあった。うごめく触手。足長くもこは、教会の管理する遺体安置所。時には、罪人の拷問や医学的研究にも使われた。薄暗い石作りの安置所はがらんどうでなおさら冷たく感じられた。何本も立てた蝋燭の炎が影を大きく映している。窓もなく昼か夜かも定かではない。床に染みついた血の鉄臭い匂いが鼻についた。
大司教、ヴァルターの遺体は現場検分ののち、教会の上層部の手でここに運ばれてきた。事情聴取のために娘のアデルハイトを探したが、その姿はすでに無かった。
教会所属の医師クラウスは額の汗を拭いながら、集中して作業を続けていた。美男子だが、頬は欠け、今は長髪の黒髪が汗で額にへばりつき、大きすぎる瞳の下には黒い隈がある。黒色の教会の正装に血の飛沫を防ぐエプロンをしている。枢機卿から命じられた特別な解剖。何度も訪れる機会ではない。このチャンスをものにしたかった。
「今回こそ、魂の片りんを見つけてみせる」
ぎらついた目が今にも飛び出しそうだ。
「待っていてくれ、ゲルトルーデ」
優しく呟く。彼の脳裏に、自宅の棚に並ぶ精巧な人形たちの姿が浮かぶ。特に愛おしい人形は、かつてのクラウスの恋人の名をつけたもの。
クラウスは特殊な形ののこぎりを手に取った。その歯は不気味に光っている。慎重に、しかし確実に、遺体の頭部に近づけていく。ギィィィ……
金属が骨を削る音が部屋に響き渡る。床に黒い血液が滴り落ちる。まるで缶詰を開けるかのように、頭部が開いていく。クラウスの呼吸が荒くなる。
ついに脳が露出した。クラウスは目を凝らす。その時、視界の端に何かが動いたような気がした。
「なんだ……?」
彼は顔を近づける。そこには、予想外のものがあった。うごめく触手。アシナガグモのような生き物は脳の表面を這うように動いていた。
「なんだこれは!?天井から落ちてきたのだろうか」
ヨハンは思わず声を上げた。
しかし、彼は医師、グロテスクなものには耐性があった。震える手でピンセットを取り、慎重にその物体をつまむ。目の前に持ち上げると、それは嫌がるように激しく動いた。
「新種の寄生虫か?」
クラウスは眉をひそめる。
「彼は雨水でも飲んだのか?」
彼は急いで小さなガラス瓶を取り出し、その中に名前の知らぬ生物を入れた。蓋をしっかりと閉める。
瓶の中で、触手は不気味に蠢いていた。クラウスの目に、興奮の色が浮かぶ。これが何なのか、彼にはまだわからない。しかし、重大な発見であることは間違いなかった。
ドアをノックする音が聞こえた。クラウスはビクッとし、メスを取り落とした。舌打ちをする。
「わたしだ。様子を見に来た」
枢機卿!まずい、とクラウスは反射的に寄生虫の入った瓶を引き出し奥に隠した。
「こんな汚れたところに枢機卿様が来られることはないでしょうに」
白い口ひげを蓄え、腹が出ている枢機卿は優しい目でヴァルターを見下ろした。
「いいや、ヴァルター君とは私がこの地位に就いて以来の懇意の仲だ。悲しいことだ。まだまだがんばってもらってわしの後を継いでもらいたいくらいだった……」
白い口ひげを蓄え、腹が出ている彼は優しい目でヴァルターを見下ろした。
「で、死因はわかったかね」
「はい、おそらくは心臓発作かと。よくお酒を飲んでいらしたようで、現場にもワイン瓶の破片が。長年の悪い習慣が血管を詰まらせた可能性が……」クラウスは胸の傷を指し示し「きっと苦しくて、胸に十字架を突き立てたのでしょう。もう少しよく調べてみませんと」
「酒に溺れることなどなかったのに……。他殺という可能性は?」
話が長い彼に、クラウスはいらいらし始めた。クラウスは話すのが苦手で師匠に代わって説教をするのが憂鬱だった。声が聞こえないとよく信徒に指摘され、赤面した。早く帰ってくれ、クラウスは心の中で毒づいた。
司教警護が枢機卿を見つけ、報告してくる。
「ヴァルター氏のご息女は今だ不明です。盗賊に囚われている可能性もあるため、森まで捜索範囲を広げますか」
「そうしてくれ」
枢機卿の足音が遠ざかると、クラウスは大きく息を吐いた。しかし、その安堵も束の間。
「お疲れのようですね、クラウス先生」
突如として聞こえた声に、クラウスは飛び上がった。振り返ると、そこには長身の小太りの男が貴族の服装で立っていた。ロングカールの頭部には巻き角があり、蝙蝠に似た羽が生えていた。
「あ、悪魔?おまえ……どうやって入った?」
クラウスの声が震える。
オットーは柔和な笑みを浮かべ、瞳が赤く光った。
「そう警戒しないでください。私はオットー。先生には隠すよりこちらの姿のほうがいいかと思いまして、同志」
クラウスは顔色を変えた。
「同志だと!な、何のことだ?」
「隠す必要はありません。私は心が読めるのです。よく言うでしょ、悪魔は読心術に長けていると」
オットーが近づいてくる。クラウスは後ずさる。
「私たちは同じ目的を持っているんです。魂の真理の求道者として」
「知らん、知らんぞ、立ち去れ悪魔!」
クラウスは十字架を向け、祈った。オットーは霧になり、瞬時にクラウスの背後に移動した。彼の手にはさきほど摘出した寄生虫が握られていた。
「まさか一介の人間ごときが、この魂喰虫の支配から逃れるとは。どうです、クラウス先生、彼の後を継いで私の計画に協力するのは。もちろん虫を植え付けたりはしません」
クラウスはうろたえ、後ずさった。
「お前の仕業か!今すぐ警備兵を呼ぶ」
オットーは目の前で人差し指を「ノンノン」と振り、にやりと笑った。
「いいのですか、人間がいくら体をいじくり回したところで魂の秘密にはたどり着けませんよ。人形に魂を宿す、そう、あなたの夢を実現できるかもしれません」
監視されていた?クラウスは驚きの表情を浮かべ、思い当たる節がないか頭を巡らせた。
「ゆっくり考えていただいてけっこうです。今日は挨拶まで」
オットーは丁寧にお辞儀をすると、霧になって消え失せた。
クラウスは皮肉げにヴァルターの脳みそを覗き込んだ。
「……これも神の思し召しとでもいうのか?であるなら、使者が悪魔とは気が利いている。ああ、ゲルトルーデ、私はどうすればいい?君に会うためなら……」
クラウスは消毒用のアルコールを飲み、気持ちを落ち着かせた。
「私では魂を見つけられないはずだ。神の、いや悪魔の御業がなければ無理なのだ」
すでに動揺から立ち直り、頭の中で今後の計算を始めていた。
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