第5話

川に沿って上流に歩いて行く。


 道中には大きな屋敷があった。地主の家にしては豪華過ぎる。門には悪趣味な金の甲冑が置かれており、成金趣味を感じる。武家造りの古風な建物なだけにアンバランスな印象を受けた。


 


「なぁ……識、この屋敷って誰が住んでるんだ?」


 


「地区長だそうですよ」


 


「それって村長みたいなもんだろ。こんなに儲かるのか?」


 


 平安時代や江戸時代なら地主が大きな力を持っていても決しておかしい事ではないが、今は現代。


 こんな田舎町でそこまでの権力が生まれるものなんだろうか。


 


「十中八九、鶴羽染めの収益でしょう」


 


「……そんなに流行ってたんだ」


 


「あなたは少し世俗に疎すぎます」


 


 "はぁ"と識はこれみよがしに溜め息を吐く。


 俺だって別に流行に全く興味がない訳でない。雑誌をチラ見することもあるし、テレビの服選び企画なんかを見ることもある。


 


「いや、それにしたって染料だけでここまで儲かるかなって」


 


「ふむ。普通は無理ですね」


 


「え? 無理なのか」


 


「はい。鶴羽染めが収益の多い由縁は、工芸品だからです」


 


「それって……どういうことだ?」


 


 いつも通り微妙に勿体ぶる識。彼女は指を立ててフリフリと揺らしながら目を軽く伏せ説明する。


 


「布地、縫製、染色、全てここだけで賄っているんですよ」


 


「仲介がない?」


 


「小売店との仲介はあるでしょうけどね。生産、デザイン、発注に一切、無駄なお金が流れていないんです」


 


 ──夢がありますね


 


 なんて識は言うが、俺は到底信じられなかった。果たして本当にそんな生産が可能なんだろうか。この屋敷にどれだけの人数を詰め込めばそんなことが可能になるのか。


 


「鶴羽染め工芸品の生産ラインは完全なブラックボックスです。この私が、いくら調査しても出て来ませんでした」


 


「識が調査しても……?」


 


「えぇ。入手出来たのは、住民の戸籍謄本くらいです」


 


 戸籍まで調べ上げて来る周到さを持つ識を持ってしても判明しなかった工芸品の生産方法。


 鶴羽染めの正体推理と相まって、只管に恐ろしい。


 そんな異常の中心にいる人物はどんな人達か、俺の興味は完全に識の持ってきた戸籍謄本に向いている。


 


「戸籍、貰えないか」


 


「……もぅ。こんな所でプロポーズなんて風情がないですよ?」


 


「今の流れで!?」


 


 "ふふ"と識は笑うと、存外素直に渡してくれる。


 住所をもとに引っ張って来ているようで、この屋敷の住民の一覧が載っていた。


 馬鹿デカい屋敷なんだから十何、下手すると何十人いたとしてもおかしくないと思っていたが、紙はたったの5枚。


 つまり、五人しか住んでいないらしい。


 


 "赤崎 甚平"


 "赤崎 静子"


 "赤崎 飛鳥"


 "赤崎 卓"


 "赤崎 詩織"


 


 そこには、覚えのある名前があった。


 


「軽く紹介しましょうか」


 


「あ、あぁ」


 


「…………?」


 


 明らかに動揺が隠せなかった。識から疑惑の目を向けられる。想像だにしていなかった名前と展開に、混乱する。


 識はそんな俺の様子をそっと見ていた。どうやら落ち着くまで待ってくれる様子。それに甘えて考えることにする。


 


 "赤崎 詩織"神社で出会った彼女はそう名乗りをあげていた。山道の休憩の最中に出会った彼女は、不思議な空気を纏っていた。


 ここに来て少し後悔する。もっと詳しく話を聞いておけば良かった。なにせ、もう一つの謎の鍵にもなっているんだから。


 


 俺は思考をまとめ、息を大きく吐く。頭を振りかぶって全ての悩みを一旦収める。後悔しても始まらない。事件は始まったばかりだ。


 


「落ち着きましたか?」


 


「あぁ。続けてくれ」


 


 では。


 


 識はそう前置きするとコホンと咳払いをして語り始める。


 


「鶴羽染めの責任者であり、この村の村長が赤崎甚平。この家の今代当主。続いて奥方の赤崎静子、広報の担当をしているようで、外部との関わりも多いそうです」


 


「その二人が赤崎家の偉い人、ってことか?」


 


「まぁ、そうなるでしょうか。それより前の代は亡くなっていることは確認しています。50代のお二人が最年長であることは間違いがないでしょう」


 


 若い。そう思う。田舎町の当主といえば高齢のイメージがあっただけに少しだけ意表を突かれた感覚になる。


 とはいえ、流行を作っている、という点では若いことに妙な納得感があることも事実だ。


 


「続いて、赤崎 卓、赤崎詩織は甚平と静子の子供に当たります。卓が今年28歳になる時期当主で、事務方を一手に担っているそうです」


 


「……たった一人で?」


 


「えぇ。出身大学も確認しました。私達と同じでしたよ」


 


「OBにあたる……」


 


「そうです。その上主席卒業だそうで。凄いですね、一応我が校は名門だったと記憶しているんですが」


 


「現主席の識が言うと褒めてるように聞こえないけどな」


 


 相当優秀だったんだろう。俺もこの少女に高校の三年間、依頼の合間にミッチリとしごかれながらやっとの思いで入学した大学だ。


 この推測の天才識が通うと決めた、国内でも有数の場所だ。


 そこを主席で卒業したというんだから赤崎卓の能力は折り紙つきだろう。


 


「対して、娘の赤崎詩織、22歳の新社会人のようです。服飾の大学を出ていますね。住民票を移した形跡がありました。この家からはもう出て一人暮らしを始めているようです」


 


「え」


 


 神社の少女、俺より年上だったのか。のほほんとした空気からは一切威厳は感じなかった。あの人間観察の鋭さは採寸で培った、なんて言わないよな。微妙に釈然としないが、俺は大人しく続きを聞く。


 


「最後に、赤崎飛鳥、56歳。赤崎静子の妹に当たります」


 


「え、あれ。なんかおかしくないか?」


 


「その疑問は最もです。赤崎飛鳥、赤崎静子が直系なんですよ。赤崎甚平は婿養子」


 


 当主といえば長男が継ぐ、なんてのは俺の偏見らしい。確かに流行を掴むような家だ。もうそんな古い固定観念になんて拘っていないんだろう。


 


「しかし、赤崎飛鳥は現在は戸籍を余所に移している様ですね」


 


「赤崎飛鳥と赤崎詩織の引っ越し後の住所は知らないのか?」


 


「もぅ。個人情報を盗むのは法律違反なんですよ」


 


「そりゃそうだけど! もう赤崎家のは盗ってるだろ!」


 


「人聞きが悪いですねぇ。役所には地図化するために住民票の一部は一般人でも赤の他人でも入手出来るんですよ」


 


 なぜかは分からないが途轍もない敗北感がある。


 俺は別にそんな悪いことを言った覚えはないのだが。識はいつもそうだ。法律やルールの抜け穴を突くのが異常に上手い。


 そんなスキルを磨くよりも気遣いの一つでも覚えてくれればいいのに。


 


「何か言いましたか?」


 


「いででてでててててて!!」


 


 思い切り爪先を踵で踏まれる。なんで分かんだよ……


 


 しかし、ここまでの住民の情報で一つ大きな事が気になった。


 俺にかかってきた電話の相手のことだ。


 "お母さんを、助けて下さい"その切実な声を思い出す。


 電話口の相手は自らを村長の娘だと名乗っていた。と、すればあの電話の相手は赤崎詩織だったということになる。神社の少女の声には聞き覚えがあった。


 


 "────そういえば、聞き覚えのある声だったな"


 


 あの時、俺は確かにそう感じていた。それが電話の相手であったと考えるなら納得は行く。だが、電話口の人間にあの少女ほどの気安さは感じられなかった。


 


 それに、俺たちに封筒を送ってきた相手が赤崎詩織だったとすると少し気になる事もある。メリットが一切ないんだ。


 電話の相手と封筒の相手は同一人物と見ていい。識がかけたって言う電話の相手と人物像が似通っていたから、そして依頼を出したって事実を知っていたから。


 


 それに、電話の相手が赤崎詩織なら"お母さんを、助けて下さい"って言葉もなんだか変だ。農村地区の闇が仮に人間の血を"鶴羽染め"として加工することだったとするなら、その製法の鍵を握る赤崎甚平、赤崎静子はむしろ容疑者であり加害者の可能性が高い。


 


 良心の呵責と考えるにはあの神社の少女は俺に会った時に淡々とし過ぎていたような気もする。そもそも、赤崎詩織は実家を出ているはずなのに連休シーズンでもないこの7月にこの土地にいるのも違和感がある。


 


 どうして依頼を出したのか。謎は深まるばかりだ。


 


 


 


 


 足先を軽く撫でながら思案していると、屋敷の門がギギギ、と開いた。


 


「……何かご用ですか?」


 


 インテリ風の眼鏡をかけた男性、赤崎卓が俺たちの前に現れる。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ◇


 


 


 


「またあなたですか。性懲りもなく来て。何もない、そう伝えたはずですが」


 


 赤崎卓は識の方を向くといきなり罵声を浴びせた。整った容姿に似つかわしくない険しい表情に、空気が凍る。


 識はふふん、といつも通り自信を崩さない表情だった。相変わらずこういう時に何を考えているのか一切読めない。普段から読めた事がなんて殆どないが。


 


「えぇ。何もない割には面白いものが見つかったもので」


 


「……ちょっと、識」


 


 俺は識の脇を軽く小突くと、耳元に言葉を投げる。まだまだ調査は進んでもいないというのにこんな所で事を構えないで欲しい。


 俺の"力"も使い放題という訳にもいかないし、識の力だって効力が出るまで時間がかかり過ぎる。


 今すぐは守りきれる自信がない。情けないがそういう事になる。


 


 ──それに、


 


「まだ上、見なきゃだろ?」


 


「えぇ。ですので手短に済ませます」


 


 付近の川にも依然として人間の痕跡が残っている。川辺に打ち上げられているのは人皮、だろうか。破れてボロボロになっているが、澄みきった川ではとてつもなく異彩を放っている。


 つまり、人体解体の現場はここではない。まだまだ上流にあるってことだ。


 


 この人達が本当に事件に関わってない、可能性がある以上は刺激するのは得策ではないだろう。


 


 だが俺の忠告を振り切り、識は一歩前へ踏み出したかと思うと懐からモノを取り出した。


 


「肋骨です。先ほどそちらの川辺にありました。お話を伺っても?」


 


 ────そこまでするか。


 


 得策ではないが悪くない手だ。今彼らが俺たちを追い出そうとしている言葉は「何もない」だ。つまり、俺たちが正当な理由なく悪戯目的で来ているから追い返したい、そういうポーズを取ろうとしているんだろう。


 俺たちが強くは踏み込めない理由もそうだ。


 


 依頼が正式なものじゃない以上、ズケズケと捜査する大義名分は一切ない。だからこそ、大義名分として人骨の出土を選んだんだろう。 


 


 ────Logic completed


 


 青い光が舞う。


 それが識に集まったかと思うと、赤崎卓に向かい発散されていく。これはきっと俺にしか見えていない。それが勿体ないような、満たされるような気がするほどに綺麗だ。


 


 赤崎卓は一瞬呆けたようになったが、すぐに屋敷の中へ振り替えると俺たちを手招いた。


 


「……話だけは聞きましょう」


 


 


 こうして俺たちは、赤崎家に足を踏み入れた。


 


 


 


 


 ◇


 


 


 


「覚さとり」


 


 山神の化身である童子が零落して妖怪化したとされるその生物は、人の心を読んだという。


 


 山中で人間の近くに現れ、相手の心を読み「お前は恐いと思ったな」などと次々に考えを言い当て、隙を見て取って食おうとするが、木片や焚き木などが偶然跳ねてぶつかると、思わぬことが起きたことに驚き、逃げ去って行ったとされている。


 


 


 そんな覚を追い返した木片。それが識の持つ"異物"だ。


 


 相手を驚かせた時に相手に勝利する。


 その逸話を歪めに歪めた解釈をした力を朝陽 識は好んで使う。


 小悪魔でドSな彼女の取る方法は酷く非人道的だと俺は思う。


 


【相手の嘘や秘密を看破しすることで、識を「覚さとり」に見立てることが出来る。その推理をひっくり返すような驚きがなければ相手を負かすことが出来る】


 


 負かす、とは言い分を通す、だったり――――殺す、だったりと自在らしい。


 


 それこそ妖怪のような卓越した推理力をもつ彼女が持つには、最悪過ぎる能力だった。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 ◇


 


 


 赤崎家に足を踏み入れた俺が真っ先に驚いたのは、その圧倒的な間取りの複雑さである。


 まるで見られたくないものでもあるかのように扉、扉、扉で外から見たほどの広さは一切感じられなかった。


 


 廊下には所狭しと甲冑や絵画のような芸術品が置かれ、それぞれの部屋には襖の癖にオートロックが着いている。


 


 その奥の部屋に通されると、ここから生きては帰れないのでないかという不安に駆られる。


 


「それで、私共に何を聞こうと? お話することなんてないですがね」


 


 赤崎卓は苛立ちを一切隠さないままに俺たちにそう問いかける。


 


「えぇ、込み入ったことに踏みいるつもりはありません。ただ、現状で最も疑わしいのはあなた方、赤崎家なのです」


 


「だ、だから! えと、無実の証明の為にもだな、協力して貰いたい、です」


 


 こんなところで喧嘩でも始めるつもりなのかというくらいに強気な識を遮り、慌てて俺が前に出る。


 識の"力"は確かに協力だが、そもそも相手が無言で殴りかかって来てしまえばそれこそ本当にただのか弱くて口が悪いだけの女になってしまう。


 それに、識の推理に関しては能力でもなんでもない。情報が足りず的外れな事を言えば、文字通り終わりなのだ。


 こんな施錠だらけの家でボコボコにされては、それこそ俺たちが鶴羽染めの華麗な染料にされてしまう。


 


 俺は識を片手で押さえながら


(頼むから大人しくしててくれ!)


 と交渉を全力で変わって貰うように目配せする。


 


(いくら私が可愛いからって……ダメですよ。人前です)


 ……よし。通じてないけど大人しくなったからよし!! 


 


「まず、最近この地区に来客はありましたか?」


 


「……君は少しは話が出来そうだな」


 


 鶴羽染めに何人もの人間を使っているとするならば、村の住人だけでは事足りなくなっているはず。この質問は呼んだ人間、ないし観光客の確認をすると同時に、"外部犯を疑っています"と敵ではないアピールをする為に重要だ。


 


 狙い通りに赤崎卓はその剣幕を治めてくれた。それにしても、識が話が通じないと認識されていることが少しだけ面白い。


 いつもは逆の筈なんだが。もしかすると識にも何か考えがあるのかもしれない。邪魔をしてしまったかな、とチラッと彼女を見るが目を伏せ軽く頭を振られた。


 


 "構いませんから、そのまま進めて下さい"


 


 恐らくそういうメッセージだ。交渉事は意外にも識よりも俺が向いている。識では相手が話そうとしたことを全て推理で先読みしてしまうために微妙にテンポが合わない。


 かといって、人間である以上細かいニュアンスや微妙に伝わらないこともある。


 そもそも推理とは、情報があって始めて出来るもの。


 何でも読めるだろうと甘えきって会話をしても会話にならない。


 冷静じゃない人間とは、とことん相性の悪い少女なのだ。


 


「僕の知る限りはあまりいなかったはずだよ」


 


「あまり、ですか?」


 


「あぁ。これでも大商家だからね。取材の一つや二つ来るさ」


 


「来客とは記者だと?」


 


「そうだよ。ついこの前も来たね。なんでもファッション雑誌の記者さんだとか」


 


「ファッション雑誌、ですか」


 


「僕も少し驚いたさ。今までは行政とかこの辺の小さなテレビ局が中心だったのにな。いつの間にこんなポップカルチャーになったんだか」


 


 赤崎卓の言葉は随分と若い。やり手の実業家といった印象を受ける。学生時代は都会に居たからだろうか。それとも流行の最先端をいく製品を持つからだろうか、その視野は非常に若い。


 


「これだよ」


 


「ありがとうございます。読んでも?」


 


「どうぞ」


 


 手渡されたものはファッション雑誌。俺でも名前を聞いたことのある大手のものだった。


 パンツスタイルに身を包んだ長身のモデル、反面、ガーリーなロリータを着こなす小柄なアイドル。あらゆるジャンルの服に身を包んだ女性達がそこにいる。


 


 見かけは統一感なんてなかったが、一つだけ共通することがあった。


 


「……皆、鶴羽染めを持っていますね」


 


「だろう? ちょっとした自慢なんだ」


 


 ちょっとした自慢、という割にはあまりにも大規模だが、赤崎卓はもっと大々的な野望があるとでも言うのだろうか。それとも単に謙遜か。いずれにしても、赤崎卓という男が少しずつ見えてきた。


 


 雑誌には、時は古めかしい巾着、ガーリーなワンピース、キュロットパンツ、ベスト、帽子まで様々な種類の鶴羽染めが載っている。


 


 きっと相当な労力だっただろう。


 


「本当に凄いですね。ここまで軌道に乗せるのにどれだけかかったんですか?」


 


「拡販に乗り出したのは僕が院を出てからだから……4年かな」


 


 4年。事業の成功なら、きっと短いと言えるんだろう。


 


 だが。


 


 それが人が死んできた時間なのだとすれば、余りにも長すぎるように思う。


 


「ご苦労も多かったんじゃないですか?」


 


「だね。……まるで雑誌のような質問だね」 


 


 しまった。鶴羽染めについて踏み込み過ぎているか。


 怪しまれているようだ。川に落ちる人骨の調査という呈で俺たちはここにいる。これを忘れるな。


 


「……失礼。つい気になったもので。知りたかったんですよ、OBの先輩がどれほどのものかを」


 


「OB?」


 


「そうです。俺たちは千秋大学の現役生です」


 


「千秋の。そうだったのか」


 


「突然すみません」


 


「いや、少し合点がいったよ。不思議で仕方なかったんだ。なんで我が家に探偵なんて怪しい人達が来るのか、ってね」


 


「はは、そうですよね」


 


「研究や趣味のついでで、僕の"成果"を見学しに来た。そういうことなのかな」


 


「……バレていましたか」


 


 横からの識の視線が痛い。"なんて大根役者……"今にもそんな言葉が聞こえて来そうだが、いや実際小声で呟いている。ホントに今はやめて、頑張ってるところなの識さんや。


 演技の才能が無いことは自覚しているけれど、どうやら赤崎卓は自分で納得してしまったらしい。


 


 人間、自分で気付いたと思った答えには騙される。詐欺師の一番の能力は、「見破ったぞ」と思わせることだと識から渡された本の一文に書かれていた。


 別にそんなもの一切目指してはいないのだが今だけは役に立ったことを素直に喜ぶ。


 


「ここへの滞在はどれくらいかな?」


 


「えと、一週間もあれば事足りるかな、と……」


 


「じゃあ離れを貸してあげよう。毎日ここまで来るのも一苦労だろうさ」


 


「! ……ありがとうございます」


 


 渡りに船とはこのことだろうか。俺は交渉の天才だったらしい。


 "どうだ、見たか"と心の中で識にガッツポーズをしながら俺はその申し出を快く受ける。


 


「ただ、一つ条件がある」


 


「え?」


 


 俺はすっかり忘れてしまっていた。上手い話程に罠があるものだと。識にも散々油断するなと言われていたにも関わらず。


 


 ────ただより高いものはない。


 


 


 


 


「僕の無罪を証明して欲しい」


 


 それは、今最も有力な容疑者である赤崎卓からの要望だった。


 つまり、圧力をかけているのだろう。


 


 母屋を見るに、離れの小屋だってそうなんだろう。


 


 


 


 ────余計な事をしたら殺す


 


 


 その目は、雄弁に語っていた

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